50 / 68
7、人徳者には金のカフスボタンを
第47話
しおりを挟む*
ニールにはわかっていることがあった。
自分のろっ骨が折れていること、係の者も医者もすべてがニールのことを胸中でバカにしていること、そしてココのせいで世の中が壊れたこと。
「みんな僕のことを理解しない。ココが彼女自身の罪を認めたのに」
毎日そんなことをぶつぶつ呟き続けている。
牢番はいつもため息交じりに見回りに来ていた。そのたびにつかみかかってみるのだが、どの牢番たちもニールのことをまともだと信じていないようだ。
「悪くない、悪くないのに……僕は、天使様に選ばれた人間なのに」
「――そうよ、あなたは悪くないわニール」
痛む肋骨をかばいながら体勢を変えたところで、牢には不釣り合いな声が聞こえてきた。
見ると、格子の外には花模様の刺繍のドレスを纏った天使のような美少女が微笑んでいる。
「……ココ!」
すぐに駆け寄って、彼女が差し出してきた指先に触れる。
とたん、彼女の心の中の声が聞こえてきた。
『――怪我をしているのね。かわいそうなニール……私がすべて悪いというのに――』
それを聞いた瞬間、ニールは目を見開いていた。
『――ああ、どうしたらいいのかしら。私が彼の代わりになれればいいのに――』
『――悪いのは私なのに。ニールのような素晴らしい人に迷惑をかけてしまっているわ――』
『――どうにかしなくてはいけないわ。責任を取らないといけないのは私だもの――』
彼女の心配そうな目を見上げながら、ニールは幾度となく瞬きを繰り返した。
「ココ、ああ君は僕のことをわかってくれるんだね。僕に罪はないと」
「もちろんよ」
「やはり僕は間違っていなかったんだ!」
ココの手にすがると、ニールの目から自然と涙があふれてくる。そうしてしばらく嗚咽を漏らしていると、温かい手に包み込まれた。
顔をあげると、ノアが慈愛に満ちた表情を向けてきていた。
『――なんてことだ。ニール殿をすぐにお救いしなくては――』
『――こんなことになってしまうなんて。もっと早くに、わたしからも陛下に進言すべきだったのに――』
『――ニール殿の不当な扱いは許されない。彼はおかしくなってしまったこの国を救おうとした、救世主なのに――』
ノアの声が聞こえてくると、さらにニールは涙と鼻水で顔じゅうをぐしゃぐしゃにしながら泣き崩れてしまった。
「ニール殿、もう少しの辛抱ですよ」
「わかってくれるのは、ランフォート伯爵とココだけだったんだね」
ココは優雅にうなずきながら、ニールと目線を合わせてくる。
「実はね、陛下から伝言を預かっているの」
「レオポルドから?」
「ええ」
あのバカな男が、いったいなんと言ったのだろう。
「もうこれ以上醜い言い訳をするな、と陛下はおっしゃっていたわ」
「あいつ……! 言い訳もなにも、僕は事実を述べただけだ!」
「そうね、ニール。待っていて、もう少しであなたを解放してあげるからね」
ココが両手を握ってくる。ココの優しくて温かい想いがニールの脳内で響き渡り、心地よさにうっとりしてくる。
「これは返してもらうわ」
ニールの袖口についていたカフスボタンを、ココはさっと外してしまった。すると、今まで聞こえてきていた心の声が、一切聞こえなくなってしまう。
「またね、ニール」
ココとノアが去っていくのを見送りながら、もうすぐここから出られるのだと自分を鼓舞した。
「大丈夫だ。僕は大丈夫だ」
痛む肋骨を押さえつけながら、呪文のようにそれをずっと呟いていた時だ。牢が騒がしくなった。
「大丈夫、大丈夫。もうすぐ出られる、大丈夫……」
囚人たちがざわざわとしているのがわかるが、ニールはずっと「大丈夫、悪くない」を口にし続けていた。
「……ル、ニール!」
呼ばれてハッとすると、格子の向こうには実父であるフレイソン大公爵が立っていた。
「父上! 助けに来てくれたのですね!」
「ああ。家に帰ろう」
どことなく思いつめたような顔をしているような気がしたが、きっと自分を釈放するのに尽力したのだろう。
ニールはやっぱり自分が正しかったと確信する。牢から出られたということは、つまりそういうことだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む
めぐめぐ
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。
彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。
婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を――
※終わりは読者の想像にお任せする形です
※頭からっぽで
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】待ち望んでいた婚約破棄のおかげで、ついに報復することができます。
みかみかん
恋愛
メリッサの婚約者だったルーザ王子はどうしようもないクズであり、彼が婚約破棄を宣言したことにより、メリッサの復讐計画が始まった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。
石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。
ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。
騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。
ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。
力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。
騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。
魔族に育てられた聖女と呪われし召喚勇者【完結】
一色孝太郎
ファンタジー
魔族の薬師グランに育てられた聖女の力を持つ人族の少女ホリーは育ての祖父の遺志を継ぎ、苦しむ人々を救う薬師として生きていくことを決意する。懸命に生きる彼女の周囲には、彼女を慕う人が次々と集まってくる。兄のような幼馴染、イケメンな魔族の王子様、さらには異世界から召喚された勇者まで。やがて世界の運命をも左右する陰謀に巻き込まれた彼女は彼らと力を合わせ、世界を守るべく立ち向かうこととなる。果たして彼女の運命やいかに! そして彼女の周囲で繰り広げられる恋の大騒動の行方は……?
※本作は全 181 話、【完結保証】となります
※カバー画像の著作権は DESIGNALIKIE 様にあります
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる