骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

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8、裁きの懐中時計

第55話

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 教会の内部にはフランキンセンスの香りが満ちている。入り口にはいくつもの蝋燭が置かれ、人々の祈りを叶えるために灯された火がいくつも揺らめいていた。

 石造りの壁には複雑な彫刻がいくつも施されており、荘厳な雰囲気をさらに増している。

 祭壇の向こう、色付きのガラスの手前には金色に光り輝く見事な守護天使様の像が設置されていた。

 ダンケンが辺りを見回していると、彼の来訪に気が付いたモルートが端の小部屋から出てきて手招きした。

 ダンケンはモルートに呼ばれるまま、教会の中の別室へ足を踏み入れた。

「ここであれば、誰にも盗聴されることはありません」

「それで、なんの用事だモルート」

「わかっていますよね? レオポルド陛下の御心の変わりようについてですよ」

 日々、教会に来る人々の祈りを聞いているモルートからすると、民たちが恐怖におののいているのが手に取るようにわかるらしい。

 ダンケンとしても、配下たちが心を病み始めているのを感じている。

 病気とは決して、身体だけに起こるものではないのだ。

「ところで、まだティズボン宰相は目が覚めませんか?」

「ああ。寝たきりに近いらしい。起きてもおかしなことを言い続けているという」

「なんでこんなことになってしまったのでしょう」

 モルートは悩まし気に息を吐いた。

「陛下の御心を正しく導かなくては、みんな殺されてしまいます」

「そんなことはわかっている。だが、諭すのはティズボンとお前の役割じゃないか、モルート」

「陛下とは何度もお話ししているのですよ。ですが、一向に耳を貸してくださいません」

 小さい時はそんなことなかったのに、とモルートはこぼした。

「まあ、あの頃は陛下も可愛かったよな。なんでも言うこと聞いたし」

 モルートも苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。

 まだレオポルドが小さかった頃、ティズボンとダンケンとモルートは、結託して裏で国を動かしていた。

 対抗勢力を上手く追い詰め、さも自分たちが正義であると見せかけて弾劾した。当時モルートは大司教などと言われるような身分ではなく、ただの見習い聖職者の一人だったのだ。

 骨董遺物の耐性がほかの人間よりも少しだけ強かったというのもあって、ティズボンとダンケンが大司教に推薦した。

 ほかの大司教の有力候補たちは、誰にもわからないように全員この世から消してしまった。

 そういうわけで、モルートは二人のおかげで大司教になれた。その恩を、彼は忘れたことはない。

 教会で預かった者たちを秘密裏にいろいろな業者に斡旋し、その一部をティズボンとダンケンに寄付することで、自らの地位を確立させていた。

 ……そもそも、金儲けのために結託していたのだ。

 人間というのは、とても高く売り買いされる商品だ。裏金工作として人材を派遣する話を持ち掛けられた時に、ひもじかったモルートは後先考えず飛びついた。

 ダンケンもティズボンも代々続く貴族一家で裕福だったが、そのせいで窮屈な思いをしていたから、誰にも知られないような息抜きが必要だった。

 中には危険な仕事をするために買い取られた子どもたちもいただろう。

 引き取り先が、必ずしも安全だとは言い切れない。それでも教会の運営費だけでは生活費もギリギリのため、モルート達はずっとその人材派遣という名の後ろめたいシステムを構築して資金を蓄えていた。

 国王がレオポルドになってからは国費を教会に割くように調整したが、モルート達はいまだに裏家業をやめることができない。

 一度贅沢を味わってしまったら、忘れられなくなってしまうのと一緒だった。

「わたしたちのことを知ったら、陛下は間違いなく殺すでしょう」

「陛下というよりも、あの時計に殺される」

 ダンケンは大きくため息を吐いた。

「モルート、あの骨とう品だかなんだかを取り上げることはできないのか?」

「できなくはないと思いますが……」

 時計の進言を聞いてから、レオポルドはおかしくなってしまっている。

 ダンケンが任されたとある貴族令嬢の処理も、宝石商を脅して値段を不当に安くさせていたとこじつけられたものだ。少々品物を値切ったくらいで、彼女の首を取ってこいというのはやりすぎだ。

「時計を回収しろ。さもないと、俺はお前も殺さないといけなくなりそうだ」

「それは困りますよ。陛下と話をしてみますが、無理ならわたしは逃げます」

 今のレオポルドなら、モルートのことをどんなふうにでも捕まえて好きなようにできるだろう。

「明日の定例会議のあとに取り入ってみます」

「頼んだぞ」

 モルートは気落ちしたように表情を曇らせた。
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