骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

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5、慈愛のベルトバックル

第31話

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「あの、ど、どうにか……どうにかできませんか?」

 ノアはゆっくり瞬きを繰り返しながら、思考し始める。

「……あの骨董遺物《アンティークジェム》はステイシー嬢を受け入れた……ということは、いまやポーラ夫人の血縁が、正式なシュードルフの直系になるということかもしれません」

 憶測にすぎませんが、という補足まではマッソンの耳に届かなかった。

「そうか、ポーラの血縁が!」

 ならばまだ、望みはある。ノアもそれに気づいたようで笑顔になった。

「今からでも遅くありません。ポーラ夫人と子を成せばいいのです」

 その間、少なくとも数年間はステイシーに我慢してもらうことになる。

 だが、今のところ方法はそれしかない。

「ポーラとの子、ですか?」

「出来上がった子どもを骨董遺物に捧げれば、ステイシー嬢もポーラ夫人も解放されます。一人で二人が救えるのであれば安いものですね」

 しかし、ノアの言葉にマッソンは眉根を寄せた。

「そ……それは、ポーラは寝室さえ別なのです」

「おや。てっきり夫人を救いたいからお急ぎなのかとばかり」

 それにマッソンは肩を落として首を横に振る。

「ポーラの強欲ぶりには飽き飽きしています。ステイシーも、浪費癖がひどくて。正直なところ、ポーラにイヤリングをつけてもらいたいと思っているんです」

 そうすれば、公爵家からの結納金が手に入るから、とマッソンはぽろっと本音を漏らした。

「女性は、新しい装飾品やドレスが好きですからね」

 ノアの優しい笑顔に、マッソンは悩みを理解してくれる人が現れたような気がした。

「しかし、夫人がステイシー嬢のようになってしまったら、男爵殿は寂しくなりませんか?」

「新たに妾を迎えるつもりでした。最近なぜか妻が寝室にくるのですが、今朝も彼女の顔を見て思いました……一緒になったあの頃とは違うな、と」

 今でも十分に美しいが、一番美しかった時のポーラを知っている身からすると、彼女の違いは歴然としていた。

「寝室に忍び込んでくるのは、若くて美しい娘のほうが嬉しいというものです」

 半分以上本気の冗談をこぼすと、ノアは意味深にうなずいた。

「ポーラ夫人に親族はいますか?」

「知りません。彼女は家族との縁が切れています」

「だとすると、現状で最善の方法はそれ以外に思いつきません」

「ランフォート伯爵さま、ほかの方法はないですか? 無理なんです、もう彼女とは肌を触れ合わせたくない」

 それはマッソンの本音だった。

 うーんとノアは唸りながら、再度考え始める。

「……あの骨董遺物が、差し出した少女をシュードルフの末裔であると認識してさえくれればいいわけですよね」

 それなら、なにか方法があるはずだとマッソンも頭をひねった。

「どなたかから養子として子どもを迎え入れる、という手もありますね」

 一見素晴らしいと思われるノアの提案に、マッソンは肩を落とした。

 現在、社交界におけるマッソン達の地位は地に落ちている。

 ステイシーが化け物のようになった瞬間を目撃した人々が、娘を養子に出してくれるなんてことは皆無に近いだろう。

 マッソンの懸念を感じ取ったのか、ノアは穏やかに微笑んだ。

「きちんとした書類と金銭があれば、一般人から子どもを買い取るのも可能です」

「それも……このようなことが起こったあとで、承認されるかどうか」

 子どもを貰い受ける理由に、正当性がなければ書類が通らない。

 マッソンの場合、イヤリングのために子どもを犠牲にするのがわかりきっている。承認されるわけがない。

「そうなると、あんまりよろしい選択とは言えませんが」

「どんなことだったとしても、可能性があるのなら……!」

 ノアは辺りを見回してから、マッソンに近づいて耳元でささやく。

「違法に『買う』という手があります」

 マッソンは耳を疑った。

「人身売買、ということですか?」

 マッソンから離れると、ノアは「端的に言えば」とにこっと微笑む。

 清廉潔白と言われるランフォート伯爵から、そんな言葉を聞くとは思ってもみなかった。マッソンは目を見開きつつさすがに逡巡した。

 ココの時も、違反にならないようにノアに後見人になってもらう形で合法化したくらい、人間の取引は厳しく禁止されている。

「そんなことができないというお顔をしていらっしゃいますね」

「ええ、それはまあ……」

 卓上に広げられている金貨をノアが指さす。

「でしたら、ご自身で人を売り買いする商いをされてはいかがでしょう?」

「そんなこと……!」

 ノアは人差し指を立てる。

「商売という形にしなければいいのです」

「というと……?」

「貧しい子どもたちのための、慈善事業というのはいかがでしょう? 事情のある子どもたちを引き取り、男爵殿が親代わりに育てる。金銭を受け取らないことを条件とすれば、人身売買ではありません」

 ノアの提案に、マッソンは目を見開く。

「わたしが資金提供をしましょう。貧しい子どもたちを助けることができるのであれば、ランフォートとして表向きには問題がありません」

「なるほど」

「気に入った娘を養子に迎えればいいのです。それは、違法なことではありませんよね? そして、その子にイヤリングを装着させる」

 完璧すぎる提案に、マッソンの心が躍った。
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