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5、慈愛のベルトバックル
第30話
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ランフォート城に届いたマッソンからの手紙を開けるなり、ノアは微妙な顔つきになる。
「……自分の娘を売っておいて、こいつに人の心ってないのか?」
「あったら、母さんを幽閉したりしないんじゃないの?」
ノアはあきれたようにため息を落とした。
「でもまさか、金の話をされるとは思わなかったよ」
「あの人たちは、いっつも金欠なのよ」
見栄っ張りは大変ね、とココは楽しそうに笑う。
手紙の内容は、イヤリングの代金をもらっていないというものだ。
いまはステイシーが身に着けているのだから、売ったも買ったもないようなものなのに。
ノアはどさくさに紛れて踏み倒そうとしていたのだが、それはできないようだと悟ったらしい。
「父は元商人だもの。お金のことは、銅貨一枚だってしっかり覚えているわ」
それに、とココは口の端を持ち上げる。
「お金もそうだけど、おそらく義姉《ねえ》さんの件について助けてほしいのよ。あとは、私のことを恨んでいるかも……それは本望だけど」
「自業自得だからなあ、同情する気さえ起きないよ」
ノアはシュードルフ邸に行くのが面倒くさいようで、ココの髪の毛を櫛で梳かしながら大きなため息を吐いている。
「ノア。自分で蒔いた芽は、自分で刈り取ってもらわないとでしょう?」
「そうだね。つまり、わたしはシュードルフ邸に行かないといけないわけだね」
「そういうこと。私が心から信頼してお願いできるのは、ノアだけなの」
ココは彼に背中から倒れこむようにして後ろに居たノアに寄りかかる。下から覗き込んでじっと見つめていると、ノアの頬が紅潮し始めた。
恥ずかしそうに、ノアはパッと視線を逸らす。
「……ココの願いとあらばなんでもするよ」
感謝の意を込めて抱きつくと、彼は驚きつつもココの身体を優しく抱きしめてくれる。
「ありがとう、ノア。大好き」
頬にキスをし、ココは先日磨いておいた骨董遺物を取り出してノアに渡した。
*
格式高い馬車がシュードルフ邸にやってきたのは、マッソンが手紙を書いてから四日後のことだ。
朝からうろうろして落ち着きがなかったマッソンは、馬のひづめの音を聞くなり玄関から飛び出す。
黒塗りの美しい馬車から降りてきたランフォート伯爵を、マッソン自ら出迎えた。
「シュードルフ男爵殿、お出迎えしていただきありがとうございます」
「とんでもないです! 伯爵様自ら来ていただけるとは思ってもおらず……」
どうぞどうぞと言いながら、マッソンはノアを応接間に通した。
マッソンは一瞬、彼のあまりの美しさに呆気にとられかけたが、ノアに「男爵殿?」と声をかけられてハッとした。
「ああ、すみません。ところであの件なんですが」
自分から金のことを話すのも失礼かと戸惑ったのだが、ノアはニコッと笑うと口を開いた。
「馬車にすべて積んであります。金貨きっちり百枚です」
お礼もそこそこで、マッソンはすぐに執事長を呼んで取ってくるように伝える。大きな袋を抱えてやってきた執事長は、それを応接間の卓上に置いた。
「枚数が足りているか、どうぞご確認ください」
袋を開けると、目もくらむような金色のコインがざくざく入れられている。
これこそ求めていたものだと、マッソンは頬を紅潮させながら数えた。
「たしかに百枚、受け取りました。それからココは――」
「ココは毎日、良心の呵責に耐え切れず泣いています。やはり、あの骨董遺物《アンティークジェム》を渡すべきではなかったと」
ノアは笑顔を崩していない。しかしその目元が笑っていないように思えて、マッソンはうっと言葉をのみこんだ。
シュードルフの歴史のことを、マッソンはほとんど知らない。
何度もメルゾに話を聞くように言われたが、それよりも商売のことで話半分でしか聞いていなかった。
今さら元妻をないがしろにしたことを悔やんだが、もう遅い。
「ちなみに伯爵様。ステイシーを元に戻すことはできないでしょうか?」
「家長を再度変更し、イヤリングを別の人物に移せば可能でしょう。ですが、シュードルフの直系の女性はもういないのでは?」
「そうです、ええ……たしかに、ココしか居なかったかと」
シュードルフ一族は悪政を敷いた王から弾劾された結果、急速に人数を減らしてしまった過去がある。
それに、メルゾにイヤリングを託したココの叔母は、子を成さないまますでに他界している。
悪いことに、男爵家になったことをきっかけに、少ない親族たちも地位を取り上げられてから家系が途絶えていた。
ココのみが、本当の本当に最後の直系なのだ。
だから本来ならマッソンは、メルゾとの子をたくさん成さなくてはならなかった。
子どもは複数人もうけることがメルゾとの結婚の条件になっていたのに、彼は怠ってしまったのだ。
子をたくさん欲しいとメルゾにも相談されたが、マッソンは彼女の忠告ともいえる願いを一切聞かなかった。
ココがいるからと先延ばしにし、ポーラとずっと浮気をしていた。
こうなってしまった責が自分にもあるとわかったマッソンは、血の気が引いてくる。
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