骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

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6、叫びの婦人

第35話

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 ――時は少しさかのぼる。


 ココがランフォート城にやってきてすぐのことだ。
 壁をすり抜ける家令《スチュワード》に案内され、ココは驚くほど豪華な部屋に通された。

「……なるほど。これが私の部屋ね?」

 ココの髪色にも似た壁紙が全面に貼られており、よく磨かれた床の木材は間違いなく最高級品だ。

 つるされたシャンデリアも、壁にかけてあるランプもため息が出るほどの美しさ。
 おまけに厚手のカーテンで囲われた天蓋付きのベッドの大きさは、ココが五人並んだとしても、余るほどだ。

「広すぎるけれど、いい間取りね」

 見回していると、家令はこの部屋がココのものだというジェスチャーをする。彼はそもそも口がないのでしゃべれないのだ。

 身振り手振りで部屋の中を一通り案内してくれたあと、必要ならば呼んでくれと小さな呼び鈴を指さし、彼はすっと壁の中に消えていった。

 ひとまず夕食まではゆっくりしていいと言われていたので、ココはふかふかのベッドに腰を下ろし、そのまま上半身を投げ出した。

「ふふ、いい場所ね」

 今まで過ごしていたシュードルフ邸の小部屋と、この部屋のクローゼットが同じくらいの大きさだ。

 文字通り、一瞬でココの生活は一変した。

 窓を開けると広々としたテラスがあり、目の前には澄んだ青い湖と針葉樹の森が広がっている。

 夕日が沈んでいくのが遠くに見え、西側の湖がオレンジ色の光を反射している。

 絵本の中のような幻想的な風景を堪能していると、夕食の準備が整ったことを知らせるために、呼び鈴が勝手に動き出して鳴る。

 恐ろしく豪華な食事は食べきれないほどで、ゆっくり咀嚼しているとあっという間に夜になっていた。

 この錆びたような身体では、すでに疲労が限界に達している。醜い見た目に比例するように、体力も年々そぎ落とされているようだ。

 城内の探検は明日にしようと決め、ココはひとまず睡眠をとることにした。

 布団はまるで雲に包まれているほどの柔らかさで、入るとすぐに眠気に襲われて一瞬で夢の中に入った。

 ――しかし、泥のように眠っていたココを起こしたのは、女性の叫び声だった。

 耳をつんざくような叫び声が、どこからか聞こえてくる。

 周りが湖で静かなのも相まって、女性の叫び声は響いて聞こえていた。

「誰かが侵入してきた……?」

 しかし、普通の人間ならばまずランフォート城に入ることすらできない。おそらく、門番の甲冑に焼き殺されて終わりだ。

 なんにしても、緊急事態が発生しているのだけはわかる。

 寝間着の上からガウンを着こむと、ランプを持って部屋から外に出た。

 再度、女性の叫び声が聞こえてくる。

 城の天井が高いこともあって、いくつもこだまして聞こえてきて場所が特定できない。

 壁に飾ってある甲冑に訊ねると、律儀な様子で声の出どころまで案内してくれた。

「ノア?」

 甲冑とともに向かった先には、すでに先客がいた。声をかけると、美しい青年は作業していた手を止めて振り返った。

「ごめんココ、起こしちゃったよね」

「すごい悲鳴ね。どうしたの?」

 きょろきょろしていると、ノアは重たく息を吐いた。

「ここは城の西側の階段。騒いでいるのはこちらのご婦人だよ」

 ノアの後ろに飾られていたのは、金縁の額にはめられた絵画だ。

 白髪を結い上げたいかにも裕福そうで上品な婦人が、頬を真っ赤にして泣いている姿が描かれている。

 と思ったら、その絵が急にハンカチで目元をぬぐい始めた。

「まさか、その絵が悲鳴の正体?」

「彼女はたまに発作を起こすんだ」

 叫ぶのはやめてくれと、画面の中の女性に向かってノアは困った顔を向ける。しかし、婦人は鳴き止む様子がない。

「ココが起きてくる前に対処しておきたかったけど、間に合わなかったね」

 うんざりしたように話すノアの手には、絵を覆うための木製のカバーと、それを壁に打ち付けるためにハンマーが握られている。

 隣に立っている家令《スチュワード》は、持っていた釘をノアに渡そうとしていた。

「絵をふさぐの?」

「迷惑だからね。発作が収まるまではしばらくおさらばだ」

 容赦なく絵にカバーをかぶせ始めたノアの姿に気づいた婦人は、ハッとした顔をしたあとに両手を大きく左右に振っている。

『ちょ、ちょ、ちょっと待っていただけませんことー!?』

 ココの耳に、婦人のものと思われる声が届く。

「ノア、待って」

 彼の腕を引っ張って作業を中断させると、画中の婦人がほっとしたような顔をするのが見えた。
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