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5、慈愛のベルトバックル
第34話
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真実はどうであれ、シュードルフ男爵夫人が、治安の悪い通りに連れ去られ、暴漢に襲われて亡くなったという話は、ひそかに貴族たちの間で噂となった。
人々が『シュードルフ』の名前にさらに恐れを抱いたのは当然のことだ。
妻を亡くして気落ちしたのだろう。マッソンは、娘のテイシーを放置しフレイソン公爵家にもぱったりと顔を見せなくなってしまった。
さすがに二ヶ月も顔を出さないでいるマッソンの元に、公爵家の次男であるニールはしびれを切らして様子を伺いにいった。
そこで彼が見たものは、公にはされていない。
なにしろシュードルフ邸には執事も侍女も居なかったからだ。屋敷にたくさん住んでいたのは、服を着ていない年齢もバラバラの美しい少女たちだ。
異様な光景を目撃してしまったニールは、マッソンが違法な人身売買をしているのだとすぐにわかった。
「おやおや、これはこれは、ニール殿!」
勝手に屋敷に入ったニールをとがめることもなく、寝室のベッドの上で彼を迎えたのはマッソンだ。
彼の周りには、まだ幼い面影の残る少女から、大人になりかけている少女まで、何人もがはべっている。
彼は彼女たちとの情事にはげんでいるようで、部屋中がひどい有様だ。酒の瓶があちこちに転がり、金貨も床にたくさん落ちていた。
「男爵、いったいなにをして……!?」
「見ておわかりになりませんか? 慈善事業ですよ。身寄りのないかわいそうな子どもたちを受け入れ、こうして教育し直しております」
「教育って……そんな……」
「出来がいい子は、里子に行った先でとっても喜ばれるんですよ。いらないと言ってるのに、みんな喜んで寄付してくれるんです」
青ざめたニールに向かって、少女たちがわらわらと近寄ってくる。
「――おにいさん、あそぼう」
「――いっしょに寝よう」
「――おにいさん、こっち、こっち」
彼女たちの純粋無垢な瞳が、ニールを絡めとる。
少女は全員金髪碧眼の美少女で……ポーラやステイシーとどことなく似ているような顔に見えた。
「…………っ!?」
踵を返して逃げようとすると、ステイシーにそっくりな子どもたちは、ニールを追いかけてくる。
「――鬼ごっこ?」
「――ちがうよ、かけっこだよ」
「――一番にお兄さんを掴まえた子が、お兄さんとあそべるよ」
よーい、どん。
少女たちの笑い声が、ニールの耳にこびりついた。
そうして、マッソンと少女たちの現場を目撃してから、ニールは心を閉ざしてしまっている。
以来、シュードルフ男爵こと、マッソン・ロダウスも社交界から消えた。
でも、誰もそのことを気に留める者はいなかったし、シュードルフ邸が立ち入り禁止になってしまったことには、一人も疑問を抱かなかった。
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