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7、人徳者には金のカフスボタンを
第41話
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「バカだったんだ、わたしは」
彼女がメルゾと同じく醜い姿になった時に、それまでのココの見た目とのギャップに耐えられずニールは婚約を委棄した。
彼女の変わったところなど、見た目だけだったというのに。
今、ニールの脳裏によみがえるのはステイシーとの婚約パーティーの会場に現れた、天使のような美貌の少女の姿だ。
豪勢な刺繍のほどこされたドレスに、美しいストロベリーブロンドの長い髪。炎のような赤みの強い瞳に、透き通るような白い肌。
記憶の中の幼いココとパーティーの時のココの姿がニールの中で一致し、鮮明になっていく。
成長した姿の彼女が、ニールにほほ笑みかけながら手を伸ばしてくる。
そんな妄想が膨らんだところで、手にしていたコップを落っことしてしまいハッとする。
「……たしか今、ランフォート城にいるんだったっけ」
ココのことを考えているニールの頭の中からは、すでにステイシーやポーラのことは消えかけていた。
苦しいことも、恐ろしいことも思い出したくない。
毎日適度に楽しくて、ちょっとつまらないくらいでちょうどいい。それなのに、そんなささやかな幸せさえも得ることができないのだろうか。
もうなにもかもが嫌だった。
婚約者二人が立て続けに醜くなるなんて、信じられないことだ。
そして現婚約者のステイシーは、イヤリングを装着してからというもの、ヒステリーで侍女たちを傷つけた。今は鏡のおかげでそれもなくなったが、一日中、ずっと手がかかりっぱなしの状態だ。
信じられないことに、彼女は生きているのが不思議だった。
マッソンに骨を折られても平気な顔をし、痩せこけた皮膚の下はぶよぶよの感触になっている。まさしく、腐りかけている死体そのものだ。
そして前婚約者《ココ》はといえば、国民すべてをひれ伏させるような美貌を取り戻し、けなげに王族を守っていたことを暴露してしまった。
なにもかもめちゃくちゃだ。
ステイシーをどうにかしなくてはいけないのに、どうにもできない。ポーラは死に、マッソンは牢獄だ。
……自分はどこで、間違えてしまったのだろうか。
ニールの自問自答は続いている。
「どうにかしろと言われても」
父も、前代未聞の出来事の連続で、猫の手も借りたいくらい忙しくしている。
その鬱憤をニールに向けてくるものだから、さらに憂鬱な気持ちが抜けない。
生きながら腐っていくステイシーをどうにかし、シュードルフの秘宝と呼ばれる骨董遺物の継承者を見つけ、王族になにも起こらないうちに速やかにことを終了させなくてはならない。
そんなこと、できっこない。
「そうだ、ココに再度イヤリングを装着してもらえば……」
すべての出来事の元凶は、ココがイヤリングを外したからだ。変わってしまったのなら、元に戻すしかない。それしか方法はない。
「ココと、ランフォート伯爵に頼んでみるか」
シュードルフではなくなったとはいえ、彼女こそ正当な血統だ。
彼女さえ貴族に戻ってくれれば、すべて元に戻るはずだ。こんな風な現実にした、ココがすべて悪いのだから、責任を取るのは自分ではなくココのほうだ。
「そうだよ、ココが悪いんじゃないか。わたしはなにも悪くないんだ」
ニールはすぐ、ランフォート伯爵に会いたい旨をつづった手紙を送った。
*
ランフォート城では、届いた手紙を家令がノアに届けていた。それを見るなり、ノアはむすっとする。
「ねぇココ。ゴミから手紙が来たから呪いながら焼いてもいい?」
ココは、ノアの手から手紙を取り上げた。
「ニール・フレイソン……ニールからの手紙じゃないの」
「だからゴミだってば」
ノアは手紙を本当に焼いてしまおうと、燭台を呼び寄せている。ココは燭台に戻るように目配せした。
「ゴミはゴミでも、特別なゴミに違いないわ」
「どうせ、ろくなことが書かれていないさ」
ココはペーパーナイフを取り出すと、封を切って中身を取り出す。
「でも、ニールを片付ければ、ノアの復讐に一歩近づくと思うの」
「……ココは一体、どんな計画を立てているんだい?」
得意げにふふふっと笑ってから、ココはニールからの手紙を読んだ。
「頼りない人だと思っていたけど……頼りなさが倍増中ね。私に会いたいみたい」
「まさか、会うつもり?」
「もちろんよ」
「嫌な予感しかしない。あいつ、イヤリングを装着してくれってココに頼んできそう」
「きっとそうよ」
心配そうな顔をしているノアに近寄り、ココは隣に腰を下ろした。
「実は私、ニールに渡さなくちゃいけないものがあるの」
ココは小さなカフスボタンを取り出す。天使の羽根がモチーフになっているチェーン式カフスだ。
「これをあげようと思って。さようならの代わりにね」
それが、小さくとも強力な骨董遺物であることをノアは一目で見抜く。ノアの瞳には、カフスから異様な気が立ち上って揺らいでいるように見えていた。
「さしずめ、『人徳者のカフス』なんて名付けようかしら。どうかな、私の名づけのセンス」
「ココのすべてが素晴らしいよ」
カフスボタンに天使のような慈愛に満ちた微笑みを向けているココを、ノアはうっとりしながら見守った。
彼女がメルゾと同じく醜い姿になった時に、それまでのココの見た目とのギャップに耐えられずニールは婚約を委棄した。
彼女の変わったところなど、見た目だけだったというのに。
今、ニールの脳裏によみがえるのはステイシーとの婚約パーティーの会場に現れた、天使のような美貌の少女の姿だ。
豪勢な刺繍のほどこされたドレスに、美しいストロベリーブロンドの長い髪。炎のような赤みの強い瞳に、透き通るような白い肌。
記憶の中の幼いココとパーティーの時のココの姿がニールの中で一致し、鮮明になっていく。
成長した姿の彼女が、ニールにほほ笑みかけながら手を伸ばしてくる。
そんな妄想が膨らんだところで、手にしていたコップを落っことしてしまいハッとする。
「……たしか今、ランフォート城にいるんだったっけ」
ココのことを考えているニールの頭の中からは、すでにステイシーやポーラのことは消えかけていた。
苦しいことも、恐ろしいことも思い出したくない。
毎日適度に楽しくて、ちょっとつまらないくらいでちょうどいい。それなのに、そんなささやかな幸せさえも得ることができないのだろうか。
もうなにもかもが嫌だった。
婚約者二人が立て続けに醜くなるなんて、信じられないことだ。
そして現婚約者のステイシーは、イヤリングを装着してからというもの、ヒステリーで侍女たちを傷つけた。今は鏡のおかげでそれもなくなったが、一日中、ずっと手がかかりっぱなしの状態だ。
信じられないことに、彼女は生きているのが不思議だった。
マッソンに骨を折られても平気な顔をし、痩せこけた皮膚の下はぶよぶよの感触になっている。まさしく、腐りかけている死体そのものだ。
そして前婚約者《ココ》はといえば、国民すべてをひれ伏させるような美貌を取り戻し、けなげに王族を守っていたことを暴露してしまった。
なにもかもめちゃくちゃだ。
ステイシーをどうにかしなくてはいけないのに、どうにもできない。ポーラは死に、マッソンは牢獄だ。
……自分はどこで、間違えてしまったのだろうか。
ニールの自問自答は続いている。
「どうにかしろと言われても」
父も、前代未聞の出来事の連続で、猫の手も借りたいくらい忙しくしている。
その鬱憤をニールに向けてくるものだから、さらに憂鬱な気持ちが抜けない。
生きながら腐っていくステイシーをどうにかし、シュードルフの秘宝と呼ばれる骨董遺物の継承者を見つけ、王族になにも起こらないうちに速やかにことを終了させなくてはならない。
そんなこと、できっこない。
「そうだ、ココに再度イヤリングを装着してもらえば……」
すべての出来事の元凶は、ココがイヤリングを外したからだ。変わってしまったのなら、元に戻すしかない。それしか方法はない。
「ココと、ランフォート伯爵に頼んでみるか」
シュードルフではなくなったとはいえ、彼女こそ正当な血統だ。
彼女さえ貴族に戻ってくれれば、すべて元に戻るはずだ。こんな風な現実にした、ココがすべて悪いのだから、責任を取るのは自分ではなくココのほうだ。
「そうだよ、ココが悪いんじゃないか。わたしはなにも悪くないんだ」
ニールはすぐ、ランフォート伯爵に会いたい旨をつづった手紙を送った。
*
ランフォート城では、届いた手紙を家令がノアに届けていた。それを見るなり、ノアはむすっとする。
「ねぇココ。ゴミから手紙が来たから呪いながら焼いてもいい?」
ココは、ノアの手から手紙を取り上げた。
「ニール・フレイソン……ニールからの手紙じゃないの」
「だからゴミだってば」
ノアは手紙を本当に焼いてしまおうと、燭台を呼び寄せている。ココは燭台に戻るように目配せした。
「ゴミはゴミでも、特別なゴミに違いないわ」
「どうせ、ろくなことが書かれていないさ」
ココはペーパーナイフを取り出すと、封を切って中身を取り出す。
「でも、ニールを片付ければ、ノアの復讐に一歩近づくと思うの」
「……ココは一体、どんな計画を立てているんだい?」
得意げにふふふっと笑ってから、ココはニールからの手紙を読んだ。
「頼りない人だと思っていたけど……頼りなさが倍増中ね。私に会いたいみたい」
「まさか、会うつもり?」
「もちろんよ」
「嫌な予感しかしない。あいつ、イヤリングを装着してくれってココに頼んできそう」
「きっとそうよ」
心配そうな顔をしているノアに近寄り、ココは隣に腰を下ろした。
「実は私、ニールに渡さなくちゃいけないものがあるの」
ココは小さなカフスボタンを取り出す。天使の羽根がモチーフになっているチェーン式カフスだ。
「これをあげようと思って。さようならの代わりにね」
それが、小さくとも強力な骨董遺物であることをノアは一目で見抜く。ノアの瞳には、カフスから異様な気が立ち上って揺らいでいるように見えていた。
「さしずめ、『人徳者のカフス』なんて名付けようかしら。どうかな、私の名づけのセンス」
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