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5、慈愛のベルトバックル
第28話
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「いい加減にしろ!」
ついに堪忍袋の緒が切れたマッソンは、ステイシーの手首を掴んで手鏡から引きはがそうと強く力を込めた。
強硬手段だというのに、それでもなお彼女の指先は手鏡を離そうとしない。
マッソンがさらに強く握ると、ステイシーの手首の皮膚が裂けて肉がつぶれていく。
強烈な血のにおいと腐敗臭が立ち込めても、彼女は鏡を大事に握りしめたままだ。
もはや狂気じみた光景に、ニールは腰を抜かしそうになり壁に背中をつけて震えている。侍女はとっくに退散していた。
ステイシーの腕を掴む手に力を入れているうちに、ぼきっと嫌な音がした。
「……!」
気づいた時には、ステイシーの手首の骨はぽっきり折れていた。堅いものに指先が触れた瞬間、それがステイシーの腕の骨だと気付く。
彼女の腐りかけた腕の肉は、マッソンの力に耐え切れずぐちゃぐちゃになって指にへばりついていた。その下にある骨を、今、直接マッソンは握りしめている。
肉が千切られ手首の骨が折れているというのにもかかわらず、ステイシーはさらに喉からハチャメチャな音を発しながら鏡に縋りついた。
「なんだ、これは……!?」
自分の指先に触れているのがステイシーの骨だとわかるなり、マッソンは血まみれになってしまった手を放す。
ステイシーはそこでやっと吠えるのをやめ、無事なほうの手で鏡を掴むと、鏡面を覗き込んでまたもやうっとりし始めた。
血が付いていようと、肉が腐っていようと、骨が折れようとステイシーは平気な顔をしている。
「……異常だ……」
バタバタと人が駆け寄ってくる気配を感じ、入り口をみると血相を変えたフレイソン大公爵が立っていた。
ニールはというと、ハンカチで口元を抑えながら、扉の外の壁に背中を預けていた。
知らせに行っていただろう侍女の一人は泣いており、もう一人は血の気の引いた顔をしている。
「シュードルフ男爵……いえ、マッソン・ロダウス殿……」
「……っ!」
マッソンはもともとの自分の苗字を呼ばれてたじろいだ。
メルゾと一緒になった時に捨てたはずだったが、貴族登録をしなかった代わりに、ココは彼を旧姓で一般市民登録していた。
「ここは王家に仕える我がフレイソン公爵家の領地だ。勝手なことは許されない」
さすがにフレイソン大公爵は、長くにわたって国政に参加していただけある。げっそりしているニールよりも表向きは冷静だった。
「しかし……家族として登録をしてもらわなければ」
「つまり、あなたは現在、文字通りただの市民です」
ぴしゃりと言われて、マッソンは下唇を噛んだ。
「この屋敷に足を踏み入れることはできない身分……かつ、好き勝手するなど言語道断」
この惨状をどうしてくれるんだ、とフレイソン公爵は怒っていた。侍女たちは軽蔑するような視線をマッソンに向けてくる。
「フレイソン大公爵さま――」
「いくら息子の婚約者の父親だとしても、さすがに許しがたい行為だ」
今日はお引き取りくださいと言われ、マッソンはすごすごとその場から引きさがるしかできなかった。
ついに堪忍袋の緒が切れたマッソンは、ステイシーの手首を掴んで手鏡から引きはがそうと強く力を込めた。
強硬手段だというのに、それでもなお彼女の指先は手鏡を離そうとしない。
マッソンがさらに強く握ると、ステイシーの手首の皮膚が裂けて肉がつぶれていく。
強烈な血のにおいと腐敗臭が立ち込めても、彼女は鏡を大事に握りしめたままだ。
もはや狂気じみた光景に、ニールは腰を抜かしそうになり壁に背中をつけて震えている。侍女はとっくに退散していた。
ステイシーの腕を掴む手に力を入れているうちに、ぼきっと嫌な音がした。
「……!」
気づいた時には、ステイシーの手首の骨はぽっきり折れていた。堅いものに指先が触れた瞬間、それがステイシーの腕の骨だと気付く。
彼女の腐りかけた腕の肉は、マッソンの力に耐え切れずぐちゃぐちゃになって指にへばりついていた。その下にある骨を、今、直接マッソンは握りしめている。
肉が千切られ手首の骨が折れているというのにもかかわらず、ステイシーはさらに喉からハチャメチャな音を発しながら鏡に縋りついた。
「なんだ、これは……!?」
自分の指先に触れているのがステイシーの骨だとわかるなり、マッソンは血まみれになってしまった手を放す。
ステイシーはそこでやっと吠えるのをやめ、無事なほうの手で鏡を掴むと、鏡面を覗き込んでまたもやうっとりし始めた。
血が付いていようと、肉が腐っていようと、骨が折れようとステイシーは平気な顔をしている。
「……異常だ……」
バタバタと人が駆け寄ってくる気配を感じ、入り口をみると血相を変えたフレイソン大公爵が立っていた。
ニールはというと、ハンカチで口元を抑えながら、扉の外の壁に背中を預けていた。
知らせに行っていただろう侍女の一人は泣いており、もう一人は血の気の引いた顔をしている。
「シュードルフ男爵……いえ、マッソン・ロダウス殿……」
「……っ!」
マッソンはもともとの自分の苗字を呼ばれてたじろいだ。
メルゾと一緒になった時に捨てたはずだったが、貴族登録をしなかった代わりに、ココは彼を旧姓で一般市民登録していた。
「ここは王家に仕える我がフレイソン公爵家の領地だ。勝手なことは許されない」
さすがにフレイソン大公爵は、長くにわたって国政に参加していただけある。げっそりしているニールよりも表向きは冷静だった。
「しかし……家族として登録をしてもらわなければ」
「つまり、あなたは現在、文字通りただの市民です」
ぴしゃりと言われて、マッソンは下唇を噛んだ。
「この屋敷に足を踏み入れることはできない身分……かつ、好き勝手するなど言語道断」
この惨状をどうしてくれるんだ、とフレイソン公爵は怒っていた。侍女たちは軽蔑するような視線をマッソンに向けてくる。
「フレイソン大公爵さま――」
「いくら息子の婚約者の父親だとしても、さすがに許しがたい行為だ」
今日はお引き取りくださいと言われ、マッソンはすごすごとその場から引きさがるしかできなかった。
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