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3、鏡のレディ
第15話
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フレイソン公爵家に到着すると、ノアは馬車からさっそうと降り立つ。
「……汚らわしくて同じ空間で息も吸いたくない」
こぼした愚痴は、真っ黒な影の御者にしか聞こえていなかった。
公爵家の迎えの家令がやってくるので付き従い、厳かな雰囲気の屋敷にノアは足を踏み入れた。
「ランフォート伯爵!」
ノアの到着を聞き、慌てて玄関に訪れたのはフレイソン公爵家の次男、ニールだ。柔和そうな顔がひ弱さを感じさせる。
実際、彼は容姿で人の上下や性格を測る性格をしている。だから醜くなったココのことは捨て、美しいステイシーに目移りしたのだ。
「ステイシー嬢のご容体は、いかがですか?」
訊ねると、ニールは悲痛な面持ちで首を横に振る。
あの事件のあと、シュードルフ一家は自宅には帰らずフレイソン公爵家に宿泊し続けている。
公爵家の善意というよりも、そうせざるを得なかったというのが本音だろう。
「昨晩は熱を出して寝込んでいました。あのイヤリングの影響と思われます」
明け方に熱は引いたが、起き上がるなり叫び続け暴れて大変だったという。それも今日だけに限らないというのだから、想像するだけで気分が滅入りそうになる。
ステイシーは侍女たちに当たりちらし、手当たり次第に物を投げ続けているので、お互いの安全のためにも部屋に閉じ込めているそうだ。
「可哀そうなステイシー……あんな化け物じみた姿になってしまって」
ニールの言葉に、ノアは切り殺してやりたい気持ちを抑え込むのに必死になった。
ココが醜い姿になっていたのは良くて、ステイシーならば可哀そうだというのか。
今すぐレイピアで切り刻んでやろうか迷ったがやめた。そんなことをしたらココを困らせてしまいかねない。
落ち着いた様子に見えるよう表情をつくると、「さぞかしおつらいでしょう」と口先だけでニールを慰めた。
「伯爵。ココのほうは大丈夫なのですが?」
「ご安心ください。今はランフォート城内で静養しております」
ノアが答えると、ニールは複雑な表情を浮かべた。
それもそのはずで、醜さに耐えられず婚約を委棄した元婚約者が、目がくらむような恐ろしい美少女に変貌して目の前に現れたのだから。
かたや現婚約者のステイシーは、醜い姿に成り下がり、昼夜問わず喚き散らしている。
公爵家の印象が最悪の今、ステイシーがどんな状態であれ、婚約を委棄することはできない。そんなことをすれば、公爵家の信用は地に落ちるだろう。
「ココが無事なら、良かったです」
言われて、ノアは作り笑いを浮かべた。
ひどい姿になったとしても文句ひとつ言わず、ココは理由も聞かずにニールとの婚約を解消した。
それがこの時のための布石だったとしたら、ココはとんでもなく緻密に計画していたに違いない。
癇癪を起こしメイドたちを困らせ続けているステイシーと聖人のようなココを、比べるなというほうが無理だ。
しかし、自分の身に返ってきて初めて、ココを捨てたことがとんでもないミスだったとニールは気付いたようだ。なんて愚かな、とノアの内心は冷めきっている。
「今はまず、ニール様ご自身とステイシー嬢のことに集中しましょう」
「そうですね。ランフォート伯爵の言うとおりです」
現在、ニールとステイシーの婚約は宙に浮いてしまっている状態だ。
ステイシーがあのような姿になっているのもそうだが、彼女の実母であるポーラや養父のマッソンは貴族の地位を得ていない。
彼らが貴族になるにはステイシーが登録しなくてはならないが、とてもできる状態ではない。
このまま状況が変わらないのであれば、ニールはステイシーを愛人にするか放置するしかないだろう。
マッソンたちが、そうやすやすと引き下がるはずもない。八方ふさがりとはまさにこのことだ。
恐ろしいことに、数日も経たないうちにニールとステイシーの婚約パーティーの話はすでに世間に広まってしまっている。
シュードルフ一族も、公爵家もすこぶる評判が悪い状態だ。
当たり前のことだとノアは内心で笑っていた。
なにしろココは、多くの人に『ココ・シュードルフは善人である』という証人になってもらえるよう、わざわざパーティー会場で骨董遺物をステイシーに引き渡したのだから。
それはつまり、彼らを悪者であると、みんなに印象付けたのと同じ。
醜い化け物のような姿になっても耐え続け、虐げられても王家と自身の家族の命を守っていた……というけなげなココ・シュードルフの姿をその場の全員の記憶に植え付けた。
あまりにもそれが強烈だったため、ココとの婚約を委棄したニールと、公爵家は悪者扱いだ。それに比例するように、ココの評判はうなぎのぼりになっていた。
「……汚らわしくて同じ空間で息も吸いたくない」
こぼした愚痴は、真っ黒な影の御者にしか聞こえていなかった。
公爵家の迎えの家令がやってくるので付き従い、厳かな雰囲気の屋敷にノアは足を踏み入れた。
「ランフォート伯爵!」
ノアの到着を聞き、慌てて玄関に訪れたのはフレイソン公爵家の次男、ニールだ。柔和そうな顔がひ弱さを感じさせる。
実際、彼は容姿で人の上下や性格を測る性格をしている。だから醜くなったココのことは捨て、美しいステイシーに目移りしたのだ。
「ステイシー嬢のご容体は、いかがですか?」
訊ねると、ニールは悲痛な面持ちで首を横に振る。
あの事件のあと、シュードルフ一家は自宅には帰らずフレイソン公爵家に宿泊し続けている。
公爵家の善意というよりも、そうせざるを得なかったというのが本音だろう。
「昨晩は熱を出して寝込んでいました。あのイヤリングの影響と思われます」
明け方に熱は引いたが、起き上がるなり叫び続け暴れて大変だったという。それも今日だけに限らないというのだから、想像するだけで気分が滅入りそうになる。
ステイシーは侍女たちに当たりちらし、手当たり次第に物を投げ続けているので、お互いの安全のためにも部屋に閉じ込めているそうだ。
「可哀そうなステイシー……あんな化け物じみた姿になってしまって」
ニールの言葉に、ノアは切り殺してやりたい気持ちを抑え込むのに必死になった。
ココが醜い姿になっていたのは良くて、ステイシーならば可哀そうだというのか。
今すぐレイピアで切り刻んでやろうか迷ったがやめた。そんなことをしたらココを困らせてしまいかねない。
落ち着いた様子に見えるよう表情をつくると、「さぞかしおつらいでしょう」と口先だけでニールを慰めた。
「伯爵。ココのほうは大丈夫なのですが?」
「ご安心ください。今はランフォート城内で静養しております」
ノアが答えると、ニールは複雑な表情を浮かべた。
それもそのはずで、醜さに耐えられず婚約を委棄した元婚約者が、目がくらむような恐ろしい美少女に変貌して目の前に現れたのだから。
かたや現婚約者のステイシーは、醜い姿に成り下がり、昼夜問わず喚き散らしている。
公爵家の印象が最悪の今、ステイシーがどんな状態であれ、婚約を委棄することはできない。そんなことをすれば、公爵家の信用は地に落ちるだろう。
「ココが無事なら、良かったです」
言われて、ノアは作り笑いを浮かべた。
ひどい姿になったとしても文句ひとつ言わず、ココは理由も聞かずにニールとの婚約を解消した。
それがこの時のための布石だったとしたら、ココはとんでもなく緻密に計画していたに違いない。
癇癪を起こしメイドたちを困らせ続けているステイシーと聖人のようなココを、比べるなというほうが無理だ。
しかし、自分の身に返ってきて初めて、ココを捨てたことがとんでもないミスだったとニールは気付いたようだ。なんて愚かな、とノアの内心は冷めきっている。
「今はまず、ニール様ご自身とステイシー嬢のことに集中しましょう」
「そうですね。ランフォート伯爵の言うとおりです」
現在、ニールとステイシーの婚約は宙に浮いてしまっている状態だ。
ステイシーがあのような姿になっているのもそうだが、彼女の実母であるポーラや養父のマッソンは貴族の地位を得ていない。
彼らが貴族になるにはステイシーが登録しなくてはならないが、とてもできる状態ではない。
このまま状況が変わらないのであれば、ニールはステイシーを愛人にするか放置するしかないだろう。
マッソンたちが、そうやすやすと引き下がるはずもない。八方ふさがりとはまさにこのことだ。
恐ろしいことに、数日も経たないうちにニールとステイシーの婚約パーティーの話はすでに世間に広まってしまっている。
シュードルフ一族も、公爵家もすこぶる評判が悪い状態だ。
当たり前のことだとノアは内心で笑っていた。
なにしろココは、多くの人に『ココ・シュードルフは善人である』という証人になってもらえるよう、わざわざパーティー会場で骨董遺物をステイシーに引き渡したのだから。
それはつまり、彼らを悪者であると、みんなに印象付けたのと同じ。
醜い化け物のような姿になっても耐え続け、虐げられても王家と自身の家族の命を守っていた……というけなげなココ・シュードルフの姿をその場の全員の記憶に植え付けた。
あまりにもそれが強烈だったため、ココとの婚約を委棄したニールと、公爵家は悪者扱いだ。それに比例するように、ココの評判はうなぎのぼりになっていた。
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