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5、慈愛のベルトバックル
第25話
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シュードルフ男爵こと、マッソンは目を覚まして驚いた。
いつも別の部屋で寝ているはずの妻ポーラが、今朝もまた自分のベッドに居たからだ。
ここ最近、ポーラはよく出かけている様子だ。そのおかげなのか、彼女の肌艶はすこぶる良い。
冴えない顔の侍女になにをしに妻は出かけているのか訊いたのだが、どうやら骨董品店主催のお茶会に足しげく通っているらしい。
ステイシーの一件以来ずっと元気がなかったが、出かけることによって気晴らしをしているのだろう。
「フレイソン公爵家にも行かず、ふらふらしているなんてな」
マッソンの胸中は暗雲が立ち込めたように晴れない。ポーラは先週からステイシーの世話をさぼって遊びに行ってしまっているのだ。
公爵家からおしかりを受けてマッソンはそれを知った。そういうわけで、今日は自分が公爵家にステイシーの世話をしに行かなくてはならない。
ポーラを見ると、疲れの滲んでいる顔で寝ている。
彼女の首元には、見事な細工のチョーカーが輝いていた。数日前に手にいれた品物らしく、相当気に入ったのかずっと外さずに身に着けていた。
思えば、それをつけてから出かけているような気もする。
「身勝手なことばかりしやがって」
ただ、新しいチョーカーをつけて以来、彼女は新しい装飾品をねだってこない。それは問題だらけの生活を送っている今としては安堵できた。
いつもなら一度着たドレスも装飾品も飽きたと不機嫌になるのに、そういったことを一切言わなくなったのは救いだ。
そもそも、ポーラやステイシーの強欲ぶりに、マッソンはしびれを切らしていた部分がある。
豪華でぜいたくな生活を好み、そのせいで、稼いだお金のほとんどは消え去ってしまった。
男爵になってからは領地も没収になったため、実質、家財を売り払って生活していくので精いっぱいだった。
それなのに、彼女たちは一向に贅沢を止めようとしなかった。
貧困がじわじわと迫ってくる中、マッソンの胸中は穏やかではなかったのは言うまでもない。
ステイシーの婚約によって得られる、公爵家からの結納金や土地だけがたよりだったというのに。
現状、それさえも頓挫しかけている。
マッソンは痛む頭を撫でた。
「そもそも、こんなに欲深い女だとは思わなかった……」
高級娼館で働いていたポーラは、そこで一番の人気の美女だった。
もちろん、大枚をはたかなければ会えず、基本的には素肌に触れることはできない。
当時、いつかは彼女が自分だけに振り向いてくれるかもしれないという幻想を抱いて、男たちは花束と高級な土産物を手に彼女の元に押し寄せたものだ。
そんなポーラが自分を選んだ時、マッソンは言いようのない優越感に浸ったものだ。
人々の嫉妬はマッソンにとっては快楽で、嘲る声は極上の子守歌に等しかった。
メルゾのような元貴族のきれいな妻がいるのに不謹慎だと、ポーラを妾にすると決めたマッソンを人々は陰で悪く言った。
しかし商人だったマッソンの本音を言えば、もっと庶民的な妻のほうが良かったというのに尽きる。
だが、自身の商売を軌道に乗せるのに貴族の力が必要だったため、メルゾに惚れているふりをして彼女を妻にもらった。
貴族とのコネクションができたことで商売は上手くいき、人生も最高潮だった。
不満があるとすれば、妻のメルゾのことだった。
彼女は貴族ではなくなったというのに、頭の先からつま先まですべてが貴族じみていた。
さすが聖公爵家の娘とあって、メルゾはマッソンには上品すぎた。
淑女の中の淑女という佇まいに、清廉潔白を表したような性格と見た目は、結婚しても変わらない。まるで聖女のような女性だった。
彼女は生まれながらの上級貴族だったし、それが骨の髄まで染みついていたから、マッソンからはちょっとつまらない妻とも言えた。
……いや、言葉を選ばずに言うのであれば、くそつまらない女だ。
そういう訳で、結婚に窮屈さを感じていた彼にとって、ポーラとの逢瀬は刺激的で、人生のスパイスになっていた。
そうしているうちにメルゾが家長になり、一夜にして醜くなった。
それによって、妻を避ける正式な理由ができたと喜んだのを覚えている。だからすぐにポーラを迎え入れた。
彼女のわがままとも言える態度や言動に振り回されつつ、実は陰で自分が手綱を握っていることがマッソンの矜持だった。
高飛車とも言えるポーラの言動は彼女の魅力を引き立てていたし、そんな彼女を手に入れた優越感があった。
いつも別の部屋で寝ているはずの妻ポーラが、今朝もまた自分のベッドに居たからだ。
ここ最近、ポーラはよく出かけている様子だ。そのおかげなのか、彼女の肌艶はすこぶる良い。
冴えない顔の侍女になにをしに妻は出かけているのか訊いたのだが、どうやら骨董品店主催のお茶会に足しげく通っているらしい。
ステイシーの一件以来ずっと元気がなかったが、出かけることによって気晴らしをしているのだろう。
「フレイソン公爵家にも行かず、ふらふらしているなんてな」
マッソンの胸中は暗雲が立ち込めたように晴れない。ポーラは先週からステイシーの世話をさぼって遊びに行ってしまっているのだ。
公爵家からおしかりを受けてマッソンはそれを知った。そういうわけで、今日は自分が公爵家にステイシーの世話をしに行かなくてはならない。
ポーラを見ると、疲れの滲んでいる顔で寝ている。
彼女の首元には、見事な細工のチョーカーが輝いていた。数日前に手にいれた品物らしく、相当気に入ったのかずっと外さずに身に着けていた。
思えば、それをつけてから出かけているような気もする。
「身勝手なことばかりしやがって」
ただ、新しいチョーカーをつけて以来、彼女は新しい装飾品をねだってこない。それは問題だらけの生活を送っている今としては安堵できた。
いつもなら一度着たドレスも装飾品も飽きたと不機嫌になるのに、そういったことを一切言わなくなったのは救いだ。
そもそも、ポーラやステイシーの強欲ぶりに、マッソンはしびれを切らしていた部分がある。
豪華でぜいたくな生活を好み、そのせいで、稼いだお金のほとんどは消え去ってしまった。
男爵になってからは領地も没収になったため、実質、家財を売り払って生活していくので精いっぱいだった。
それなのに、彼女たちは一向に贅沢を止めようとしなかった。
貧困がじわじわと迫ってくる中、マッソンの胸中は穏やかではなかったのは言うまでもない。
ステイシーの婚約によって得られる、公爵家からの結納金や土地だけがたよりだったというのに。
現状、それさえも頓挫しかけている。
マッソンは痛む頭を撫でた。
「そもそも、こんなに欲深い女だとは思わなかった……」
高級娼館で働いていたポーラは、そこで一番の人気の美女だった。
もちろん、大枚をはたかなければ会えず、基本的には素肌に触れることはできない。
当時、いつかは彼女が自分だけに振り向いてくれるかもしれないという幻想を抱いて、男たちは花束と高級な土産物を手に彼女の元に押し寄せたものだ。
そんなポーラが自分を選んだ時、マッソンは言いようのない優越感に浸ったものだ。
人々の嫉妬はマッソンにとっては快楽で、嘲る声は極上の子守歌に等しかった。
メルゾのような元貴族のきれいな妻がいるのに不謹慎だと、ポーラを妾にすると決めたマッソンを人々は陰で悪く言った。
しかし商人だったマッソンの本音を言えば、もっと庶民的な妻のほうが良かったというのに尽きる。
だが、自身の商売を軌道に乗せるのに貴族の力が必要だったため、メルゾに惚れているふりをして彼女を妻にもらった。
貴族とのコネクションができたことで商売は上手くいき、人生も最高潮だった。
不満があるとすれば、妻のメルゾのことだった。
彼女は貴族ではなくなったというのに、頭の先からつま先まですべてが貴族じみていた。
さすが聖公爵家の娘とあって、メルゾはマッソンには上品すぎた。
淑女の中の淑女という佇まいに、清廉潔白を表したような性格と見た目は、結婚しても変わらない。まるで聖女のような女性だった。
彼女は生まれながらの上級貴族だったし、それが骨の髄まで染みついていたから、マッソンからはちょっとつまらない妻とも言えた。
……いや、言葉を選ばずに言うのであれば、くそつまらない女だ。
そういう訳で、結婚に窮屈さを感じていた彼にとって、ポーラとの逢瀬は刺激的で、人生のスパイスになっていた。
そうしているうちにメルゾが家長になり、一夜にして醜くなった。
それによって、妻を避ける正式な理由ができたと喜んだのを覚えている。だからすぐにポーラを迎え入れた。
彼女のわがままとも言える態度や言動に振り回されつつ、実は陰で自分が手綱を握っていることがマッソンの矜持だった。
高飛車とも言えるポーラの言動は彼女の魅力を引き立てていたし、そんな彼女を手に入れた優越感があった。
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