骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

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9、天使様の涙

第58話

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 王宮で建国祭が行われたあと、夜には祝賀会が開催された。

 以前は門の外にまで多くの貴族たちの馬車が行列になって押しかけていたというのに、今やその数は激減している。

 レオポルドの殺戮が、今もとめどなく続いているからだ。

 城壁の奥に広がっている墓地は、ここ数ヶ月で劇的に拡大された。あまりにも人手が足りないので、墓守たちが処刑をやめるように直訴したくらいだ。

 つつがなく祝賀会が開かれている中、そろそろ夜も更ける頃にココとノアは上機嫌なレオポルドの元に挨拶に向かった。

 ノアが話しかけると、彼は喜びに表情を明るくする。

「ランフォート城に行けるのか?」

「ええ。たしか陛下は初めてでしたね」

 ランフォート城は王家の宝飾品が収蔵されているのだから、本来なら王族は自由に出入りできる。

 しかしレオポルドだけは例外で、即位してから一度も入城したことがない。

「いつ行けるのだ?」

「陛下が望まれるのであれば、今すぐにでも」

「よし、すぐに向かおう」

 王宮はこのまま夜通し祝賀会が続けられる。レオポルドは楽しんでいる人々を見て挨拶するだけの状況に飽きたようだ。

「では、わたしたちと一緒にいらしてください」

 玉座からレオポルドが立ち上がると、すぐにダンケンもやってくる。大ごとにしないように、休憩を装って退席した。

 大広間を抜けて城外に出ると、ノアとココ、レオポルドとダンケンの四人は城の北に向かって歩いた。

 春の夜風が心地よくロイデンハウン内を駆け抜けていく。

「ランフォート伯爵、いったいどこへ向かっている?」

 城内を案内し始めたノアをダンケンは疑問に思ったようだ。

「ご安心ください。ランフォート城に案内しているだけです」

「城門から離れていってるぞ」

「落ち着け、ダンケン。伯爵に任せよう」

 納得いかない様子のダンケンを黙らせ、レオポルドはまっすぐにノアとココのあとに続いて歩く。

「こちらです」

 それは、崩落が起こった場所からほど近い場所だ。

 城壁の一部に大きな穴が開けられており、馬車などが行き来する門としての役割を持ち合わせている。

 門になっている内側のくりぬき部分に、隠し扉があった。

「こんな所からいけるのか? 方向が違っている気がするのだが」

 てっきり馬車で向かうものだと思っていたレオポルドとダンケンは首をかしげる。

 ノアはふふふと笑いながら、隠し扉を開けた。すると中に人一人が通れるほどの通路が現れる。

「隠し通路か」

「ランフォート城内を探索していたココが見つけたんです」

 レオポルドたちの視線を感じ、ココはにこっと微笑んだ。

 ランプに照らされたココの姿はまるで月の精霊のように美しく、レオポルドは思わずうっとりしてしまいそうになっている。

「御足元にお気をつけくださいませ」

 今度はランプを持ったココを先頭に、レオポルド、ダンケン、ノアの順番で壁に手をつきながら暗い道を歩いていく。

 しばらくすると、曲がった先に松明の灯りが目に入ってきた。突き当りには、オーク素材で作られた重厚な扉がある。

 ココはドアノブに手をかけて、内側に向かって押した。重たそうな造りの見た目とは反対に、扉は音もなく開いていく。

 真っ暗な室内には明り取りの窓もついていない。

「まだロイデンハウンの城内にいるのでは……?」

 レオポルドの声と同時に、ランフォート城の家令スチュワードがランプを持ってぬう、と壁をすり抜けて横から現れた。

 ダンケンがすぐさま腰に佩いた剣に手をかけるが、ココは振り向きながら「大丈夫ですよ」と伝える。

「扉の内側はすでにランフォート城の中でございます」

「馬鹿な。王宮からさほど歩いていないというのに」

 驚いている二人を尻目に、家令は手に持っていたランプに順に明かりをつけていく。一気に室内が明るくなるが、なんの変哲もないような部屋だ。

 長椅子ベンチ架台スタンドが置いてあるだけで、壁はむき出しの石のままになっている。床は板張りになっているが、歩くと少しだけ軋んだ。

 家令は壁の隅につけられた鉄製の環に、真鍮製のオイルランプを次々に掛けていく。

 部屋の奥に手に持っていた灯りを掛けると、そこにもう一枚木戸があった。

「この扉を抜ければ、ランフォート城のエントランスでございます」

 ココが扉を開けると、絨毯マットや、箒、モップなどが雑談している玄関が目の前に現れる。

「……なんと!」

 宙に浮いたままになっている蝋燭たちを見ると、レオポルドは驚きつつもずんずん歩を進めた。

 ランプや蝋燭は空中に浮きながら灯りをともし、星のように瞬きながらレオポルドたちを歓迎した。さらに、客人に喜ぶ柄杓や甕が床で、ドレスたちは空中で躍っている。

 家令は腰を折って二人を出迎え、レオポルドの足元には深紅のビロードが自らやってきた。

「これが、ランフォート城か」

 ダンケンも驚いたようにきょろきょろ辺りを見回している。

 物珍しそうにレオポルドが骨董品たちの動きを観察していた時、大理石のサーキュラー階段から人が駈け下りてきた。

「おかえりなさい、ノア殿にココさん……!」

 そう言いながら出てくると、嬉しそうな顔を一瞬で引きつらせたのはモルートだ。

「え、へ……陛下!? ダンケン殿!?」

 モルートの姿を視界に入れた瞬間、レオポルドの口元が凶悪な笑みの形に歪んだ。

「モルート。こんなところにいたのか」

「ちがっ……なんで!」

 踵を返して逃げようとしたモルートは、勝手に動く甲冑たちに行く手を阻まれ、そしてあっけなく拘束された。

「ランフォート伯爵、状況の説明を」

「森で迷っていたところを保護したのです」

 ノアは飄々と答える。

 今よりだいぶ前、モルートはロイデンハウンを出ようとしていた。

 彼が焦っているのを逆手にとって、ココとノアはモルートをランフォート城内に迷い込ませ、味方のふりをして保護した。

「騙したな、ノア・ランフォート!」

 甲冑に拘束されたモルートは、顔を真っ赤にしながら大声で叫ぶ。

「わたしは陛下の忠実な下僕しもべですよ、モルート殿。ランフォートとはそういうものです」

 モルートは悔しそうに地団太を踏むが、甲冑たちの押さえつけが強くなるだけだ。

「さすがだ、ランフォート伯爵。モルートの言うことなど聞かず、はじめからそなたをこの城の主にすべきだった」

「もったいないお言葉です。ときに陛下、なぜ今までこの城へ立ち入れなかったのかご存じですか?」

「いや……」

 本来ならノアは、レオポルドが即位する時にはランフォートになれるはずだった。それを邪魔したのはモルートだ。

「モルート殿なら、きっと知っているでしょうね」

 含みのあるノアの言葉に、レオポルドは口元をゆがめた。

「そうか、モルートのせいか」

 視線を向けられたモルートは、恐怖にその場から膝を崩してしまった。
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