骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

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7、人徳者には金のカフスボタンを

第45話

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 レオポルド・デ・ファインデンノルブ国王陛下は、ニールと同い年であり幼馴染だ。

 御年十八になる青年で、美形ぞろいの王族の血をしっかり引き継いでいる。

 十一の時に先王が崩御し、まだ幼いうちに国政を取り仕切ることになった彼と、ニールはずっと良き友達でいる。

「レオポルド!」

 会議中だからという近衛兵たちを押しのけ、ニールはレオポルドの執務室に押し入った。

 机に向かっていたレオポルドは、一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑顔になった。

「久しぶりだね、ニール」

「レオ、ちょっと見ないうちにずいぶん大人びた笑いかたをするようになったね」

 レオポルドの手前にいたティズボン宰相と騎士団長のダンケン、そして大司祭のモルートが「無礼だぞ」と言ったり顔をしかめたりするが、ニールは気にしなかった。

「話があるんだよ、レオ! ちょっと散歩しよう」

 ひどく顔色の悪い宰相がニールを止めようとしてきたのを、レオポルドが制止する。

「わかった。みんな、いったん下がっていてくれ。小休止だ」

 ティズボンはじめ、臣下たちにものすごく睨まれたが、ニールは「ばいばーい!」と彼らに手を振る。

 恐らく彼らは、レオポルドと仲のいい自分のことを嫉妬しているに違いない。

 そうだ、僕は特別だ。そう考えると、自分が天使様に選ばれた人間なのだという気持ちが身体中から湧き上がってくる。

 自分は天使様に選ばれし人間である。ニールの心の中はその気持ちで満たされた。

 陛下にとってニールが特別である証拠に、すぐにレオポルドはすぐに王宮の庭を散策しながら話す時間を設けてくれた。

 親友がやってきたのだから、それくらいの時間を取るのは当たり前のことだ。ニールは先ほどの重鎮たちに胸中で『ざまあみろ』と毒づいた。

 ニールは咲いている花をぶちぶちとむしりながら、国王の隣を歩く。なんだか非常に気分が良かった。

「レオ、たくましくなったね」

「鍛えているんだ。なにかあった時、家臣に守られているだけじゃ格好がつかないから」

 一応騎士としての称号を持つニールと比べても、レオポルドのほうが胸板も厚く筋肉もしっかりついている。少し前までは、そんなことなかったはずなのに。

 一方ニールはというと、引きこもっていたこともあり、色も白くやせ細り、見るからに病人という印象だ。

「ところでニール、具合は良くなったのか?」

 親友の変貌ぶりに少し面食らっていたニールは、レオポルドに訊ねられてドキッとした。

「まあまあかな。悪くはないよ」

 昔は泣き虫だったレオポルドの成長ぶりに、心がざわついてしまう。

 彼に今現在ニールが勝てるところといえば、無駄に高い身長くらいしかない。以前なら、レオポルドよりも優位に立てる部分がたくさんあったのにいったいどうしたことか。

「心配していた。シュードルフ邸での事件現場を目撃してしまったという話を聞いていたから」

「知っていたんだ!?」

「国王に知らないことがあってはならないだろう」

 おそらく、父であるフレイソン大公爵が伝えたのだろう。

 それならば、ココのこともレオポルドはすでに知っているかもしれない。もしかすると、シュードルフの秘宝のことも。

「それならば、あの恐ろしい骨董遺物のことは?」

「聞いた。だから、こうして鍛えている」

 ニールは愕然とした。

 てっきり、自身に起きるかもしれない厄災にレオポルドは狼狽えていると思っていた。それなのに、彼は微塵もそのようなそぶりを見せなかった。

「自分を鍛えたって、避けられないことだってあるよね?」

 むきになってついそんなことを口走ると、レオポルドはふっと笑った。

「だからといってなにもしないわけはいかない。わたしはこの国の王だから」

「でも、城が崩落したら……」

 それは暗に、先王の崩御の時の痛ましい事故のことを指す。

 ニールは引きこもっていた自分とレオポルドとの違いに愕然としすぎてしまい、言ってはいけないことをつい口にしてしまった。

 レオポルドはそれをとがめることもなく、ぐっと唇を引き結んだあと、ニールに向き合う。

「それでニール、話の要点はなんだ?」

「え? 君と話がしたくって」

「わたしには無駄な時間はないんだが」

 あきれたようにため息を吐き、レオポルドは前を先に進んでいってしまう。

「なんだよ、急に大人ぶりやがって……」

 ニールは小声で毒づいたあとレオポルドに追いつくと、思わず彼の手を握って引っ張っていた。

『――公爵家の次男が、あきれたものだ――』

 とたん、レオポルドの声が頭の中に聞こえてきて、ニールは驚いて手を離した。

「えっ!?」

「どうした、ニール?」

「いや……いま、変な声が聞こえた気がして」

「そらみみだろう」

 そうかもしれないとニールは首を縦に振る。

 しかし今さっき聞こえたレオポルドの声が気になってしまい、ゴミを取るふりをして彼の肩に触れた。

『――こんな能無しが息子とは、フレイソン大公爵も苦労が絶えないな――』

 今度は先ほどよりもよりはっきりと、レオポルドの声が聞こえた。

 ニールは彼の正面にいたため、レオポルドの口が動いていないのをわかっている。

(これは、もしかしてレオの心の声――!?)

 心の声を聞くなんて良くないとはわかっているのに、無視できなくてさらにレオポルドの髪の毛に触れる。
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