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8、裁きの懐中時計
第54話
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宰相のティズボンが倒れたと聞き、軟弱な奴だと憤慨したのは騎士団長のダンケンだ。
「ティズボンのやつ、なにをやっているんだ」
彼は脳の病を患ったらしい。眠ると悪夢にうなされるということらしく、眠ることを拒否し続けている。
薬で眠らせているが、どんどん投薬量が増えていっており医者たちを困らせている。
先日は自傷行為が止まらず、ついに自分の目をほじくり出してしまった。慌てて麻酔を打たれて暴れるのは抑えられたが、片目を失ってしまった。
かと思えば今度は舌を噛み切ろうとした。痛くて眠れなければ悪夢を見ないのだと主張しているようだが、彼の精神が壊れてしまっていることに間違いはなかった。
不幸なことに、彼の家の者たちも同様の症状になってしまっており、ここ数週間で大半が命を落としている。
流行り病かとも噂されたが、医者によるとそうではないらしい。
原因は不明だというのに、ティズボン家がほとんど全滅に近い状態になったのは不気味だった。
そういう事情もあって、結果的に王族一派の処刑の任務はティズボンではなくダンケンに一任されることになった。
そうしてレオポルドの親戚たちが、中央広場に一斉に吊るされることになったのは約十日ほど前の話だ。
いままで王族というだけで少々付け上がっていた節がある傍系たちを一掃したことは、虐げられてきた民たちにとっては爽快な出来事だったようだ。
処刑を見世物にしたおかげもあってか、レオポルドの権威は恐怖の念とともに確固たるものになった。
もちろん、それで良かったとダンケンは思うようにしている。王の命令に従うことは、騎士としての誇りだ。
だから、年端もいかない子どもも、老人も女性も関係なく吊るし上げた。
レオポルドは満足そうにしていたし、自分が仕える王が喜ぶのならそれをするまでだ。
それなのに、ダンケンの胸の内は依然として晴れない。
「……今度は、侯爵家のご令嬢の首を所望とは。これじゃまるで恐怖政治だ」
親族を大虐殺した若い王は、なにかに火が付いたように次々にダンケンに抹殺を命じてくる。
もちろん、それをこなさないわけにはいかない。しかし、大罪人を処刑するのならともかく、処罰に値しないような者まで次々に殺せと言われるのだ。
王命によって命を落とした貴族はすでに数えきれない。ひもじさにたかがパン一つを盗んだ民でさえ王は許すことをしない。
はじめのうちは貴族だけに向けられていたレオポルドの殺意は、今や民にまで及んでいる。
一切の妥協を許さない態度は、恐怖の化身のようになりつつある。それを止めるのがティズボンや自分の役割だというのに、自分に処罰が下されるのが恐ろしく、それもできないでいた。
「困ったものだ」
さすがに連日の強行とも言える指示に、騎士たちにも不安の色が滲み始めている。王の言うすべてを受けいれたら、人が減るのは目に見えていた。
実際、王都から逃げ出す者もいるという。
そんなのがレオポルドの耳に入れば、逃げ出したものは皆殺しだといいかねない。
「あの懐中時計を取り上げるべきだな」
ランフォート伯爵が渡した時計が、国王を狂わせているのはわかっていた。レオポルドは始終時計に話しかけては、ニヤニヤ笑ったり怖い顔つきになったりを繰り返していた。
誰もいない空間に話しかけながら歩いているレオポルドを見るのは、正直不気味だ。
しかし、それを彼の手から取り上げることができない。肌身離さず持っており、あの様子だと寝る時も首からかけているだろう。
騎士団長とはいえ、さすがに寝所に入るわけにはいかない。
「ダンケン様、少々お時間をいただけませんか?」
思案しながら歩いていたため、大司教のヤン・モルートが居たことに気付かなかった。見れば、モルートもほかの貴族連中と変わらず、ひどい顔色をしている。
「陛下のことか?」
「まあ、ここでははばかられる内容ですから」
教会まで来るように言われ、ダンケンはその日の夕方に聖天使教会の本部に向かった。
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