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3、鏡のレディ
第17話
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険悪なムードが漂う中、顔を真っ赤にしているポーラをなだめるようにマッソンが口を開く。
「……ステイシーには悪いが、しばらく我慢してもらうしかあるまい」
自分の子ではないステイシーならば、どうなってもいいと思う節がマッソンから見え隠れしている。
みんながみんな苦い気持ちを胸に抱き、それ以上誰も言葉が続かない。
しばらくして、重苦しい雰囲気を破ったのはノアの美声だった。
「……もしかしてお役に立つかと思い、持ってきたものがあります」
ノアはたっぷりためらったあと、懐からとある小物を取り出す。それは先日、ココが地下から取ってきたものだ。
「これは、『真実を映す手鏡』です」
上質なシルクに包んだ小さな鏡を取り出してみんなの視線が集まったところで布を外した。手鏡を視界に入れるなり、全員が息を呑む。
鏡の背面には、天使の羽が彫金細工による装飾で再現されている。毛の一本一本まで、触れたら柔らかいのではないかと錯覚するような見事なつくりだ。
みんながうっとりと魅入ってしまっているため、ノアはそれを一度シルクに包みなおした。
ハッとしたように、フレイソン大公爵が瞬きを繰り返す。
「ランフォート伯爵、その手鏡には特別な力があるようですが……?」
どうやらこの中では、大公爵が一番骨董遺物への耐性があるようだ。
「ええ。これは、骨董遺物です」
ノアがパチンと指をはじくと、ニールが瞬きを繰り返しながらびっくりした顔をする。
マッソンもポーラもいまだうっとりしたままのため、ノアは再度指をはじいた。
そしてやっと、夢から覚めたように二人が動き出す。
骨董遺物に対する耐性がなければ、人間はこのように心を奪われてしまう。瞬時にそうならなくとも、いつの間にか蝕まれていくのだ。
「それを、いったいどうするつもりですか?」
「ステイシー嬢に使っていただければと考えています」
ノアの返事を聞いたフレイソン大公爵は、心配そうに眉根を寄せた。
「大丈夫なのか?」
「この道具は『真実の姿』を映すというもので、副作用は確認できませんでした。ですからステイシー嬢に今一番必要なものとして提案しています」
毎日泣き叫んでいるという彼女にこれを渡せば、そこには以前の姿の自分が映し出されるわけだ。
それは、絶望したステイシーの心を癒すに違いないとノアは付け加える。
(副作用はないけれど、この鏡のレディは人間から大事なものを奪い取る。でもそれは言わないでおく、と……)
「しかし、あくまで対処療法のようなもので、根本的解決には至らないでしょう。でも、彼女が心穏やかにいてくれるほうが、我々も気が休まります。違いますか?」
ノアはどうしますか、とフレイソン大公爵に訊ねる。しかし、答えを急いたのはニールだ。
「使いましょう!」
ニールはお願いしますと頭を下げた。
彼の立場は複雑だ。ココが醜くなった時と同じように、見栄えのいい婚約者に変えてしまえばいいという安易なことはもう許されない。
だからこそ、ステイシーに元に戻ってもらわなくてはニールは困るのだ。
ポーラは自分が犠牲にならずに済むなら賛成で、マッソンも同じくと頷く。
つまりみんな、自分がこの世で一番かわいい。
「……よかろう。ではそれはニールが責任を持って渡しなさい」
フレイソン大公爵が、代表として手鏡を受け取る。
ノアは手鏡に「頼んだよ」と伝えた。彼女は大公爵の手のひらで引きつったような奇妙な高笑いをしている。
もちろんそれは、ノアにしか聞こえない笑い声だったが。
「……ステイシーには悪いが、しばらく我慢してもらうしかあるまい」
自分の子ではないステイシーならば、どうなってもいいと思う節がマッソンから見え隠れしている。
みんながみんな苦い気持ちを胸に抱き、それ以上誰も言葉が続かない。
しばらくして、重苦しい雰囲気を破ったのはノアの美声だった。
「……もしかしてお役に立つかと思い、持ってきたものがあります」
ノアはたっぷりためらったあと、懐からとある小物を取り出す。それは先日、ココが地下から取ってきたものだ。
「これは、『真実を映す手鏡』です」
上質なシルクに包んだ小さな鏡を取り出してみんなの視線が集まったところで布を外した。手鏡を視界に入れるなり、全員が息を呑む。
鏡の背面には、天使の羽が彫金細工による装飾で再現されている。毛の一本一本まで、触れたら柔らかいのではないかと錯覚するような見事なつくりだ。
みんながうっとりと魅入ってしまっているため、ノアはそれを一度シルクに包みなおした。
ハッとしたように、フレイソン大公爵が瞬きを繰り返す。
「ランフォート伯爵、その手鏡には特別な力があるようですが……?」
どうやらこの中では、大公爵が一番骨董遺物への耐性があるようだ。
「ええ。これは、骨董遺物です」
ノアがパチンと指をはじくと、ニールが瞬きを繰り返しながらびっくりした顔をする。
マッソンもポーラもいまだうっとりしたままのため、ノアは再度指をはじいた。
そしてやっと、夢から覚めたように二人が動き出す。
骨董遺物に対する耐性がなければ、人間はこのように心を奪われてしまう。瞬時にそうならなくとも、いつの間にか蝕まれていくのだ。
「それを、いったいどうするつもりですか?」
「ステイシー嬢に使っていただければと考えています」
ノアの返事を聞いたフレイソン大公爵は、心配そうに眉根を寄せた。
「大丈夫なのか?」
「この道具は『真実の姿』を映すというもので、副作用は確認できませんでした。ですからステイシー嬢に今一番必要なものとして提案しています」
毎日泣き叫んでいるという彼女にこれを渡せば、そこには以前の姿の自分が映し出されるわけだ。
それは、絶望したステイシーの心を癒すに違いないとノアは付け加える。
(副作用はないけれど、この鏡のレディは人間から大事なものを奪い取る。でもそれは言わないでおく、と……)
「しかし、あくまで対処療法のようなもので、根本的解決には至らないでしょう。でも、彼女が心穏やかにいてくれるほうが、我々も気が休まります。違いますか?」
ノアはどうしますか、とフレイソン大公爵に訊ねる。しかし、答えを急いたのはニールだ。
「使いましょう!」
ニールはお願いしますと頭を下げた。
彼の立場は複雑だ。ココが醜くなった時と同じように、見栄えのいい婚約者に変えてしまえばいいという安易なことはもう許されない。
だからこそ、ステイシーに元に戻ってもらわなくてはニールは困るのだ。
ポーラは自分が犠牲にならずに済むなら賛成で、マッソンも同じくと頷く。
つまりみんな、自分がこの世で一番かわいい。
「……よかろう。ではそれはニールが責任を持って渡しなさい」
フレイソン大公爵が、代表として手鏡を受け取る。
ノアは手鏡に「頼んだよ」と伝えた。彼女は大公爵の手のひらで引きつったような奇妙な高笑いをしている。
もちろんそれは、ノアにしか聞こえない笑い声だったが。
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