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6、叫びの婦人
第39話
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婦人の絵は、ティズボン家に戻されることになった。
額装した絵画を木箱に入れながら、談話室でココはノアに話しかける。
「婦人がノアによろしくって言っていたわよ。お騒がせしちゃったわねって」
「それはどうも」
もう少し早い段階で叫ばなくなってくれたらよかったんだけどね、とノアは苦笑いをした。
「それで、ココはティズボン婦人をどうやって説得したんだい?」
木箱に丁重に蓋をし、ココはふふんと笑った。
「ノアの過去の話をしたのよ」
「げぇ……」
「当時の国王の行いとか、騎士団長のこととか……もちろんティズボン家出身の現宰相のことも、もれなくすべてお話ししたわ」
ノアは複雑な表情だが、ココは今しがた密封した婦人の絵画をノアに渡す。
「じゃあこれは、しかるべきところに飾るようにしてね。手配は済んでいるから」
「しかるべきところ?」
「ティズボン家の応接間よ」
ココがパチンと指を鳴らすと、羊皮紙とペンを抱えた家令がやってくる。インク壺は自らぽてぽて歩いてきた。
「ランフォート伯爵の鑑定証明書をつけて、かの一族の元に返すの」
「なにか考えがあるんだね?」
「婦人の絵も元の家に帰りたがっているわ。だから、たっぷり力をあげたの」
入城した日ココに襲い掛かってきた甲冑を絞り上げ、溜まっていた『信仰心』をココは婦人に与えた。
そのおかげもあって、甲冑は燃えることもなく静かに門番として入り口横に立たされている。これで二度とココを襲うことはないだろう。
「……それは、結果的に良かったってことでいいのかな?」
「良かったってなるように、物事の流れを変えていくのが私たちの役目よ」
わかったと頷き、ノアは鑑定書の作成を承諾する。羊皮紙に絵画についての言葉を添え、文末にサインを書いて判子を押した。
「せっかく仲良くなれたのに、寂しいわ」
本音を伝えると、ノアは肩をすくめた。
「ココは骨董遺物が好きだし、彼らから愛されているからね。でも、それなら手元に残しておけばいいのに」
「婦人の意志よ。戻って一族にお仕置きをするっていう、本人の希望をかなえてあげたいの」
「ココが頼んだわけじゃなく?」
違うわ、とココは首を横に振った。それからノアの耳元に唇をよせ、小さな声で囁く。
「でも、そうなるようにちょっとだけ仕向けたけれどね」
横からノアを覗き込むと、彼はいたずらっぽそうに片眉を上げた。
「わたしの復讐の布石ってことでいいのかな?」
「そうよ。ティズボン宰相には、ノアの件について落とし前をつけていただかなくちゃいけないから」
これからが楽しみね、とココは微笑む。
「権力者たちが転落していく姿が拝めるなんて、私は幸せだわ」
「わたしもだよ、ココ。君と一緒に世界が変わるのを見られる喜びを、毎日のようにかみしめている」
ノアは紙を折りたたみ、丁寧に蠟で封をしてからココの手を握って口づけした。
そうして夫人は、ティズボン一族の元へ戻っていくことになった。
ココは婦人が居なくなって静かになった部屋で、彼女が飾ってあった壁を見つめる。
「……婦人、ありがとう。心から愛しているわ」
人はいつ裏切るかわからないけれど、骨董品たちは絶対に自分を裏切らない。
だからココの中で、絵画婦人はいつの間にか叔母のような存在になっていた。
彼女が人間ではないからこそ、絶対的な信頼を持つことができる、本来飾られるべき場所に送り返すのにためらいはなかった。
「私たちの復讐のために、ティズボン家の屋敷に戻ってくれるなんて」
ココは彼女の飾られていた壁に手を当てて、そして微笑んだ。
それから数日たって、ティズボン家の歴代のご先祖様たちの肖像画が並べられていた応接間に、一枚の絵が飾られることになった。
描かれているのは、ふくよかで朗らかな表情をした十六代目ティズボン伯爵夫人。
ガタガタ音が鳴るといって家人たちを困らせてから、数十年の時を経て戻ってきたものだ。
絵画の婦人が事件を起こすのは、それからもう少し後のことになる――。
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