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9、天使様の涙
第59話
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――七年前。
モルートは囲っていたお気に入りの少女を試験で合格させ、ランフォート伯爵の座を与えた。
少女を通じて、骨董遺物《アンティーク・ジェム》たちを聖天使教会側でコントロールしようとしたのだ。
しかし少女の弱弱しい耐性では、骨董遺物を管理下に置くどころか、逆に精神をのっとられてしまった。
自由と解放を求めた骨董遺物たちに操られ、彼女は多くの収蔵品を国内外に売り飛ばしてしまった。
それに気づいたモルートは、適当な理由をつけて、レオポルドにランフォート城への立ち入りを禁止したのだ。
凶悪な骨董遺物が各地に逃げたと嘘をつき、不正を隠すために各地に骨董品店を作って収蔵品を回収することにしたのだ。
五年かけて三分の一近くが戻ってきたところで、耐性の一番強かったノアを正式な方法で選出した。
「そうだったのか。だが、それからも立ち入りを禁止した理由はなんだ?」
「城から出た骨董遺物は調整が必要で、陛下に危険を及ぼす恐れを鑑みて入城をお断りしておりました」
「なるほど……それで、調整はもう済んだと」
「ココ・シュードルフのおかげです」
よくやったとレオポルドはココとノアにねぎらいの言葉をかける。
「陛下のためなら」
「光栄にございます」
――ノアはモルートの愚行を知りながら、ずっと味方のふりをし続けていた。
本当ならば、爵位を得てからすぐにココと一緒に復讐をするつもりだった。それなのに、ココが使いたいと思っていた骨董遺物までもが行方をくらましていたため、そちらの回収に時間を取られた。
収蔵物の七割近くを取り戻すことができたが、ココと会えない日々の怒りはモルートへの恨みと変わっている。
真実をさらされてしまったモルートは、歯の根が合わないままレオポルドの前に引きずり出された。
「さてモルート、お前はどうするべきか……即位したての時は世話になったし、恩義も感じていた。しかし、笑顔の裏でそのようなことをしていたとはな」
甲冑たちに引きずられたモルートを見下ろしながら、レオポルドは唸る。モルートは目を見開いたまま涙を流していたのだが、そのうちに笑い始めた。
「……そうですとも、たしかにわたしがやりましたよ。ですがそれはすべて、ティズボン宰相と、そこにいるダンケン殿の指示です!」
突然話を振られたダンケンは驚いたのちに額に青筋を浮かべた。
「モルート、お前はなにを言ってるんだ!」
「ははは……清廉潔白を装って、あなたがた二人が一番汚いことをしていたじゃないですか。日々の退屈のうっぷん晴らしに、身寄りのない人間を何人殺しましたか?」
ダンケンはモルートの挑発に歯を食いしばり始めた。
その表情は、自分が黒であると証明しているようなものだ。
「あなたはきれいな少年が好きでしたね、ダンケン殿。好みの少年を女のように抱いて壊していたじゃないですか」
「黙れ」
「ティズボン宰相は逆に、年増の女性を拷問の末に絞め殺すのが好みでしたね。どちらにしても、遺体を教会の裏の林に埋めるのはわたしの仕事でした」
「黙れ、モルート!」
「黙りませんよ。すべて事実です。もうわたしも助からないのなら、あなたたちも道連れにします」
剣を抜いてモルートに斬りかかろうとしたダンケンを止めたのはノアだ。
「ダンケン殿。落ち着きましょう……それよりも、あれに訊きたいことがありましたよね?」
言われてダンケンは冷静になったようだ。ノアはさらにダンケンに近寄って小声で続ける。
「もしかすると、殺し合わなくて済むかもしれませんよ」
「……そうだったな」
ダンケンは剣をしまってから、レオポルドに向き直る。
「なんだ、もう終わりか? 仲間割れして殺すかと思っていたのに」
つまらなそうに息を吐いたレオポルドを遮って、ダンケンが口を開く。
「――陛下、あなたには罪はなにもないのですか?」
レオポルドは突拍子もないダンケンの質問に目を丸くした。
「は? なんだ、いきなり」
「懐中時計に問う。陛下こそ、裁かれるような罪を犯していないのかを――」
「ダンケン、お前ごときがわたしを裁こうとしているのか」
全員が罪の擦り付け合い、暴き合いだった。
緊迫した状況を見ながら、ココは内心踊り出したいほど目の前の観劇《ショー》を楽しんでいた。
こんなに人間の醜い部分をさらけ出すリアルな劇を、目の前で見られるとは。
だれもがやましいことを胸の内に抱え込み、それらを暴かれて怒り狂っている。自分だけは助かろうとし、それさえできないのならみんなで殺し合おうとする。
最高すぎて、ココは表情が緩んでいるのを見られないように、両手で自分の顔を覆い隠すようにした。
「騎士団長の分際で、わたしにたてつこうとするな!」
逆上しかけたレオポルドが剣に手をかけようとした時、時計がしゃべりはじめた。
モルートは囲っていたお気に入りの少女を試験で合格させ、ランフォート伯爵の座を与えた。
少女を通じて、骨董遺物《アンティーク・ジェム》たちを聖天使教会側でコントロールしようとしたのだ。
しかし少女の弱弱しい耐性では、骨董遺物を管理下に置くどころか、逆に精神をのっとられてしまった。
自由と解放を求めた骨董遺物たちに操られ、彼女は多くの収蔵品を国内外に売り飛ばしてしまった。
それに気づいたモルートは、適当な理由をつけて、レオポルドにランフォート城への立ち入りを禁止したのだ。
凶悪な骨董遺物が各地に逃げたと嘘をつき、不正を隠すために各地に骨董品店を作って収蔵品を回収することにしたのだ。
五年かけて三分の一近くが戻ってきたところで、耐性の一番強かったノアを正式な方法で選出した。
「そうだったのか。だが、それからも立ち入りを禁止した理由はなんだ?」
「城から出た骨董遺物は調整が必要で、陛下に危険を及ぼす恐れを鑑みて入城をお断りしておりました」
「なるほど……それで、調整はもう済んだと」
「ココ・シュードルフのおかげです」
よくやったとレオポルドはココとノアにねぎらいの言葉をかける。
「陛下のためなら」
「光栄にございます」
――ノアはモルートの愚行を知りながら、ずっと味方のふりをし続けていた。
本当ならば、爵位を得てからすぐにココと一緒に復讐をするつもりだった。それなのに、ココが使いたいと思っていた骨董遺物までもが行方をくらましていたため、そちらの回収に時間を取られた。
収蔵物の七割近くを取り戻すことができたが、ココと会えない日々の怒りはモルートへの恨みと変わっている。
真実をさらされてしまったモルートは、歯の根が合わないままレオポルドの前に引きずり出された。
「さてモルート、お前はどうするべきか……即位したての時は世話になったし、恩義も感じていた。しかし、笑顔の裏でそのようなことをしていたとはな」
甲冑たちに引きずられたモルートを見下ろしながら、レオポルドは唸る。モルートは目を見開いたまま涙を流していたのだが、そのうちに笑い始めた。
「……そうですとも、たしかにわたしがやりましたよ。ですがそれはすべて、ティズボン宰相と、そこにいるダンケン殿の指示です!」
突然話を振られたダンケンは驚いたのちに額に青筋を浮かべた。
「モルート、お前はなにを言ってるんだ!」
「ははは……清廉潔白を装って、あなたがた二人が一番汚いことをしていたじゃないですか。日々の退屈のうっぷん晴らしに、身寄りのない人間を何人殺しましたか?」
ダンケンはモルートの挑発に歯を食いしばり始めた。
その表情は、自分が黒であると証明しているようなものだ。
「あなたはきれいな少年が好きでしたね、ダンケン殿。好みの少年を女のように抱いて壊していたじゃないですか」
「黙れ」
「ティズボン宰相は逆に、年増の女性を拷問の末に絞め殺すのが好みでしたね。どちらにしても、遺体を教会の裏の林に埋めるのはわたしの仕事でした」
「黙れ、モルート!」
「黙りませんよ。すべて事実です。もうわたしも助からないのなら、あなたたちも道連れにします」
剣を抜いてモルートに斬りかかろうとしたダンケンを止めたのはノアだ。
「ダンケン殿。落ち着きましょう……それよりも、あれに訊きたいことがありましたよね?」
言われてダンケンは冷静になったようだ。ノアはさらにダンケンに近寄って小声で続ける。
「もしかすると、殺し合わなくて済むかもしれませんよ」
「……そうだったな」
ダンケンは剣をしまってから、レオポルドに向き直る。
「なんだ、もう終わりか? 仲間割れして殺すかと思っていたのに」
つまらなそうに息を吐いたレオポルドを遮って、ダンケンが口を開く。
「――陛下、あなたには罪はなにもないのですか?」
レオポルドは突拍子もないダンケンの質問に目を丸くした。
「は? なんだ、いきなり」
「懐中時計に問う。陛下こそ、裁かれるような罪を犯していないのかを――」
「ダンケン、お前ごときがわたしを裁こうとしているのか」
全員が罪の擦り付け合い、暴き合いだった。
緊迫した状況を見ながら、ココは内心踊り出したいほど目の前の観劇《ショー》を楽しんでいた。
こんなに人間の醜い部分をさらけ出すリアルな劇を、目の前で見られるとは。
だれもがやましいことを胸の内に抱え込み、それらを暴かれて怒り狂っている。自分だけは助かろうとし、それさえできないのならみんなで殺し合おうとする。
最高すぎて、ココは表情が緩んでいるのを見られないように、両手で自分の顔を覆い隠すようにした。
「騎士団長の分際で、わたしにたてつこうとするな!」
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