骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

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7、人徳者には金のカフスボタンを

第47話

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 ニールにはわかっていることがあった。

 自分のろっ骨が折れていること、係の者も医者もすべてがニールのことを胸中でバカにしていること、そしてココのせいで世の中が壊れたこと。

「みんな僕のことを理解しない。ココが彼女自身の罪を認めたのに」

 毎日そんなことをぶつぶつ呟き続けている。

 牢番はいつもため息交じりに見回りに来ていた。そのたびにつかみかかってみるのだが、どの牢番たちもニールのことをまともだと信じていないようだ。

「悪くない、悪くないのに……僕は、天使様に選ばれた人間なのに」

「――そうよ、あなたは悪くないわニール」

 痛む肋骨をかばいながら体勢を変えたところで、牢には不釣り合いな声が聞こえてきた。

 見ると、格子の外には花模様の刺繍のドレスを纏った天使のような美少女が微笑んでいる。

「……ココ!」

 すぐに駆け寄って、彼女が差し出してきた指先に触れる。

 とたん、彼女の心の中の声が聞こえてきた。

『――怪我をしているのね。かわいそうなニール……私がすべて悪いというのに――』

 それを聞いた瞬間、ニールは目を見開いていた。

『――ああ、どうしたらいいのかしら。私が彼の代わりになれればいいのに――』

『――悪いのは私なのに。ニールのような素晴らしい人に迷惑をかけてしまっているわ――』

『――どうにかしなくてはいけないわ。責任を取らないといけないのは私だもの――』

 彼女の心配そうな目を見上げながら、ニールは幾度となく瞬きを繰り返した。

「ココ、ああ君は僕のことをわかってくれるんだね。僕に罪はないと」

「もちろんよ」

「やはり僕は間違っていなかったんだ!」

 ココの手にすがると、ニールの目から自然と涙があふれてくる。そうしてしばらく嗚咽を漏らしていると、温かい手に包み込まれた。

 顔をあげると、ノアが慈愛に満ちた表情を向けてきていた。

『――なんてことだ。ニール殿をすぐにお救いしなくては――』

『――こんなことになってしまうなんて。もっと早くに、わたしからも陛下に進言すべきだったのに――』

『――ニール殿の不当な扱いは許されない。彼はおかしくなってしまったこの国を救おうとした、救世主なのに――』

 ノアの声が聞こえてくると、さらにニールは涙と鼻水で顔じゅうをぐしゃぐしゃにしながら泣き崩れてしまった。

「ニール殿、もう少しの辛抱ですよ」

「わかってくれるのは、ランフォート伯爵とココだけだったんだね」

 ココは優雅にうなずきながら、ニールと目線を合わせてくる。

「実はね、陛下から伝言を預かっているの」

「レオポルドから?」

「ええ」

 あのバカな男が、いったいなんと言ったのだろう。

「もうこれ以上醜い言い訳をするな、と陛下はおっしゃっていたわ」

「あいつ……! 言い訳もなにも、僕は事実を述べただけだ!」

「そうね、ニール。待っていて、もう少しであなたを解放してあげるからね」

 ココが両手を握ってくる。ココの優しくて温かい想いがニールの脳内で響き渡り、心地よさにうっとりしてくる。

「これは返してもらうわ」

 ニールの袖口についていたカフスボタンを、ココはさっと外してしまった。すると、今まで聞こえてきていた心の声が、一切聞こえなくなってしまう。

「またね、ニール」

 ココとノアが去っていくのを見送りながら、もうすぐここから出られるのだと自分を鼓舞した。

「大丈夫だ。僕は大丈夫だ」

 痛む肋骨を押さえつけながら、呪文のようにそれをずっと呟いていた時だ。牢が騒がしくなった。

「大丈夫、大丈夫。もうすぐ出られる、大丈夫……」

 囚人たちがざわざわとしているのがわかるが、ニールはずっと「大丈夫、悪くない」を口にし続けていた。

「……ル、ニール!」

 呼ばれてハッとすると、格子の向こうには実父であるフレイソン大公爵が立っていた。

「父上! 助けに来てくれたのですね!」

「ああ。家に帰ろう」

 どことなく思いつめたような顔をしているような気がしたが、きっと自分を釈放するのに尽力したのだろう。

 ニールはやっぱり自分が正しかったと確信する。牢から出られたということは、つまりそういうことだ。
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