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8、裁きの懐中時計
第52話
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災難を逃れたフレイソン公爵家の傍系一族は、その後すぐに処罰が下されることになった。一族にしてみたら、寝耳に水の話だった。
成人したばかりのフレイソン一族の娘を、シュードルフの秘宝に差し出すことが義務付けられるという、世にも恐ろしい判決が国王じきじきに下された。
逃げ出そうとした娘たちはもちろん捕らえられ、そのあと下級兵士たちとの結婚と出産を強要されることになるとは、誰が想像していただろうか。
しかし、王の一存とあれば誰も止めることはできなかった。
ステイシーは、フレイソン公爵の血筋の娘たちのおかげで、イヤリングの責務から逃れることができた。
がしかし、相変わらず鏡に夢中の状態が続き、数日後には枯れ枝のようになって衰弱死した。
その日以来、シュードルフの秘宝はフレイソン一族に引き継がれることになる。
そして、これを発端に国王が独裁に走ってしまったのは、誰も想像していなかった。
「――親族を、殺せとおっしゃるのですか?」
ティズボンはまだ若い王の言葉の意味を理解できず、思わず聞き返してしまった。
「そうだ。玉座を狙うものが出てきたらしい。わたしを弑そうとしている」
「そんな情報をどこでお聞きに?」
訊ねると、レオポルドは首から下げていた懐中時計を取り出す。ティズボンは内心舌打ちをした。
「陛下、少々その懐中時計の言葉を鵜呑みにしすぎていらっしゃいませんか。最近の陛下の判断は過激すぎて、家臣たちも震えあがっております」
「王の威厳はそれくらいでちょうどいい。今まで舐められすぎていたようだからな」
レオポルドの目つきは最近とても険しくなった。
誰にも内心を悟られまいとするようで、今までの柔軟で迷いのある一面はめっきり減っている。
そして、議会を通さず次々に物事の善悪を判断し決断し、処罰をしていた。
「そういえば、ハンスローの領地も税を不当に巻き上げていたようだな」
ティズボンは自分の遠縁にあたる親族の領地について言われ、言葉を濁した。
「それは……」
「領主の首を刎ねておけ」
このように、重税を領地の民に課し、上前を撥ねていた貴族たちが続々と露見してきている。
それもこれも、ノア・ランフォート伯爵が渡した懐中時計のせいでしかない。いままできっちり隠し通せていたものが、こうも表立って出てきてしまっては、国の均衡が崩れてしまう。
いや、もうすでにフレイソン公爵の一件から壊れかけていたのだ。
「お言葉ですが、いま、ハンスローの領主を失うわけには……」
「やれといったらやれ。出来ないのなら、代わりにお前の首を刎ねてもいいんだ」
レオポルドに見つめられて、ティズボンは肝が冷えた。それは、本気の人間の目だった。
「……いえ。伝えておきます」
「三日以内だ。逃げられても困るからな」
「御意」
貴族たちは、いつ自分たちの身に災難が降りかかってくるかと怯えて暮らしている。夜になると毎日のようにどこかで開催されていたパーティーも開かれなくなり、みな家に引きこもるか領地に帰ってしまっている。
王都はたった数週間で今までとは違った空気に満ちていた。
「繰り返すが、わたし以外の王族もだ。皆殺しにしておけ」
「しかし」
「返事は『はい』だ」
「……陛下。伯母上のカテリーナ妃は、幼かった陛下をまるでご自身の息子のように可愛がってくださっておりました」
「そうだな。それで、あわよくば自分の娘とわたしを結婚させようと画策していたらしい」
そんな話を聞いたことがなくて、ティズボンは仰天した。
「所詮、かりそめの愛情というやつだ。信じたわたしが愚かだったな。人は金と欲でしか動かないものなのか。それとも、貴族という生き物が金と欲に染まりきっているのか」
「そんなことはありません。善意を持って生きている者もおります!」
「は、馬鹿な。ティズボン、お前とて娘をわたしに差し出そうとしていたではないか」
胸中を読み取られたように思えて、ティズボンは寒気と恐怖に震えた。
レオポルドの口元は笑っているが、目元は獲物を狙うように鋭い。
「……過去には、そのように思ったこともございます。今はそんなことは……」
「ライバルになりそうな娘を不当に追いやっておいてなにを言う。罪を認めるのなら、カテリーナ妃も含めて全員を広場に吊るしてこい」
それ以上はなにも言えず、ティズボンは深くお辞儀をするとレオポルドの執務室を出た。とたん、全身に寒気が襲い掛かってくる。
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