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8、裁きの懐中時計
第53話
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「……このままじゃ殺される……!」
ティズボンは体調不良を理由に即刻家に帰ったが、そこでひどい耳鳴りに襲われた。
「くそ。誰か、誰かいないのか!」
床に膝をつきそうになるのをこらえていると、ハンカチで口元を抑え、気持ち悪そうにした家令がよろよろとした足取りで出迎えにきた。
「旦那様……」
声を発するなり、家令は充血した目を見開いたまま倒れこむ。
ティズボンは悲鳴を上げた。
ほかに誰かいないのか探したのだが、誰も出てこない。酷い耳鳴りと頭痛に歯を食いしばりながら屋敷の中を歩くと、点々と人が倒れているのが見えた。
「なんだ、なんだこれは!」
泡を噴いて倒れているもの、苦しそうな顔をしているもの、まだ息があるが意識が朦朧としている者……。
目がかすみ、身体が重くなり、キーンと耳鳴りがひどくなる。
「あの絵が戻って来てからだ。あの、先代の祖母の絵が帰って来てから、みんなおかしくなったんだ!」
家のあちこちで、人が耳や口から血を流しながら倒れている。目の前で倒れこんだ使用人が、大理石の像の角に頭をぶつけて血しぶきが飛び散った。
ティズボンは恐ろしくなって、屋敷をあとにする。すぐさま馬車に飛び乗って王宮へ戻っていた。
屋敷から遠ざかると、だんだん耳鳴りも頭痛も収まってくる。しかし、思い出したように頭がずきんずきんと痛む。
吐き気は収まらず、先ほどの人が倒れこむ光景が瞼の裏で何度もフラッシュバックしていた。
王宮にとんぼ返りしたところで、ティズボンは宮殿内を歩いていたココとノアを発見し大慌てで近づいた。
「ランフォート伯爵、助けてください!」
あまりにも取り乱した様子のティズボンに、二人は驚いた顔をしている。
「一体どうされたんですか?」
ティズボンは無礼とわかっていつつも、我慢できず二人を連れて自らの政務室に招き入れた。
辺りに誰も人がいないことを確認すると、ティズボンは鍵を閉めてカーテンを閉じる。
「家人たちがみんな倒れてしまったんです! あの絵が来てからおかしいことが続いている!」
ノアに落ち着くように言われたが、とても落ち着いていられるような状況ではない。それに、レオポルド陛下までおかしくなっている。
「陛下も……親戚全員を処刑しろなんて、おかしい。なにが起きているんだ!」
「おかしいなんてことはありませんよ。隣国では、王位継承者以外は普通に殺し合う文化です」
「そんなことは、陛下に教えていない!」
「では、正しい知識を時計が陛下に伝えだけです」
あまりにも冷静に言われてしまい、ティズボンはがっくしと肩を落とした。
「……しかし、わが国ではこんなこと一度も起こっていないじゃないか……」
王国はほぼ国内すべてで需要と供給が満たされるため、外交には力を入れていない。そのためレオポルドは国外の政治には疎く、現体制に疑問を抱かなかった。
「だとしても、陛下がお決めになったことを覆すことなど、わたしたちにはできません」
「あの懐中時計のせいだ……家の者が倒れたのも、絵が来てからで……」
脚がおぼつかなくなり、ティズボンはその場でへなへなとしゃがみこんだ。
「そうだ、骨董遺物のせいだ……あんな古臭いもののせいで……」
心配して駆け寄ってくれたココの瞳を見た瞬間、ティズボンは悲鳴を上げた。
ココの瞳の虹彩が、陛下の持つ時計と家に戻ってきた絵画の額縁と同じ輝くような金色だったからだ。
「う、うわ……」
ティズボンがバタバタしながら地面を這ってココから離れていく。立ち上がって逃げようとしたのだが、ノアに行く手を阻まれた。
「宰相殿、疲労がたまっているのでしょう。どうぞ、ゆっくりお休みください」
「なんだ、なんなんだよお前ら! 嫌だ、死にたくない。こんなことで、こんなところで」
「まだ死にませんよ」
小鳥のさえずるような声に顔を向けると、ココが優しく微笑みながらティズボンに手を差し伸べていた。
「あなたは、まだなにも苦しんでいないじゃないですか」
ココにおやすみなさい、と言われた瞬間。ティズボンの脳が衝撃をうけたようにぐらりと揺れた。倒れていく瞬間がスローモーションのように視界に映し出される。
ココの指にはめられている見事な彫金細工の指輪だけが、強烈に脳に記憶として焼き付くようだった。
「次に眠りから覚めた時にはきっと、世界は一変していますよ」
気付くとティズボンは意識を失っていた。
ティズボンは体調不良を理由に即刻家に帰ったが、そこでひどい耳鳴りに襲われた。
「くそ。誰か、誰かいないのか!」
床に膝をつきそうになるのをこらえていると、ハンカチで口元を抑え、気持ち悪そうにした家令がよろよろとした足取りで出迎えにきた。
「旦那様……」
声を発するなり、家令は充血した目を見開いたまま倒れこむ。
ティズボンは悲鳴を上げた。
ほかに誰かいないのか探したのだが、誰も出てこない。酷い耳鳴りと頭痛に歯を食いしばりながら屋敷の中を歩くと、点々と人が倒れているのが見えた。
「なんだ、なんだこれは!」
泡を噴いて倒れているもの、苦しそうな顔をしているもの、まだ息があるが意識が朦朧としている者……。
目がかすみ、身体が重くなり、キーンと耳鳴りがひどくなる。
「あの絵が戻って来てからだ。あの、先代の祖母の絵が帰って来てから、みんなおかしくなったんだ!」
家のあちこちで、人が耳や口から血を流しながら倒れている。目の前で倒れこんだ使用人が、大理石の像の角に頭をぶつけて血しぶきが飛び散った。
ティズボンは恐ろしくなって、屋敷をあとにする。すぐさま馬車に飛び乗って王宮へ戻っていた。
屋敷から遠ざかると、だんだん耳鳴りも頭痛も収まってくる。しかし、思い出したように頭がずきんずきんと痛む。
吐き気は収まらず、先ほどの人が倒れこむ光景が瞼の裏で何度もフラッシュバックしていた。
王宮にとんぼ返りしたところで、ティズボンは宮殿内を歩いていたココとノアを発見し大慌てで近づいた。
「ランフォート伯爵、助けてください!」
あまりにも取り乱した様子のティズボンに、二人は驚いた顔をしている。
「一体どうされたんですか?」
ティズボンは無礼とわかっていつつも、我慢できず二人を連れて自らの政務室に招き入れた。
辺りに誰も人がいないことを確認すると、ティズボンは鍵を閉めてカーテンを閉じる。
「家人たちがみんな倒れてしまったんです! あの絵が来てからおかしいことが続いている!」
ノアに落ち着くように言われたが、とても落ち着いていられるような状況ではない。それに、レオポルド陛下までおかしくなっている。
「陛下も……親戚全員を処刑しろなんて、おかしい。なにが起きているんだ!」
「おかしいなんてことはありませんよ。隣国では、王位継承者以外は普通に殺し合う文化です」
「そんなことは、陛下に教えていない!」
「では、正しい知識を時計が陛下に伝えだけです」
あまりにも冷静に言われてしまい、ティズボンはがっくしと肩を落とした。
「……しかし、わが国ではこんなこと一度も起こっていないじゃないか……」
王国はほぼ国内すべてで需要と供給が満たされるため、外交には力を入れていない。そのためレオポルドは国外の政治には疎く、現体制に疑問を抱かなかった。
「だとしても、陛下がお決めになったことを覆すことなど、わたしたちにはできません」
「あの懐中時計のせいだ……家の者が倒れたのも、絵が来てからで……」
脚がおぼつかなくなり、ティズボンはその場でへなへなとしゃがみこんだ。
「そうだ、骨董遺物のせいだ……あんな古臭いもののせいで……」
心配して駆け寄ってくれたココの瞳を見た瞬間、ティズボンは悲鳴を上げた。
ココの瞳の虹彩が、陛下の持つ時計と家に戻ってきた絵画の額縁と同じ輝くような金色だったからだ。
「う、うわ……」
ティズボンがバタバタしながら地面を這ってココから離れていく。立ち上がって逃げようとしたのだが、ノアに行く手を阻まれた。
「宰相殿、疲労がたまっているのでしょう。どうぞ、ゆっくりお休みください」
「なんだ、なんなんだよお前ら! 嫌だ、死にたくない。こんなことで、こんなところで」
「まだ死にませんよ」
小鳥のさえずるような声に顔を向けると、ココが優しく微笑みながらティズボンに手を差し伸べていた。
「あなたは、まだなにも苦しんでいないじゃないですか」
ココにおやすみなさい、と言われた瞬間。ティズボンの脳が衝撃をうけたようにぐらりと揺れた。倒れていく瞬間がスローモーションのように視界に映し出される。
ココの指にはめられている見事な彫金細工の指輪だけが、強烈に脳に記憶として焼き付くようだった。
「次に眠りから覚めた時にはきっと、世界は一変していますよ」
気付くとティズボンは意識を失っていた。
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