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7、人徳者には金のカフスボタンを
第40話
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公爵家の次男として生まれたニールは、最近ひどい悪夢にうなされて困っていた。
それもこれも、シュードルフ男爵家で恐ろしい現場を目撃してしまったからだ。
「うっ……」
思い出すだけで吐き気がするため、ニールはしばらく食事がとれていない。
ついでに言えば、青い瞳の女性を見ることもできなくなっている。つまり、ステイシーのことも直視できなかった。
さすがに二週間を過ぎると落ち着いてきたが、胸のもやもやもむかむかも、一向に取れない。医者に診てもらっているが、大した効果はないように思えた。
「こんなことになるなんて……」
シュードルフ邸は立ち入り禁止になり、事後処理が速やかに行われている。マッソンは秘密裏に牢に送られた。子どもたちがどうなったのか、ニールは知りたくもなかった。
マッソンは取り調べを受けているが、記憶が混濁している様子に加え、魂が抜かれたようになってしまっている。
ポーラも無残な姿で亡くなったとあって、ニールは考えただけでめまいを覚える日々だ。
いっそ全部なかったことにしてしまいたいものだが、シュードルフのお家を取り潰すわけにはいかないということが言われている。
シュードルフ一族は正式には『聖公爵』という特別な立場で、フレイソン公爵家でも下手に手出しができない。
数百年も昔、骨董遺物の暴走によって当時の国王に罪を問われて地位が薄れたが、それでも特別な一族であることは今も変わっていないのだ。
普通なら断罪されてもいいほどの反逆罪だったのに、それでもなお一族の血縁は脈々と続いている、
それはおそらく、王族とシュードルフ一族との間になにかがあるに違いなかった。
王族が絡んでしまうかもしれないという事情もあって、マッソンの案件は、ニールの父であるフレイソン大公爵を悩ませている。
現状としてはポーラが亡くなり、マッソンが投獄され、ステイシーは廃人と化している。端的に言えば、酷いとしか言いようがない。
毎日欠かさずテイシーの元を訪れていたニールは、今は彼女と一緒の空気を吸うことさえ気持ち悪く感じてしまっていた。
マッソンの周りにいた、ステイシーに似た少女たちを思い出す。
邪悪なほど無邪気な笑みと、欲望に忠実な姿。強烈な光景は、ニールの瞼に焼き付いてはなれない。
こんなことになったのは、ココ・シュードルフが表に出て来てから起こったことだ。
彼女が婚約パーティーで本来の姿をさらしてから、半年も経たないうちに社交界すべての均衡が壊れてしまった。
すっきりしない頭を掻きむしりながら、ニールは憂鬱な朝を呪いたい気持ちに押しつぶされそうになる。
「どうしたら……いったいどうしたらいいんだ」
父であるフレイソン大公爵には、そろそろ引きこもるのをやめて、外に出てくるように言われている。
元をたどればステイシーやココと結婚したいと申し出たのはニール自身だ。だから本当は、自分でどうにかしなくてはいけない問題なのだ。
わかっているが、考えれば考えるほど、どうしていいかわからなくなってしまう。しかし王族の身になにかがあれば、お家取り潰しになりかねない。
「そもそも、なんでシュードルフの娘と結婚したかったんだっけ……?」
のそのそと起き上がりながら、ニールは水差しの水を飲みつつ記憶をたどる。
ステイシーの笑顔はもう思い出せない。思い出したくもない。記憶の中でさえ、青い瞳の女性と目を合わせるのは恐怖に代わっている。
ステイシーと婚約する以前、ニールはココと婚約していた。
「そうだ!」
大昔、まだ子どもだった頃にお茶会で出会った美少女のことを思い出す。
彼女を一目見た瞬間、ニールは雷に打たれたように恋に落ちた。
衝撃的な美貌をもっていたその少女のことを、今やっと鮮明に思い出す。
たくさんの貴族令嬢が着飾って集まっている中、シンプルなアフタヌーンドレスを着ていた少女はこの世のものとは思えない美しさだったのだ。
それは、天使様からの寵愛を一身に受けたと言っても過言ではない。実際、ニールのほかに集まっていた貴族の子息たちも、彼女に見とれて魂が抜けたようになっていた。
「ココ……ココ・シュードルフ!」
ニールはココの美貌にほれ込み、婚約を申し出た。
彼女の優しく微笑む姿も、怪我をすると手当てしてくれた思い出も、父に怒られて泣いているのを慰めてくれた温かいまなざしも……どうして今まで忘れてしまっていたのだろうか。
それもこれも、シュードルフ男爵家で恐ろしい現場を目撃してしまったからだ。
「うっ……」
思い出すだけで吐き気がするため、ニールはしばらく食事がとれていない。
ついでに言えば、青い瞳の女性を見ることもできなくなっている。つまり、ステイシーのことも直視できなかった。
さすがに二週間を過ぎると落ち着いてきたが、胸のもやもやもむかむかも、一向に取れない。医者に診てもらっているが、大した効果はないように思えた。
「こんなことになるなんて……」
シュードルフ邸は立ち入り禁止になり、事後処理が速やかに行われている。マッソンは秘密裏に牢に送られた。子どもたちがどうなったのか、ニールは知りたくもなかった。
マッソンは取り調べを受けているが、記憶が混濁している様子に加え、魂が抜かれたようになってしまっている。
ポーラも無残な姿で亡くなったとあって、ニールは考えただけでめまいを覚える日々だ。
いっそ全部なかったことにしてしまいたいものだが、シュードルフのお家を取り潰すわけにはいかないということが言われている。
シュードルフ一族は正式には『聖公爵』という特別な立場で、フレイソン公爵家でも下手に手出しができない。
数百年も昔、骨董遺物の暴走によって当時の国王に罪を問われて地位が薄れたが、それでも特別な一族であることは今も変わっていないのだ。
普通なら断罪されてもいいほどの反逆罪だったのに、それでもなお一族の血縁は脈々と続いている、
それはおそらく、王族とシュードルフ一族との間になにかがあるに違いなかった。
王族が絡んでしまうかもしれないという事情もあって、マッソンの案件は、ニールの父であるフレイソン大公爵を悩ませている。
現状としてはポーラが亡くなり、マッソンが投獄され、ステイシーは廃人と化している。端的に言えば、酷いとしか言いようがない。
毎日欠かさずテイシーの元を訪れていたニールは、今は彼女と一緒の空気を吸うことさえ気持ち悪く感じてしまっていた。
マッソンの周りにいた、ステイシーに似た少女たちを思い出す。
邪悪なほど無邪気な笑みと、欲望に忠実な姿。強烈な光景は、ニールの瞼に焼き付いてはなれない。
こんなことになったのは、ココ・シュードルフが表に出て来てから起こったことだ。
彼女が婚約パーティーで本来の姿をさらしてから、半年も経たないうちに社交界すべての均衡が壊れてしまった。
すっきりしない頭を掻きむしりながら、ニールは憂鬱な朝を呪いたい気持ちに押しつぶされそうになる。
「どうしたら……いったいどうしたらいいんだ」
父であるフレイソン大公爵には、そろそろ引きこもるのをやめて、外に出てくるように言われている。
元をたどればステイシーやココと結婚したいと申し出たのはニール自身だ。だから本当は、自分でどうにかしなくてはいけない問題なのだ。
わかっているが、考えれば考えるほど、どうしていいかわからなくなってしまう。しかし王族の身になにかがあれば、お家取り潰しになりかねない。
「そもそも、なんでシュードルフの娘と結婚したかったんだっけ……?」
のそのそと起き上がりながら、ニールは水差しの水を飲みつつ記憶をたどる。
ステイシーの笑顔はもう思い出せない。思い出したくもない。記憶の中でさえ、青い瞳の女性と目を合わせるのは恐怖に代わっている。
ステイシーと婚約する以前、ニールはココと婚約していた。
「そうだ!」
大昔、まだ子どもだった頃にお茶会で出会った美少女のことを思い出す。
彼女を一目見た瞬間、ニールは雷に打たれたように恋に落ちた。
衝撃的な美貌をもっていたその少女のことを、今やっと鮮明に思い出す。
たくさんの貴族令嬢が着飾って集まっている中、シンプルなアフタヌーンドレスを着ていた少女はこの世のものとは思えない美しさだったのだ。
それは、天使様からの寵愛を一身に受けたと言っても過言ではない。実際、ニールのほかに集まっていた貴族の子息たちも、彼女に見とれて魂が抜けたようになっていた。
「ココ……ココ・シュードルフ!」
ニールはココの美貌にほれ込み、婚約を申し出た。
彼女の優しく微笑む姿も、怪我をすると手当てしてくれた思い出も、父に怒られて泣いているのを慰めてくれた温かいまなざしも……どうして今まで忘れてしまっていたのだろうか。
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