骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

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4、情熱のチョーカー

第24話

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 「……『情熱のチョーカー』とは、ノアもよく言ったものね。本当は『純潔の首輪』だというのに」

 好みの相手に出会えるというよりも、好みに思えてしまう錯覚をすると言ったほうが正しい。

「ノアは名付けのセンスがいいわ。ステイシーに渡した『人徳の鏡面』を、『真実を映す鏡』と言い換えたのも素晴らしいし」

 卓上鏡の画面には、ポーラがドレスを脱ぎ、みるみる乱れていく姿が流れている。

 彼女は今頃きっと、大貴族の美男子と遊んでいる錯覚に陥っていることだろう。

「幸せなまぼろしね、お義母様」

「ココ!」

 ココが呟くと同時に、店にやってきた本物のノアに後ろから両目をふさがれた。

「そんな汚いものを見たら君の目が腐る!! というか、わたしが来る前にあの女の相手をしてしまったのか!?」

 ノアの必死な声にココは微笑み、後ろに首を倒してノアを見上げる。

「ごめんね。待てなかったから、変装してお義母様の相手をしちゃったの」

 ココは先ほど使ったイヤーカフをノアに見せる。

「危ないことをしたらダメだって」

「でもうまくいったわ。一回で情事が終わることもなさそうだし」

 ココは卓上鏡をノアに見せる。映像をちらっと視界に入れるなり、ノアは口元をゆがめた。

「…………ひどい」

「それくらいがちょうどいいと思わない?」

 宿屋ではきっと声が筒抜けなのだろう。

 何事だと多くの見物客が室内に押し寄せており、そして言わずもがな、乱痴気騒ぎの参加者が増えている。

 ポーラはさすが、元高級娼婦というだけある。金髪碧眼の彼女の美貌は、多くの餓えた獣たちの欲を駆り立てている。

「さーてと。誰の子を妊娠するかみものね」

「誰のだっていいけど、とにかくココはそんなものを見たらダメだ!」

 ノアは口をとがらせてココに鏡を見ることを禁じた。

「わかったわもう見ない。この子をメンテナンスしてあげなくっちゃだしね」

「この子?」

 ココは棚に置いてあった箱を取り出すと、見事な金色のベルトバックルをノアに見せた。

「……そんなものを、いつの間に」

「ノアがお出かけしている時に、こっそり地下から取ってきたの」

 一人で地下に行くなんて危ないとノアはぶつぶつ言い始めたが、ココは「大丈夫」と胸を張った。

 鏡面に映し出されている狂乱しているポーラの姿を確認すると、ノアは慌ててココの視界を塞ごうとしてくる。

 ノアの手をどかそうとしたのだが、彼は近くに置いてあったシルクの布を引っ張ると、卓上鏡にそれをかけて見られないようにしてしまった。

「でも、今思えば可哀そうな人ね、お義母様は」

 ポーラはいままさに、何人もの野獣のような男たちと悦に浸っていることだろう。今まで制御していたぶん、あふれ出した欲望は止まることを知らない。

「本当はそういうことが大好きで仕方がないのに、夫とはできない毎日を過ごすことになるなんてね」

 満たされなかったものがやっと手に入った彼女の、喜びようは言葉に表せない。

「外で待たされている侍女も可愛そうに。泣いちゃっているわ」

「ココ、侍女がかわいそうだなんてちっとも思ってないでしょう?」

「バレた?」

 ノアはため息を吐いたが、ココはペロッと無邪気に舌を出した。

「だってあの子、私のことを自分より格下の使用人のように扱っていたんだもの」

「殺してきてあげるよ」

「いいえ、大丈夫よ」

 ココは日に日に気持ちが満たされていくのを感じている。毎日、生きていることが楽しくて仕方がない。

 ココの胸中を悟ったノアは、彼女の手の甲に口づけして抱きしめた。

「私は、このバックルの手入れをするわ。そろそろ次に取り掛かる準備をしなくちゃ」

「くれぐれも扱いには気を付けて」

「ねぇノア。お義母さまを見ながら晩餐にしましょうよ」

「……嫌なんだけど」

「それとも、ステイシーの姿にする?」

 どっちも嫌だ、とノアは口を曲げた。

「元家族として、彼女たちを見守っていたいの」

「ココはそんなに律儀だったっけ?」

「どこまで墜ちていくのか、見届けないと気が済まないのよ」

 それならば仕方ないな、とノアはため息をついて了承する。

「でも、申し訳ないけれど食欲が失せるから……せめて食後でもいい?」

「仕方ないわね」

 卓上鏡にステイシーを映してもらったが、そちらも母に負けず劣らずのひどい有様だ。

 彼女は食事も睡眠も排泄も忘れて、自分の姿に四六時中魅入っている。

 ポーラも今日から、欲望に溺れ続けるだろう。

 一度しか使ってはいけないと忠告したが、それを守れる人間なんてこの国にどれだけいるだろうか。恐らくいないはずだ。

 そのうちポーラも、深い快楽によって自分が誰であるかを忘れてしまうだろう。

「さようなら、ポーラ、ステイシー。良い夢を」

 二人の姿を映す卓上鏡を手に持つと、ココとノアは骨董店を去った。
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