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7、人徳者には金のカフスボタンを
第42話
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ココ・シュードルフに会いたいという旨をランフォート城に届けてから数日。
ココ本人からの返事があり、「もちろん」とのことだ。ニールは飛び上がるような勢いで喜んだ。
届いた手紙を最後まで読まず、ランフォート城に行くための準備を始めたニールは、従者に止められた。
「ぼっちゃま。ランフォート城は下手に入ろうとすると、死体さえ残らないと言われる恐ろしい場所です。大丈夫ですか?」
「そんなのは子ども騙しの話でしょう。だって、ランフォート城は王族の秘宝を管理している城で……」
「子ども騙しでもなんでもありませんよ。華やかな場所であると同時に、泥棒が入らないように厳重に管理されていますから」
ランフォート伯爵が危ないものを取り扱っているのを、ステイシーの件で身をもってニールは理解している。
それを思い出すと、身震いが止まらなくなりそうだった。
「人目につかないところで会いたいと伝えてあるし、ランフォート城ならば話すのにちょうどいいと思ったのに」
ノアもココも、今や社交界で話題の人物となっている。
どこかの屋敷に顔を出そうものなら、たちまち野次馬に取り囲まれてしまうため、ゆっくり話などできないのが目に見えている。
返事を読み進めていくと、会う場所として見知らぬ店を指定された。
「……骨董品店?」
ニールが首をかしげると、従者が口をはさんできた。
「ランフォート伯爵様は、国内にいくつものお店を構えていらっしゃるとうかがっていますよ。その一つではないでしょうか」
「へえ、そうだったんだ」
ランフォート伯爵の管轄地であれば、人に聞かれたくない話をするには最適なように思えた。
「これでやっとわたしの悪夢が終わるんだね」
ニールの気持ちが奮い立つ。このひどい現実から解放されることを、強く強く願った。
それからしばらくして、ココと会う約束の日がやってきた。
ニールは前日、うまく寝付くことができずにうなされていた。目をつぶるとシュードルフ邸での光景が頭の中によみがえってくるのだ。
それらを頭の中から追い出すようにし、早朝から念入りに身支度を整え、指定された骨董品店に向かう。
入り口から中を覗き、人影がないのでオーク素材でできた扉を押し開けた。
「すみません、どなたかいますか?」
きょろきょろと辺りを見回していると、店の奥から美声が聞こえてきた。
「お待ちしておりました、ニール殿」
「ランフォート伯爵、お久しぶりです」
薄暗い店内の奥からでてきたノアは、今日も美しいいでたちをしている。
「ステイシー嬢のお加減はいかがですか? 忙しくて、わたしも伺えておらず……」
訊ねられたとたん、ニールの頭の中でシュードルフ邸でのあの光景がフラッシュバックしてくる。吐き気が込み上げてきて胸を抑えた。
「ニール殿、大丈夫ですか?」
心配そうな表情で覗き込まれると、吐き気が徐々に収まってきた。
「すみません。今は考えたくないことが多くて」
「おつらいでしょう。どうぞ、奥でゆっくりなさってください」
骨董店の奥に案内されると、そこは広い談話スペースになっている。どうやら、商談部屋のようだ。
壁には重厚な宗教絵画《イコン》やハンティング・トロフィーが並べられている。珍しい柄の壁掛け織物《タペストリー》を見ていると、さらに奥の部屋に通された。
そこには、目を見張るような祭壇画《アルターピース》が壁の三面を覆うように掛けられていた。
ファインデンノルブ王国の創立神話で一番重要な、天使様が悪魔を打ち倒す場面が、正面に見上げるほどの大きさで描かれている。
左には王に国を任せる場面、右は天使様が眠りにつく場面の絵だ。
黄金に輝く天使様の姿を視界に入れた瞬間、ニールの頭の中が光で包まれて満ち溢れていくような感覚で満たされる。
祭壇画の天使がぶれて見えたかと思うと、描かれている天使様よりも美しい人物が目の前に現れた。
「あ……ココ!」
「ニール、久しぶりね。来てくれるとは思わなかった」
突然現れたココに見とれていたところで、彼女がニールの手を優しく包み込んできた。
ココのドレスの袖口には、目を奪われるような美しいカフスボタンがついている。
天使の羽根をモチーフにしたそれは、まるで本物の天使様の羽根のようだ。見ていると、だんだん力が抜けて心地好い気分になってきた。
「……それじゃあニール、お話をしましょうか」
ニールには、ココの笑顔が後ろに描かれている天使様と重なって見えた。
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