上 下
55 / 68
8、裁きの懐中時計

第52話

しおりを挟む


 *


 災難を逃れたフレイソン公爵家の傍系一族は、その後すぐに処罰が下されることになった。一族にしてみたら、寝耳に水の話だった。

 成人したばかりのフレイソン一族の娘を、シュードルフの秘宝に差し出すことが義務付けられるという、世にも恐ろしい判決が国王じきじきに下された。

 逃げ出そうとした娘たちはもちろん捕らえられ、そのあと下級兵士たちとの結婚と出産を強要されることになるとは、誰が想像していただろうか。

 しかし、王の一存とあれば誰も止めることはできなかった。

 ステイシーは、フレイソン公爵の血筋の娘たちのおかげで、イヤリングの責務から逃れることができた。

 がしかし、相変わらず鏡に夢中の状態が続き、数日後には枯れ枝のようになって衰弱死した。

 その日以来、シュードルフの秘宝はフレイソン一族に引き継がれることになる。

 そして、これを発端に国王が独裁に走ってしまったのは、誰も想像していなかった。

「――親族を、殺せとおっしゃるのですか?」

 ティズボンはまだ若い王の言葉の意味を理解できず、思わず聞き返してしまった。

「そうだ。玉座を狙うものが出てきたらしい。わたしを弑そうとしている」

「そんな情報をどこでお聞きに?」

 訊ねると、レオポルドは首から下げていた懐中時計を取り出す。ティズボンは内心舌打ちをした。

「陛下、少々その懐中時計の言葉を鵜呑みにしすぎていらっしゃいませんか。最近の陛下の判断は過激すぎて、家臣たちも震えあがっております」

「王の威厳はそれくらいでちょうどいい。今まで舐められすぎていたようだからな」

 レオポルドの目つきは最近とても険しくなった。

 誰にも内心を悟られまいとするようで、今までの柔軟で迷いのある一面はめっきり減っている。

 そして、議会を通さず次々に物事の善悪を判断し決断し、処罰をしていた。

「そういえば、ハンスローの領地も税を不当に巻き上げていたようだな」

 ティズボンは自分の遠縁にあたる親族の領地について言われ、言葉を濁した。

「それは……」

「領主の首を刎ねておけ」

 このように、重税を領地の民に課し、上前を撥ねていた貴族たちが続々と露見してきている。

 それもこれも、ノア・ランフォート伯爵が渡した懐中時計のせいでしかない。いままできっちり隠し通せていたものが、こうも表立って出てきてしまっては、国の均衡が崩れてしまう。

 いや、もうすでにフレイソン公爵の一件から壊れかけていたのだ。

「お言葉ですが、いま、ハンスローの領主を失うわけには……」

「やれといったらやれ。出来ないのなら、代わりにお前の首を刎ねてもいいんだ」

 レオポルドに見つめられて、ティズボンは肝が冷えた。それは、本気の人間の目だった。

「……いえ。伝えておきます」

「三日以内だ。逃げられても困るからな」

「御意」

 貴族たちは、いつ自分たちの身に災難が降りかかってくるかと怯えて暮らしている。夜になると毎日のようにどこかで開催されていたパーティーも開かれなくなり、みな家に引きこもるか領地に帰ってしまっている。

 王都はたった数週間で今までとは違った空気に満ちていた。

「繰り返すが、わたし以外の王族もだ。皆殺しにしておけ」

「しかし」

「返事は『はい』だ」

「……陛下。伯母上のカテリーナ妃は、幼かった陛下をまるでご自身の息子のように可愛がってくださっておりました」

「そうだな。それで、あわよくば自分の娘とわたしを結婚させようと画策していたらしい」

 そんな話を聞いたことがなくて、ティズボンは仰天した。

「所詮、かりそめの愛情というやつだ。信じたわたしが愚かだったな。人は金と欲でしか動かないものなのか。それとも、貴族という生き物が金と欲に染まりきっているのか」

「そんなことはありません。善意を持って生きている者もおります!」

「は、馬鹿な。ティズボン、お前とて娘をわたしに差し出そうとしていたではないか」

 胸中を読み取られたように思えて、ティズボンは寒気と恐怖に震えた。

 レオポルドの口元は笑っているが、目元は獲物を狙うように鋭い。

「……過去には、そのように思ったこともございます。今はそんなことは……」

「ライバルになりそうな娘を不当に追いやっておいてなにを言う。罪を認めるのなら、カテリーナ妃も含めて全員を広場に吊るしてこい」

 それ以上はなにも言えず、ティズボンは深くお辞儀をするとレオポルドの執務室を出た。とたん、全身に寒気が襲い掛かってくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)

IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。 世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。 不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。 そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。 諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる…… 人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。 夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ? 絶望に、立ち向かえ。

処理中です...