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7、人徳者には金のカフスボタンを
第43話
しおりを挟む 気が付くとニールは胸にしまっていたことを口にしていた。
「――ココ、おねがいだからイヤリングを装着してほしいんだよ」
思っていたことがどんどん唇から流れ出てきてしまう。
それはまるで、壊れた蛇口から水が流れて止まらないのと一緒だった。
でも、隠していた気持ちを吐露するたびに、頭の中が不思議とふわふわと心地よくなっていくのだ。
その快感を味わいたくて、またもやニールは胸中の思いを口にしていた。
「このままじゃ僕は、八方ふさがりなんだ」
ココは優しく微笑みながら話を聞いてくれている。一方ノアは、少し離れたソファに座りながら、優雅にお茶を飲んでいた。
ノアは一見怒っているようだが、おそらく気のせいだろうとニールは結論付ける。なにか怒られるようなことをした覚えは、自分の人生で一度もない。自分はいつだって正しく生きてきたから。
「婚約者は腐ってきているし、父には叱られてばかり。厄介ごとを持ち込んだと家臣たちからは迷惑がられている」
ニールはココの燃えるような瞳を見つめた。
「こうなったのは、君のせいだよココ」
「いいえ、ニール自身が引きこんだことよ」
「違う! ココがイヤリングを外したからだ……!」
突然ノアが立ち上がってレイピアに手をかけるのが見えたが、ニールはそれをぼうっとしたまま眺めていた。不思議と身体を動かすことができなかった。
「ねぇココ、こいつの舌切り取ってもいい?」
ノアの美声は怒気を含んでいる。ココは怒っている様子のノアを見上げながら首を横に振った。
「落ち着いて、ノア。ニールの本音を聞いてるところなんだから」
「そんな戯言聞きたくない……ああもう、わかったよ。でも、全部終わったら切ってもいい?」
「全部終わったらね」
ココは短気なノアにあきれているようだ。
彼に席に戻るように指示を出し、またもやにこやかな笑顔をニールに向けてくれる。すると頭の中がぼわんとしてきた。
「ココがシュードルフ聖公爵としてイヤリングを装着してくれれば、すべて元通りなんだよ」
「再装着は不可能よ。どうするの?」
「それならランフォート伯爵にどうにかできないか頼むよ。いくらなら伯爵は動いてくれるかな?」
ニールの言葉を聞いたノアは、なんとも言えない表情をしている。
「でもきっと彼はお金に困っていないだろうから、金貨よりも美女のほうが喜ぶかもしれないね。協力してもらって、ココにイヤリングを付けてもらえばいいんだ」
ないない、とノアが手を振っているのが視界に映った。でもニールは、自分の気持ちを話すのにいっぱいで、彼らの身振りも手ぶりも頭に入ってこない。
「ちなみにニール。装着させられた人間を、いたわる気持ちはないの?」
「そんなの自業自得だ。家の決まりだか知らないけど、僕には関係ない。それに、グズグズしていたら、こっちが反逆罪で牢に入れられてしまうじゃないか」
「そうかもしれないわね」
「お家取り潰しにもなりかねない状況なんだ。公爵家全員が死ぬよりも、ココ一人の犠牲で済むのならそっちのほうが安い。そうすれば、すべての被害が収まる」
それに、とニールはさらに口を開く。
「ココが全部悪いんだ。ココが僕の生活をすべて壊した。責任を取って、イヤリングを再装着すべきだ。元に戻すしか解決方法はないんだから」
「あのイヤリングをつけるのは嫌よ」
「我儘を言わないでくれ。それは君たち一族の業だよ。関係のない話なのに、これ以上巻き込まないでくれ!」
ニールは聞き分けのないココにイライラしてきた。
「ひどい言いかたね。遺棄したとはいえ、婚約もしていたのに」
「あんなに醜くなるとは思っていなかったんだ。とてもじゃないけれど、受け入れられるわけないだろう」
「……そうね。たしかにあんまりな見た目だったものね」
ココは冷静な表情でニールを見つめてくる。ニールはココに微笑まれている気がして、ニコッと微笑み返した。
「ココがイヤリングを外さなければよかった。そうすれば、ステイシーと結婚して、今頃は幸せになっていたはずなのに」
ノアがレイピアを引き抜こうとしたのを、ココは視線だけで牽制した。
「ノアはお義姉様のことが好きだったのね」
「まさか! 隣を歩かせるにはちょうどいい見た目だったから。傲慢でわがままだけど、その辺の貴族令嬢より美人だもの。本当はココのほうが箔がついたんだけど、醜い化け物を連れ歩くわけにはいかないから」
女性は着飾るための装飾品と一緒ね、とココは口の端を持ち上げて笑った。
「――ココ、おねがいだからイヤリングを装着してほしいんだよ」
思っていたことがどんどん唇から流れ出てきてしまう。
それはまるで、壊れた蛇口から水が流れて止まらないのと一緒だった。
でも、隠していた気持ちを吐露するたびに、頭の中が不思議とふわふわと心地よくなっていくのだ。
その快感を味わいたくて、またもやニールは胸中の思いを口にしていた。
「このままじゃ僕は、八方ふさがりなんだ」
ココは優しく微笑みながら話を聞いてくれている。一方ノアは、少し離れたソファに座りながら、優雅にお茶を飲んでいた。
ノアは一見怒っているようだが、おそらく気のせいだろうとニールは結論付ける。なにか怒られるようなことをした覚えは、自分の人生で一度もない。自分はいつだって正しく生きてきたから。
「婚約者は腐ってきているし、父には叱られてばかり。厄介ごとを持ち込んだと家臣たちからは迷惑がられている」
ニールはココの燃えるような瞳を見つめた。
「こうなったのは、君のせいだよココ」
「いいえ、ニール自身が引きこんだことよ」
「違う! ココがイヤリングを外したからだ……!」
突然ノアが立ち上がってレイピアに手をかけるのが見えたが、ニールはそれをぼうっとしたまま眺めていた。不思議と身体を動かすことができなかった。
「ねぇココ、こいつの舌切り取ってもいい?」
ノアの美声は怒気を含んでいる。ココは怒っている様子のノアを見上げながら首を横に振った。
「落ち着いて、ノア。ニールの本音を聞いてるところなんだから」
「そんな戯言聞きたくない……ああもう、わかったよ。でも、全部終わったら切ってもいい?」
「全部終わったらね」
ココは短気なノアにあきれているようだ。
彼に席に戻るように指示を出し、またもやにこやかな笑顔をニールに向けてくれる。すると頭の中がぼわんとしてきた。
「ココがシュードルフ聖公爵としてイヤリングを装着してくれれば、すべて元通りなんだよ」
「再装着は不可能よ。どうするの?」
「それならランフォート伯爵にどうにかできないか頼むよ。いくらなら伯爵は動いてくれるかな?」
ニールの言葉を聞いたノアは、なんとも言えない表情をしている。
「でもきっと彼はお金に困っていないだろうから、金貨よりも美女のほうが喜ぶかもしれないね。協力してもらって、ココにイヤリングを付けてもらえばいいんだ」
ないない、とノアが手を振っているのが視界に映った。でもニールは、自分の気持ちを話すのにいっぱいで、彼らの身振りも手ぶりも頭に入ってこない。
「ちなみにニール。装着させられた人間を、いたわる気持ちはないの?」
「そんなの自業自得だ。家の決まりだか知らないけど、僕には関係ない。それに、グズグズしていたら、こっちが反逆罪で牢に入れられてしまうじゃないか」
「そうかもしれないわね」
「お家取り潰しにもなりかねない状況なんだ。公爵家全員が死ぬよりも、ココ一人の犠牲で済むのならそっちのほうが安い。そうすれば、すべての被害が収まる」
それに、とニールはさらに口を開く。
「ココが全部悪いんだ。ココが僕の生活をすべて壊した。責任を取って、イヤリングを再装着すべきだ。元に戻すしか解決方法はないんだから」
「あのイヤリングをつけるのは嫌よ」
「我儘を言わないでくれ。それは君たち一族の業だよ。関係のない話なのに、これ以上巻き込まないでくれ!」
ニールは聞き分けのないココにイライラしてきた。
「ひどい言いかたね。遺棄したとはいえ、婚約もしていたのに」
「あんなに醜くなるとは思っていなかったんだ。とてもじゃないけれど、受け入れられるわけないだろう」
「……そうね。たしかにあんまりな見た目だったものね」
ココは冷静な表情でニールを見つめてくる。ニールはココに微笑まれている気がして、ニコッと微笑み返した。
「ココがイヤリングを外さなければよかった。そうすれば、ステイシーと結婚して、今頃は幸せになっていたはずなのに」
ノアがレイピアを引き抜こうとしたのを、ココは視線だけで牽制した。
「ノアはお義姉様のことが好きだったのね」
「まさか! 隣を歩かせるにはちょうどいい見た目だったから。傲慢でわがままだけど、その辺の貴族令嬢より美人だもの。本当はココのほうが箔がついたんだけど、醜い化け物を連れ歩くわけにはいかないから」
女性は着飾るための装飾品と一緒ね、とココは口の端を持ち上げて笑った。
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