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8、裁きの懐中時計
第51話
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しかし、この先の計画のためにもココは最初から大きな嘘をつき続けている。
「信じられない……」
レオポルドが表情を曇らせた。王族を庇護していたというそれは、嘘か本当か誰にもわからなかった。
だが、ココの演技によって嘘は本当になってしまった。会場内がざわついてしまったのも仕方がない。
ステイシーの変わりようをその目で見ていた者たちは、自らの命と見た目を犠牲にしても、国王を守っていたココたち一族を哀れに思ったに違いない。
今や、宰相も大司祭も、先王の愚かな行動に顔をしかめている。
「誰も先王様の行いを止めなかったのか?」
ダンケンの言葉にはティズボンが首を横に振る。
「フレイソン大公爵が議会をまとめていました。彼はそもそも、仕事をきちんとしていなかったようですし……」
マッソンが貴族でなかったということにも気づかないような人物だ。しかし一族すべてがこの世にいない今、どうしてこのような事態になったのかを咎める術はない。
「メルゾ・シュードルフの代わりに議会に参加するようになったマッソン・ロダウスについて、誰も興味を持たなかったはずです」
マッソンが元々貴族ではなかったから、議会では誰一人として良い顔をせず、存在自体を概ね無視していた。
貴族じゃないものと口を利くのさえ嫌がるような人だっている中、メルゾが議会に来なくなった理由を彼に尋ねるような人は居なかったのだ。
「議会のまとめ役はフレイソンだったかもしれないが、だとしてもティズボン、お前にだって責はあるはずだぞ」
「お言葉ですがダンケン殿。であれば王宮内で崩落が起こりそうな箇所に気づかず、事故当時お側にいなかったあなたにも、同様かそれ以上の責任がありますよ」
ココの屋敷近くにある聖教会の支部から貴族登録を受け取ったのに、それをしっかり確認しなかった大司祭モルートも同罪だ。
すべて、ちょっとしたことを怠ったがために、大きな災厄を引き起こしたのだ。
「二人ともよせ。それを言うなら、成人の儀の内容を知らず、シュードルフ聖公爵を男爵にしてしまったわたしにも責任がある」
レオポルドの一言で、会場内には静寂と苦々しい空気が満ちた。
「この件については、誰もなにも処罰されないというわけにはいかないだろう。ただ、罰するにしても、慎重にならなければなるまい」
実際、ちょっとしたミスではあるが、担当していたのは重鎮たちばかり。だれも責任を負いたくないとおもっていることもレオポルドはわかっている様子だった。
レオポルドは在位は七年とそれなりの年数をこなしているが、実質、国を動かしていたのは周りの大人たちだ。
まだまだ幼かった彼は、指針となるべく両親を亡くし、臣下たちに言われるがままとなっていたところも多々あった。
成長した今はしっかり自分の考えを持って政務をこなせるが、それ以前の責任は幼く無知だった彼自身にもあるのは明白だ。
家臣を動かす立場にあったのに、家臣に動かされていたのは王族として言い訳などできるはずがあるまい。
「……過去にも、国が機能しなくなったことがあったと聞きます」
口を開いたのはノアで、場の全員が彼に集中した。
「骨董遺物《アンティーク・ジェム》が暴走し始めた時です」
「国史にそのようなことが書いてあったな。当時の王はそれを理由に彫金技術をシュードルフ一族に禁止したはずだ」
「ですが、禁じられる直前に、混乱を鎮めるための骨董遺物を作らせました。そのことはご存じでしょうか?」
いや、とレオポルドは首をかしげる。
ノアは懐から黄金に輝く懐中時計を取り出した。
「これは『理性の懐中時計』というものです」
レオポルドは台座から降りてくると、ノアが取り出した骨董遺物を手に取る。
「困難な状況下でも、正しい判断に導く助言をくれる時計です。陛下にもこの時計の声が聞こえますか?」
ノアがパチンと指をはじくと、レオポルドの目がみるみる見開かれた。
「……しゃべるのか」
「ええ。骨董遺物たちには不思議な力がありますから」
懐中時計は『こんにちは、レオポルド陛下』と爽やかな女性の声を発している。もちろん、聞こえているのはノアとココと、レオポルドだけだ。
周りにいた家臣たちは、なにが起きているのか理解できていない顔をしていた。
「声が聞こえるのであれば、陛下はこの時計に選ばれし使い手ということです。ほかの人には聞こえていないようですし、こちらは陛下にお預けします」
「これを、どのように使えというのだ?」
レオポルドは金色のそれを見ながら訝しんでいる。そんなレオポルドに対して、時計が声をかけてきた。
『ご安心ください、レオポルド陛下。私は陛下の目となり耳となり、すべての物事を正しく判断するお手伝いをします』
「ほう。どのようにするのだ?」
『たとえば、陛下が成人の儀を受けられなかったことは致し方ないと判定します。しかしそのような緊急の状況を想定しておらず、後世に伝えるべきことを完遂しなかった先王については、一部を職務怠慢と判定します』
なるほど、とレオポルドは頷く。
『すでにお亡くなりになっているため対処は出来かねますが、もしご存命であれば鞭打ち百回です』
「それは多すぎるのではないか? 死んでしまうぞ」
『ファインデンノルブ王国の法律によれば、妥当な回数と存じます。全国民の命がかかっているのですから、万が一を常に想定しておかなければ統治者として怠慢です』
「そうか」
『また、現在の状況を加味すると、議長は空席にしておくことが望ましいでしょう。フレイソン公爵家の領地は国の直轄地として再編成することをおすすめします』
レオポルドはふむふむと相槌を打っている。なにかを訊ねれば、適切な答えが必ず懐中時計から返ってくる。迷いない正確な判断をする様子に、レオポルドも耳を傾ける気になったようだ。
『国内にはびこる汚職を一掃し、適正な政治をするために尽力いたします。なんなりとご命令ください、レオポルド陛下』
「――わかった。ランフォート伯爵、落ち着くまでこれを借りてもいいだろうか?」
「もちろんです。わたしは陛下の忠実な家臣であり、そのために存在しています」
不安そうな顔をする家臣たちとは違って、ノアは満足そうにしている。
すでに懐中時計の虜になり始めているレオポルドを止められる者はいない。
時計を受け取った時点で、レオポルドはココとノアの手中に落ちたも同然なのだった。
「信じられない……」
レオポルドが表情を曇らせた。王族を庇護していたというそれは、嘘か本当か誰にもわからなかった。
だが、ココの演技によって嘘は本当になってしまった。会場内がざわついてしまったのも仕方がない。
ステイシーの変わりようをその目で見ていた者たちは、自らの命と見た目を犠牲にしても、国王を守っていたココたち一族を哀れに思ったに違いない。
今や、宰相も大司祭も、先王の愚かな行動に顔をしかめている。
「誰も先王様の行いを止めなかったのか?」
ダンケンの言葉にはティズボンが首を横に振る。
「フレイソン大公爵が議会をまとめていました。彼はそもそも、仕事をきちんとしていなかったようですし……」
マッソンが貴族でなかったということにも気づかないような人物だ。しかし一族すべてがこの世にいない今、どうしてこのような事態になったのかを咎める術はない。
「メルゾ・シュードルフの代わりに議会に参加するようになったマッソン・ロダウスについて、誰も興味を持たなかったはずです」
マッソンが元々貴族ではなかったから、議会では誰一人として良い顔をせず、存在自体を概ね無視していた。
貴族じゃないものと口を利くのさえ嫌がるような人だっている中、メルゾが議会に来なくなった理由を彼に尋ねるような人は居なかったのだ。
「議会のまとめ役はフレイソンだったかもしれないが、だとしてもティズボン、お前にだって責はあるはずだぞ」
「お言葉ですがダンケン殿。であれば王宮内で崩落が起こりそうな箇所に気づかず、事故当時お側にいなかったあなたにも、同様かそれ以上の責任がありますよ」
ココの屋敷近くにある聖教会の支部から貴族登録を受け取ったのに、それをしっかり確認しなかった大司祭モルートも同罪だ。
すべて、ちょっとしたことを怠ったがために、大きな災厄を引き起こしたのだ。
「二人ともよせ。それを言うなら、成人の儀の内容を知らず、シュードルフ聖公爵を男爵にしてしまったわたしにも責任がある」
レオポルドの一言で、会場内には静寂と苦々しい空気が満ちた。
「この件については、誰もなにも処罰されないというわけにはいかないだろう。ただ、罰するにしても、慎重にならなければなるまい」
実際、ちょっとしたミスではあるが、担当していたのは重鎮たちばかり。だれも責任を負いたくないとおもっていることもレオポルドはわかっている様子だった。
レオポルドは在位は七年とそれなりの年数をこなしているが、実質、国を動かしていたのは周りの大人たちだ。
まだまだ幼かった彼は、指針となるべく両親を亡くし、臣下たちに言われるがままとなっていたところも多々あった。
成長した今はしっかり自分の考えを持って政務をこなせるが、それ以前の責任は幼く無知だった彼自身にもあるのは明白だ。
家臣を動かす立場にあったのに、家臣に動かされていたのは王族として言い訳などできるはずがあるまい。
「……過去にも、国が機能しなくなったことがあったと聞きます」
口を開いたのはノアで、場の全員が彼に集中した。
「骨董遺物《アンティーク・ジェム》が暴走し始めた時です」
「国史にそのようなことが書いてあったな。当時の王はそれを理由に彫金技術をシュードルフ一族に禁止したはずだ」
「ですが、禁じられる直前に、混乱を鎮めるための骨董遺物を作らせました。そのことはご存じでしょうか?」
いや、とレオポルドは首をかしげる。
ノアは懐から黄金に輝く懐中時計を取り出した。
「これは『理性の懐中時計』というものです」
レオポルドは台座から降りてくると、ノアが取り出した骨董遺物を手に取る。
「困難な状況下でも、正しい判断に導く助言をくれる時計です。陛下にもこの時計の声が聞こえますか?」
ノアがパチンと指をはじくと、レオポルドの目がみるみる見開かれた。
「……しゃべるのか」
「ええ。骨董遺物たちには不思議な力がありますから」
懐中時計は『こんにちは、レオポルド陛下』と爽やかな女性の声を発している。もちろん、聞こえているのはノアとココと、レオポルドだけだ。
周りにいた家臣たちは、なにが起きているのか理解できていない顔をしていた。
「声が聞こえるのであれば、陛下はこの時計に選ばれし使い手ということです。ほかの人には聞こえていないようですし、こちらは陛下にお預けします」
「これを、どのように使えというのだ?」
レオポルドは金色のそれを見ながら訝しんでいる。そんなレオポルドに対して、時計が声をかけてきた。
『ご安心ください、レオポルド陛下。私は陛下の目となり耳となり、すべての物事を正しく判断するお手伝いをします』
「ほう。どのようにするのだ?」
『たとえば、陛下が成人の儀を受けられなかったことは致し方ないと判定します。しかしそのような緊急の状況を想定しておらず、後世に伝えるべきことを完遂しなかった先王については、一部を職務怠慢と判定します』
なるほど、とレオポルドは頷く。
『すでにお亡くなりになっているため対処は出来かねますが、もしご存命であれば鞭打ち百回です』
「それは多すぎるのではないか? 死んでしまうぞ」
『ファインデンノルブ王国の法律によれば、妥当な回数と存じます。全国民の命がかかっているのですから、万が一を常に想定しておかなければ統治者として怠慢です』
「そうか」
『また、現在の状況を加味すると、議長は空席にしておくことが望ましいでしょう。フレイソン公爵家の領地は国の直轄地として再編成することをおすすめします』
レオポルドはふむふむと相槌を打っている。なにかを訊ねれば、適切な答えが必ず懐中時計から返ってくる。迷いない正確な判断をする様子に、レオポルドも耳を傾ける気になったようだ。
『国内にはびこる汚職を一掃し、適正な政治をするために尽力いたします。なんなりとご命令ください、レオポルド陛下』
「――わかった。ランフォート伯爵、落ち着くまでこれを借りてもいいだろうか?」
「もちろんです。わたしは陛下の忠実な家臣であり、そのために存在しています」
不安そうな顔をする家臣たちとは違って、ノアは満足そうにしている。
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