骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

文字の大きさ
上 下
62 / 68
9、天使様の涙

第59話

しおりを挟む
 ――七年前。

 モルートは囲っていたお気に入りの少女を試験で合格させ、ランフォート伯爵の座を与えた。

 少女を通じて、骨董遺物《アンティーク・ジェム》たちを聖天使教会側でコントロールしようとしたのだ。

 しかし少女の弱弱しい耐性では、骨董遺物を管理下に置くどころか、逆に精神をのっとられてしまった。

 自由と解放を求めた骨董遺物たちに操られ、彼女は多くの収蔵品を国内外に売り飛ばしてしまった。

 それに気づいたモルートは、適当な理由をつけて、レオポルドにランフォート城への立ち入りを禁止したのだ。

 凶悪な骨董遺物が各地に逃げたと嘘をつき、不正を隠すために各地に骨董品店を作って収蔵品を回収することにしたのだ。

 五年かけて三分の一近くが戻ってきたところで、耐性の一番強かったノアを正式な方法で選出した。

「そうだったのか。だが、それからも立ち入りを禁止した理由はなんだ?」

「城から出た骨董遺物は調整が必要で、陛下に危険を及ぼす恐れを鑑みて入城をお断りしておりました」

「なるほど……それで、調整はもう済んだと」

「ココ・シュードルフのおかげです」

 よくやったとレオポルドはココとノアにねぎらいの言葉をかける。

「陛下のためなら」

「光栄にございます」

 ――ノアはモルートの愚行を知りながら、ずっと味方のふりをし続けていた。

 本当ならば、爵位を得てからすぐにココと一緒に復讐をするつもりだった。それなのに、ココが使いたいと思っていた骨董遺物までもが行方をくらましていたため、そちらの回収に時間を取られた。

 収蔵物の七割近くを取り戻すことができたが、ココと会えない日々の怒りはモルートへの恨みと変わっている。

 真実をさらされてしまったモルートは、歯の根が合わないままレオポルドの前に引きずり出された。

「さてモルート、お前はどうするべきか……即位したての時は世話になったし、恩義も感じていた。しかし、笑顔の裏でそのようなことをしていたとはな」

 甲冑たちに引きずられたモルートを見下ろしながら、レオポルドは唸る。モルートは目を見開いたまま涙を流していたのだが、そのうちに笑い始めた。

「……そうですとも、たしかにわたしがやりましたよ。ですがそれはすべて、ティズボン宰相と、そこにいるダンケン殿の指示です!」

 突然話を振られたダンケンは驚いたのちに額に青筋を浮かべた。

「モルート、お前はなにを言ってるんだ!」

「ははは……清廉潔白を装って、あなたがた二人が一番汚いことをしていたじゃないですか。日々の退屈のうっぷん晴らしに、身寄りのない人間を何人殺しましたか?」

 ダンケンはモルートの挑発に歯を食いしばり始めた。

 その表情は、自分が黒であると証明しているようなものだ。

「あなたはきれいな少年が好きでしたね、ダンケン殿。好みの少年を女のように抱いて壊していたじゃないですか」

「黙れ」

「ティズボン宰相は逆に、年増の女性を拷問の末に絞め殺すのが好みでしたね。どちらにしても、遺体を教会の裏の林に埋めるのはわたしの仕事でした」

「黙れ、モルート!」

「黙りませんよ。すべて事実です。もうわたしも助からないのなら、あなたたちも道連れにします」

 剣を抜いてモルートに斬りかかろうとしたダンケンを止めたのはノアだ。

「ダンケン殿。落ち着きましょう……それよりも、あれに訊きたいことがありましたよね?」

 言われてダンケンは冷静になったようだ。ノアはさらにダンケンに近寄って小声で続ける。

「もしかすると、殺し合わなくて済むかもしれませんよ」

「……そうだったな」

 ダンケンは剣をしまってから、レオポルドに向き直る。

「なんだ、もう終わりか? 仲間割れして殺すかと思っていたのに」

 つまらなそうに息を吐いたレオポルドを遮って、ダンケンが口を開く。

「――陛下、あなたには罪はなにもないのですか?」

 レオポルドは突拍子もないダンケンの質問に目を丸くした。

「は? なんだ、いきなり」

「懐中時計に問う。陛下こそ、裁かれるような罪を犯していないのかを――」

「ダンケン、お前ごときがわたしを裁こうとしているのか」

 全員が罪の擦り付け合い、暴き合いだった。

 緊迫した状況を見ながら、ココは内心踊り出したいほど目の前の観劇《ショー》を楽しんでいた。

 こんなに人間の醜い部分をさらけ出すリアルな劇を、目の前で見られるとは。

 だれもがやましいことを胸の内に抱え込み、それらを暴かれて怒り狂っている。自分だけは助かろうとし、それさえできないのならみんなで殺し合おうとする。

 最高すぎて、ココは表情が緩んでいるのを見られないように、両手で自分の顔を覆い隠すようにした。

「騎士団長の分際で、わたしにたてつこうとするな!」

 逆上しかけたレオポルドが剣に手をかけようとした時、時計がしゃべりはじめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む

めぐめぐ
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。 彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。 婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を―― ※終わりは読者の想像にお任せする形です ※頭からっぽで

【完結】待ち望んでいた婚約破棄のおかげで、ついに報復することができます。

みかみかん
恋愛
メリッサの婚約者だったルーザ王子はどうしようもないクズであり、彼が婚約破棄を宣言したことにより、メリッサの復讐計画が始まった。

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

処理中です...