骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

文字の大きさ
上 下
23 / 68
4、情熱のチョーカー

第20話

しおりを挟む
 「あんな……化け物になってしまうものをつけなくてはならないなんて……」

 欲の強いポーラが、かたくなに貴族の地位を拒むのは、そういう理由だ。
 彼女は精神的に追い詰められている様子だった。

「みんな娘ばかりを心配して、誰一人としてあたくしのことを気の毒に思ってくれる人はいないんですの」

 ノアは心配そうな顔をして彼女を覗き込んだ。

「間近であの変貌を見たあとでは、イヤリングを身に着けたいと思わないのが普通です。夫人の気持ちは、よくわかります」

「伯爵様だけですわ、そのように優しくしてくださるのは」

「お可哀そうに」

 ポーラはよほどつらかったのか、さめざめと泣き始めてしまう。

「どうか、あのイヤリングから逃れる方法はありませんか?」

 このままでは、ポーラは確実にあのイヤリングをつけることになる。

 美人で自尊心の高い彼女からすれば、それは死ぬよりもつらいことだろう。

 ノアは考えるそぶりを見せたあと、ひらめいたと口を開く。

「シュードルフ男爵と今すぐに子を成せばいいのです。それまで、ステイシー嬢には待ってもらって――」

 最後までノアが言い終わらないうちに、ポーラは首を横に思い切り振る。

「夫とは、もう何年も……」

「子どもを授からなければ、イヤリングの責務から逃れるのは難しいのではないでしょうか?」

「ですが、彼も、出会った時と変わりすぎておりますし」

 なるほど、とノアはうなずく。

 もちろん、年を重ねたという意味の『変わりすぎている』もあるが、それ以上に立場が違うのだ。

 マッソンは商人の出身でありながらも、幸運にも貴族と結婚し、おまけに聖公爵にまでなった。

 とんでもない強運の彼を羨ましく思う人は多く、ポーラもその一人である。

 彼の全盛期ともいえる当時を知っているからこそ、いまやなんの地位ももたず、だらしのない体形になった夫をポーラは幻滅してしまっている。

 かといって、別れることもできない。

 娘をあのままにしておけないのではなく、ポーラ自身にあてがないのだ。

 マッソンの近くにいるほうが、多少なりとも生活の安定は見込める。学もなく、貴族になってからは身の丈に合わない豪遊をしていた彼女は、再度働くにしてもまともに雇ってくれる人は少ない。

 それに、彼女の悪名が広がっていることもあり、一人で生きていくには首都を離れる必要がある。

「夫人の気持ちはお察ししますが、言い訳としては説得力に欠けますね」

「そんな……では、ココを戻してもらうことはできませんか?」

「あのイヤリングは一度外すと同じ人間には装着できないので、戻したところで無駄になりますよ」

 実は、同一人物に再装着は可能である。

 しかし、イヤリングが欲しがるような美貌があればの話だが。

 切羽詰まりすぎたポーラは、血走った目でノアをぎろりと見上げてくる。

「夫は不能なんです!」

 ついにポーラはおかしな嘘までつき始めて逃げようとし始めた。なんとしても、マッソンと一夜を共にすることは避けたいらしい。

「それにあたくしも、昔ほど情熱を持てなくて」

 またもや泣き始めようとする姿に、ノアは冷めきった内心を悟られないように精いっぱいの作り笑顔になる。

「でしたら、情熱的になれるお相手とならばいいということですね?」
「え、ええと……まあそうとも言えますが」

 ポーラは怪訝な顔をしたが、ノアに見つめられると頬を紅潮させながらしどろもどろする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む

めぐめぐ
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。 彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。 婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を―― ※終わりは読者の想像にお任せする形です ※頭からっぽで

【完結】待ち望んでいた婚約破棄のおかげで、ついに報復することができます。

みかみかん
恋愛
メリッサの婚約者だったルーザ王子はどうしようもないクズであり、彼が婚約破棄を宣言したことにより、メリッサの復讐計画が始まった。

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

処理中です...