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7、人徳者には金のカフスボタンを
第46話
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「蜘蛛の巣が引っかかっているみたいなんだ。動かないで」
「悪いな、取ってもらって」
そうして触れてさえいれば、レオポルドの声はとめどなくニールの頭の中で響いて聞こえてきた。
『――身なりだけは立派だが、心も中身も伴わない男だな。シュードルフ家の惨事の後始末もままならないとは――』
まさか、こんなふうに親友に思われているとは想定外だった。ニールは歯ぎしりしそうになったのを必死で抑える。
『――心を病んでいるのがよくわかる。幼稚な言動で、みんなを困らせている自覚もなさそうだ。どうしたものか――』
「取れたよ」
「ありがとう。おや? ニール、顔色が悪いようだが」
「歩いていれば良くなるから、少しだけ肩を貸してくれる?」
「掴まるといい」
レオポルドの肩に手を置きつつ、並んで歩きだす。ニールにはレオポルドの心の声が断続的に聞こえてきていた。
『――まあ、ニールは自慢話が多くてうんざりだったから、静かなくらいがちょうどいい――』
『――骨董遺物だったか。たかが道具ごときに公爵家の次男ともあろうものが振り回されるとはな――』
『――それにしても、頼りないことこの上ないな。大公爵から頼まれ、友人だからと立ち直るまで見守っていたがこれまでか――』
聞くに堪えないことを言われ続け、ニールはついに口を開いた。
「ねぇ、レオ。ココ・シュードルフを貴族に戻してほしいんだ」
「……なるほど。それが、ニールの望みか」
「あのイヤリングを再度ココに装着させなくちゃいけない。そうすれば、全部元に戻る。レオも、災厄を怖がらなくて済む」
「しかし、再装着は不可能だと聞いている」
「ランフォート伯爵に頼めばいい。彼はレオの忠実な部下でしょう?」
しばらく考えたのち、レオポルドは首を横に振った。
「たとえそれができたとして、現状のすべてが元に戻るわけではない」
「どうしてだよ。君は国王で一番偉いのに。そんなこともできないのか?」
ニールのそれに、レオポルドは強い目線で見上げてくる。
「逆に、そんなこともわからないのか、ニール」
『――能無しもここまで来ると見事だな――』
レオポルドのため息を吐かんばかりの心の声が聞こえてきて、ニールは怒りが込み上げてきた。
「……レオ。僕のことをそうやってずっと、能無しだと見下していたのか?」
突然ニールが声音を落としたことに、レオポルドは一瞬だけ眉を動かした。
「どういうことだ。わたしがお前を見下すなど」
「とぼけないでよ。中身も伴わない男で、幼稚な言動でみんなを困らせていると思っているんだろう?」
レオポルドはニールをキッと睨みつけた。
「口が過ぎるぞ」
「それは、レオのほうだ! みんなを困らせているのは僕じゃない、ココ・シュードルフだ!」
「愚かな。自分がしたことを忘れたのか、ニール」
レオの正面に立ちふさがると、彼はニールを睨みあげてきた。
「いいか、ニール。お前がしているのは責任転嫁という。人の上に立つ者がすべきことではない」
「違う違う違う! どうしてわかってくれないんだ! 僕は一つも悪くない!」
わかってくれるはずだとレオポルドの手を握ったところで、彼の胸中の声がニールの脳内に響いた。
『――話が通じない、よもやこれまで――』
レオポルドの心情を読み取ったニールは、頭にカッと血がのぼった。
「なにが『よもやこれまで』だ……レオ、お前のほうがよっぽど話が通じていない。僕は天使様に選ばれた人間なんだぞ。目を覚ませ!」
ニールの右手の拳が、レオポルドの頬に打ち込まれた。次の瞬間、ニールは気配を消してついてきていた近衛兵たちに取り押さえられる。
「放せ、放せよ! 天使様に言いつけるぞ!」
暴れ続けるニールを見下ろしてくるレオポルドの目は、複雑な感情に揺れている。
「ニール、少し頭を冷やすといい」
押さえつけてくる兵たち一人一人からも、ニールに対するひどい侮蔑の声が聞こえてくる。
ニールはそれらの言葉を聞き、怒りが沸点に到達した。
「……お前、王になったからと言って急に偉ぶりやがって! 僕の悪口を言いふらしていたんだな!」
「そんなことするものか」
近衛兵たちを渾身の力で追い払うと、ニールは腰に下げていた剣を抜き払う。
親友の特権で帯刀が許されていたのは、この邪悪な心を持つ王を倒すためなのだとニールは本気で思った。
大きく振りかぶったところで、騎士団長のダンケンが目にもとまらぬ速さでレオポルドとの間に入り込む。
瞬きをする間もなく、ニールは脇腹を鞘で打たれて地面に転がり落ちた。
「……っは……」
ダンケンの怪力によって肋骨が折れた。呼吸ができず、ニールはその場にうずくまって吐いた。
「牢に連れていけ」
ダンケンの指示によって、近衛兵たちはニールを担ぎ上げて運ぼうとする。
「待て、待て……レオ、許さない……」
「早く連れていけ、目障りだ」
「ダンケン、お前も許さない……わたしはフレイソン公爵家の者だぞ」
「違う。今は反逆罪の罪人だ」
ニールのうめきとも叫びともつかない声が美しい中庭に響く。
「放せよ、はなせぇぇぇ!」
王を弑そうとした罪によって牢屋に入れられたあとも、ニールはずっと暴れていた。
「僕は悪くない、わたしは一つも、一つも悪いことをしていないのに!」
二日たっても、ニールは「自分は悪くない」と言い続けていた。
フレイソン公爵家の次男坊が、王に背いたという話はあっという間に広がった。
「悪いな、取ってもらって」
そうして触れてさえいれば、レオポルドの声はとめどなくニールの頭の中で響いて聞こえてきた。
『――身なりだけは立派だが、心も中身も伴わない男だな。シュードルフ家の惨事の後始末もままならないとは――』
まさか、こんなふうに親友に思われているとは想定外だった。ニールは歯ぎしりしそうになったのを必死で抑える。
『――心を病んでいるのがよくわかる。幼稚な言動で、みんなを困らせている自覚もなさそうだ。どうしたものか――』
「取れたよ」
「ありがとう。おや? ニール、顔色が悪いようだが」
「歩いていれば良くなるから、少しだけ肩を貸してくれる?」
「掴まるといい」
レオポルドの肩に手を置きつつ、並んで歩きだす。ニールにはレオポルドの心の声が断続的に聞こえてきていた。
『――まあ、ニールは自慢話が多くてうんざりだったから、静かなくらいがちょうどいい――』
『――骨董遺物だったか。たかが道具ごときに公爵家の次男ともあろうものが振り回されるとはな――』
『――それにしても、頼りないことこの上ないな。大公爵から頼まれ、友人だからと立ち直るまで見守っていたがこれまでか――』
聞くに堪えないことを言われ続け、ニールはついに口を開いた。
「ねぇ、レオ。ココ・シュードルフを貴族に戻してほしいんだ」
「……なるほど。それが、ニールの望みか」
「あのイヤリングを再度ココに装着させなくちゃいけない。そうすれば、全部元に戻る。レオも、災厄を怖がらなくて済む」
「しかし、再装着は不可能だと聞いている」
「ランフォート伯爵に頼めばいい。彼はレオの忠実な部下でしょう?」
しばらく考えたのち、レオポルドは首を横に振った。
「たとえそれができたとして、現状のすべてが元に戻るわけではない」
「どうしてだよ。君は国王で一番偉いのに。そんなこともできないのか?」
ニールのそれに、レオポルドは強い目線で見上げてくる。
「逆に、そんなこともわからないのか、ニール」
『――能無しもここまで来ると見事だな――』
レオポルドのため息を吐かんばかりの心の声が聞こえてきて、ニールは怒りが込み上げてきた。
「……レオ。僕のことをそうやってずっと、能無しだと見下していたのか?」
突然ニールが声音を落としたことに、レオポルドは一瞬だけ眉を動かした。
「どういうことだ。わたしがお前を見下すなど」
「とぼけないでよ。中身も伴わない男で、幼稚な言動でみんなを困らせていると思っているんだろう?」
レオポルドはニールをキッと睨みつけた。
「口が過ぎるぞ」
「それは、レオのほうだ! みんなを困らせているのは僕じゃない、ココ・シュードルフだ!」
「愚かな。自分がしたことを忘れたのか、ニール」
レオの正面に立ちふさがると、彼はニールを睨みあげてきた。
「いいか、ニール。お前がしているのは責任転嫁という。人の上に立つ者がすべきことではない」
「違う違う違う! どうしてわかってくれないんだ! 僕は一つも悪くない!」
わかってくれるはずだとレオポルドの手を握ったところで、彼の胸中の声がニールの脳内に響いた。
『――話が通じない、よもやこれまで――』
レオポルドの心情を読み取ったニールは、頭にカッと血がのぼった。
「なにが『よもやこれまで』だ……レオ、お前のほうがよっぽど話が通じていない。僕は天使様に選ばれた人間なんだぞ。目を覚ませ!」
ニールの右手の拳が、レオポルドの頬に打ち込まれた。次の瞬間、ニールは気配を消してついてきていた近衛兵たちに取り押さえられる。
「放せ、放せよ! 天使様に言いつけるぞ!」
暴れ続けるニールを見下ろしてくるレオポルドの目は、複雑な感情に揺れている。
「ニール、少し頭を冷やすといい」
押さえつけてくる兵たち一人一人からも、ニールに対するひどい侮蔑の声が聞こえてくる。
ニールはそれらの言葉を聞き、怒りが沸点に到達した。
「……お前、王になったからと言って急に偉ぶりやがって! 僕の悪口を言いふらしていたんだな!」
「そんなことするものか」
近衛兵たちを渾身の力で追い払うと、ニールは腰に下げていた剣を抜き払う。
親友の特権で帯刀が許されていたのは、この邪悪な心を持つ王を倒すためなのだとニールは本気で思った。
大きく振りかぶったところで、騎士団長のダンケンが目にもとまらぬ速さでレオポルドとの間に入り込む。
瞬きをする間もなく、ニールは脇腹を鞘で打たれて地面に転がり落ちた。
「……っは……」
ダンケンの怪力によって肋骨が折れた。呼吸ができず、ニールはその場にうずくまって吐いた。
「牢に連れていけ」
ダンケンの指示によって、近衛兵たちはニールを担ぎ上げて運ぼうとする。
「待て、待て……レオ、許さない……」
「早く連れていけ、目障りだ」
「ダンケン、お前も許さない……わたしはフレイソン公爵家の者だぞ」
「違う。今は反逆罪の罪人だ」
ニールのうめきとも叫びともつかない声が美しい中庭に響く。
「放せよ、はなせぇぇぇ!」
王を弑そうとした罪によって牢屋に入れられたあとも、ニールはずっと暴れていた。
「僕は悪くない、わたしは一つも、一つも悪いことをしていないのに!」
二日たっても、ニールは「自分は悪くない」と言い続けていた。
フレイソン公爵家の次男坊が、王に背いたという話はあっという間に広がった。
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