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9、天使様の涙
第60話
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『――もちろん、レオポルド様にも罪はございます』
ダンケンには聞こえないが、時計の声を聞いたモルートはきゃっきゃ笑った。
「そうだろう! 国王としては未熟なまま、わたしたちに操られ今では時計の言いなりで人民を裁くような愚かな王だ。罪がないはずがない!」
痛いところをつかれたレオポルドは、剣の柄を握り締めた状態で止まった。
『いいえ、レオポルド様の罪はそのような小さいものではございません』
「ほお……そんなに罪深い王だとは、わたし自身も知らなかった」
レオポルドは皮肉な笑みになる。時計の声にモルートはさらに喜び始め、ダンケンは時計と国王をじっと見つめた。レオポルドは一息つくと、懐中時計を潰すような力で握り締めた。
「なんだ、わたしの罪とは。言ってみろ」
『はい。守護天使様にお渡しすべきものを、ご自身のみが享受してしまっている罪にございます』
「……どういう意味だ?」
レオポルドが訝しむのと、ノアとココが驚くのが同時だった。
「まさか、骨董遺物《アンティーク・ジェム》によって得られる『信仰心』を、独り占めなさっていたのですか!?」
ノアが驚いていると、レオポルドが説明を求めてくる。
「骨董遺物によって得られた国民の信仰心は、負傷した天使様の羽の治癒に使われる……それであっているね、ココ?」
「そうです。骨董遺物は天使様と国民の相互に良い働きをするものです。それを条件に、天使様は初代ファインデンノルブ王をこの土地の主に任命し、シュードルフ一族に彫金技術を与えました」
ノアとココの話に、レオポルドは首を横に振る。
「そんな話は聞いたことがない」
「そんなはずはありません。王族には確実に伝わっているはずです」
ココが悲痛な声を上げると、レオポルドは困ったようにさらに眉根を寄せた。ココはわなわな震えながら口元を抑えた。
「時計に訊きます。それは、一体いつからですか? いつから、天使様に送られるべき信仰心が、レオポルド陛下に……?」
『およそ、三百年ほど前から王族が横領し独占しております』
時計の告発にも近いそれに、全員が絶句していた。
「三百年も前から横領していただと? ……骨董遺物が暴走し、シュードルフ一族が彫金技術を禁じられたのと同時期だ。ランフォートの設立ともかぶる」
モルートの呟きに、すべてを察知したダンケンがふんと鼻を鳴らしながら口を開いた。
「聖天使教会以外の信仰を、法律的に禁じたのもそのころだ。つまり、王族こそがこの国の一番の大罪人ということか」
『王族が五体満足で生まれ、健康で長寿で美しく生まれるのはそのためです』
「本来なら天使様が得るべき力を不当に得て、王族が独占していたのですね、レオポルド陛下」
ノアの問いかけに、レオポルドは顔を真っ赤にした。
「わたしはそのようなこと……」
『シュードルフの秘宝が、いい例かと思います』
かの宝石によって王族が災厄を逃れていたということが知られている今、骨董遺物の持つ特別な力を、王族が横取りしていたことが事実になってしまった。
『――王族による恩恵の強奪により、守護天使様の羽の傷は癒えておりません』
時計の言葉にココは内心で笑った。
『恩恵を受けるべき民たちに恵みがいきわたらないため、骨董遺物が悪い力を身に着けてしまったのです』
本当は人のよこしまな心が招いたことだが、それをココはすべて王族のせいにした。いずれこのことが露見すれば、王族は永遠に民たちから蔑まされるだろう。
「馬鹿なことを言うな……!」
『本来なら、成人の儀の時に伝えられることでございます。不運があったとはいえ、レオポルド様が知らなかったのは、王家の血筋としてあるまじきことと存じます』
国王であることを誇りにし、成人の儀を受けていないコンプレックスを爆弾のように胸中に抱え続けてきたレオポルドにとって、それはあまりにも心が折れる言葉だった。
レオポルドは打ち砕かれたように膝を崩した。
『以上の罪によって、市中でさらしたあと斬首に処するのが妥当だと判断します』
時計の言葉をモルートが反復したことで、ダンケンも状況を素早く理解した。
ダンケンは本来ならば守るべき君主に向かって剣を抜き、レオポルドに近づいていく。
その行為が反逆罪にならないというのは、ダンケンもモルートもわかっていた。
なにしろ、国王とはいえそれ以前に国民であり、導くべき民を騙し搾取し続けていた大罪人である。
「待ってくれ……待っ、罪を償いたい。一生かかっても」
「陳腐な命乞いをするなんて恥ずかしい。安心してください。あなたを殺したあと、俺もモルートとティズボンと一緒にそちらに向かいますよ、陛下」
「早急すぎる。事実確認と整理が必要だ」
「ほかの者たちを刑に処するのにためらわなかったのに、自分の時は懇願するのか。なんと見苦しい男だ」
ダンケンが大きな剣を振りかざすため、柄を握っている手に力を籠めた。
ダンケンには聞こえないが、時計の声を聞いたモルートはきゃっきゃ笑った。
「そうだろう! 国王としては未熟なまま、わたしたちに操られ今では時計の言いなりで人民を裁くような愚かな王だ。罪がないはずがない!」
痛いところをつかれたレオポルドは、剣の柄を握り締めた状態で止まった。
『いいえ、レオポルド様の罪はそのような小さいものではございません』
「ほお……そんなに罪深い王だとは、わたし自身も知らなかった」
レオポルドは皮肉な笑みになる。時計の声にモルートはさらに喜び始め、ダンケンは時計と国王をじっと見つめた。レオポルドは一息つくと、懐中時計を潰すような力で握り締めた。
「なんだ、わたしの罪とは。言ってみろ」
『はい。守護天使様にお渡しすべきものを、ご自身のみが享受してしまっている罪にございます』
「……どういう意味だ?」
レオポルドが訝しむのと、ノアとココが驚くのが同時だった。
「まさか、骨董遺物《アンティーク・ジェム》によって得られる『信仰心』を、独り占めなさっていたのですか!?」
ノアが驚いていると、レオポルドが説明を求めてくる。
「骨董遺物によって得られた国民の信仰心は、負傷した天使様の羽の治癒に使われる……それであっているね、ココ?」
「そうです。骨董遺物は天使様と国民の相互に良い働きをするものです。それを条件に、天使様は初代ファインデンノルブ王をこの土地の主に任命し、シュードルフ一族に彫金技術を与えました」
ノアとココの話に、レオポルドは首を横に振る。
「そんな話は聞いたことがない」
「そんなはずはありません。王族には確実に伝わっているはずです」
ココが悲痛な声を上げると、レオポルドは困ったようにさらに眉根を寄せた。ココはわなわな震えながら口元を抑えた。
「時計に訊きます。それは、一体いつからですか? いつから、天使様に送られるべき信仰心が、レオポルド陛下に……?」
『およそ、三百年ほど前から王族が横領し独占しております』
時計の告発にも近いそれに、全員が絶句していた。
「三百年も前から横領していただと? ……骨董遺物が暴走し、シュードルフ一族が彫金技術を禁じられたのと同時期だ。ランフォートの設立ともかぶる」
モルートの呟きに、すべてを察知したダンケンがふんと鼻を鳴らしながら口を開いた。
「聖天使教会以外の信仰を、法律的に禁じたのもそのころだ。つまり、王族こそがこの国の一番の大罪人ということか」
『王族が五体満足で生まれ、健康で長寿で美しく生まれるのはそのためです』
「本来なら天使様が得るべき力を不当に得て、王族が独占していたのですね、レオポルド陛下」
ノアの問いかけに、レオポルドは顔を真っ赤にした。
「わたしはそのようなこと……」
『シュードルフの秘宝が、いい例かと思います』
かの宝石によって王族が災厄を逃れていたということが知られている今、骨董遺物の持つ特別な力を、王族が横取りしていたことが事実になってしまった。
『――王族による恩恵の強奪により、守護天使様の羽の傷は癒えておりません』
時計の言葉にココは内心で笑った。
『恩恵を受けるべき民たちに恵みがいきわたらないため、骨董遺物が悪い力を身に着けてしまったのです』
本当は人のよこしまな心が招いたことだが、それをココはすべて王族のせいにした。いずれこのことが露見すれば、王族は永遠に民たちから蔑まされるだろう。
「馬鹿なことを言うな……!」
『本来なら、成人の儀の時に伝えられることでございます。不運があったとはいえ、レオポルド様が知らなかったのは、王家の血筋としてあるまじきことと存じます』
国王であることを誇りにし、成人の儀を受けていないコンプレックスを爆弾のように胸中に抱え続けてきたレオポルドにとって、それはあまりにも心が折れる言葉だった。
レオポルドは打ち砕かれたように膝を崩した。
『以上の罪によって、市中でさらしたあと斬首に処するのが妥当だと判断します』
時計の言葉をモルートが反復したことで、ダンケンも状況を素早く理解した。
ダンケンは本来ならば守るべき君主に向かって剣を抜き、レオポルドに近づいていく。
その行為が反逆罪にならないというのは、ダンケンもモルートもわかっていた。
なにしろ、国王とはいえそれ以前に国民であり、導くべき民を騙し搾取し続けていた大罪人である。
「待ってくれ……待っ、罪を償いたい。一生かかっても」
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