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3、鏡のレディ
第12話
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公爵家の次男であるニールと男爵家の婚約発表会は、主役が突然みにくい化け物になったことによって終了する――。
話題は一夜のうちに首都のロイデンハウン内に広がった。
悪夢の婚約発表のパーティーから一週間。
自分が化け物にならなくてよかったというのが、大半の参加者の感想だ。
ステイシーを見て、シュードルフの力を恐れないわけがない。
長い歴史の上で畏怖の念が薄れていったが、実際にはシュードルフとは王家に並ぶ力を持つのだと、会場にいた全員が再確認した。
そしてその不思議な力によって、王家を災厄から遠のけ支えていたのだと、誰もが知ってしまった現在――。
けなげに陰で王家を支えていた少女に酷い仕打ちをした、シュードルフ一家とフレイソン公爵家の立場は危うい。
商人と娼婦が、由緒正しきシュードルフを穢したと噂されている。公爵家にもそれは飛び火しかねない勢いで、時間の問題だ。
よもや、すでに公爵家に対して差別的な思いを抱いている者も多いだろう。
噂の広まりを裏付けるかのように、毎日二度、ランフォート城にはフレイソン公爵家からの使者がやってくる。
もちろん内容は、ステイシーをどうにかできないかというものだ。
それに調査中ですと伝えて、本日も使者を送り返す作業をこなす。
ノアが使者たちを送り返すのを続けているのは、噂をどんどん広めさせる目的があるからだ。
すぐに対処してしまったら、シュードルフとフレイソン一族の悪い噂が鎮火してしまう。
「いい感じの出だしだわ。もっと、後悔するといいのに」
ココが呟くのと、ノアが談話室に戻ってくるのが同時だった。
「いい加減、馬鹿の一つ覚えみたいに、毎日使者を寄越すのも辞めてほしいものだな。どうにもできないって言ってるのに」
ココはふふふと笑う。
「どうにかできるわよ、私ならね」
「ココは特別だからね」
先日行った『守護天使様』との約束によって、ココは骨董遺物たちに命令できる立場になった。
だから、ステイシーが身に着けたイヤリングを、本当の意味でどうにかできるのはこの国でココしかいない。
イヤリングに美貌を吸い取るのをやめるようにするのも、引き続きそれをさせることができるのも、ココにしかいない。
骨董遺物たちは、天使かココの言うことしか聞かないのだから。
そうとは知らず、ココを追い出してノアに売りつけたことを、まがいもののシュードルフ一族はどう思っているだろうか。
「お待たせ、ココ。地下に行きたいんだよね」
「特級の骨董遺物たちが住んでいるでしょう?」
ランフォート城の地下は巨大な封印庫になっている。
国のあちこちから集められた骨董遺物が、そこで保管されているのだ。
それらは人々に害をもたらし、国を混乱させた道具の一部である。
「特に、最深部にある骨董遺物に用事があるの」
「鍵を持ってきたよ。行こうか」
ノアが伸ばしてきた手を掴んで立ち上がると、二人はランフォート城の地下に続く階段に向かった。
まるで地獄に続くのではないかと錯覚するほど、階段はとてつもなく長い。ちょうど守護天使様の眠る塔と同じか、それよりも階段が続いていた。
暗さも相まって、多くの人間ならば恐怖で引き返してしまうだろう。
ノアとココはランプの明かりを頼りに、石造りのそれを迷いのない足取りでおりる。
途中二ヶ所の厳重な扉を開け、やっと最深部の入り口に到着した。
オーク素材で作られた重厚な扉の前で立ち止まり、ノアは首から下げていた鍵を差し込んでドアノブに手をかけた。
重たそうな造りの見た目とは反対に、扉はなめらかな動きで内側に開いていく。手入れがきちんと行き届いているのだ。
真っ暗な室内にノアがランプをかざすと、天井まで続く棚の数々が見えた。
そこには、多くの骨董遺物たちがきれいに並べて納められている。
ノアとココが入ってきたことで彼らはざわざわし始めたようだが、それを無視してさらに部屋の奥へ二人は向かう。
部屋の突き当りには、さらにもう一枚、石造りの扉があった。
乳白色の宝石で作られた鍵をはめ込むと、扉のレリーフがカタカタ言いながら形を変えて入り口が現れる。
一歩進むと、肌がぞわっとするような気配が伝わってきた。地下のひんやりとしていて異様な空気が満ちている。
「さすがね。この場所にしまわれている特別な骨董遺物は」
一通り中を見渡してから、ココは感嘆の息を漏らす。
「わたしも一度しか来たことがないんだ。少々危険だからね」
この城の主であり、骨董遺物に耐性のあるノアでさえ下手に扱うことができない特別な道具たちが、地下に集められている。
もちろん、制作者の子孫であるココはなんともない。
「ノアは平気よ。私が耐性をつけてあげたんだから」
骨董遺物の人の心を引き込む力に、耐性を持つ者はわずかだ。
その中でも強い弱いがあり、ノアはもともと強かったうえに、ココがシュードルフに伝わる特別な術を彼に施しているため、絶対に道具に心を奪われることはない。
「それでもやっぱり、この場所は恐ろしいよ」
「恐ろしいくらいが好都合よ」
ココは口元に不敵な笑顔を浮かべながら突き進んだ。
狭くて暗い道の先には、少し開けた空間が広がっている。
左右には厳重な檻が連なっており、骨董遺物が一つ一つ入れられていた。その檻の柵でさえも金色に塗られており、美しい細工が施されている。
檻の中に収容されているのは、人ではなく骨董遺物だ。
どれもが危険で魅惑的すぎるため、厳重な管理がされている。
もしも、この場に入ったのがココやノアでなければ、収容されている骨董遺物によって、たちどころに心を奪われていたに違いない。
一つ一つの檻の中を覗き込みながら、ココはお目当ての骨董遺物を見つけると唇の端を持ち上げる。
「この子を出して、ノア」
ノアは檻の鍵を解錠する。ココは優雅な足取りで中に入り、ケタケタ笑い声をあげているそれに近づくと手に取った。
「麗しい鏡のレディ。ここから出してあげる。仕事をしてちょうだい」
『いいわよぉ』
骨董遺物から聞こえてくるのは、甘ったるくて耳障りな声だ。
「あなたの活躍を楽しみにしているわ」
『んふふ……久しぶりのお仕事でワクワクしちゃうわ。それで、貴女はあたしになにをくれるの? その美しさ? 若さ? それとも寿命?』
「そのうちわかるわ」
ココはふふっと微笑むと、彼女を丁寧な手つきで檻の中から取り出した。
話題は一夜のうちに首都のロイデンハウン内に広がった。
悪夢の婚約発表のパーティーから一週間。
自分が化け物にならなくてよかったというのが、大半の参加者の感想だ。
ステイシーを見て、シュードルフの力を恐れないわけがない。
長い歴史の上で畏怖の念が薄れていったが、実際にはシュードルフとは王家に並ぶ力を持つのだと、会場にいた全員が再確認した。
そしてその不思議な力によって、王家を災厄から遠のけ支えていたのだと、誰もが知ってしまった現在――。
けなげに陰で王家を支えていた少女に酷い仕打ちをした、シュードルフ一家とフレイソン公爵家の立場は危うい。
商人と娼婦が、由緒正しきシュードルフを穢したと噂されている。公爵家にもそれは飛び火しかねない勢いで、時間の問題だ。
よもや、すでに公爵家に対して差別的な思いを抱いている者も多いだろう。
噂の広まりを裏付けるかのように、毎日二度、ランフォート城にはフレイソン公爵家からの使者がやってくる。
もちろん内容は、ステイシーをどうにかできないかというものだ。
それに調査中ですと伝えて、本日も使者を送り返す作業をこなす。
ノアが使者たちを送り返すのを続けているのは、噂をどんどん広めさせる目的があるからだ。
すぐに対処してしまったら、シュードルフとフレイソン一族の悪い噂が鎮火してしまう。
「いい感じの出だしだわ。もっと、後悔するといいのに」
ココが呟くのと、ノアが談話室に戻ってくるのが同時だった。
「いい加減、馬鹿の一つ覚えみたいに、毎日使者を寄越すのも辞めてほしいものだな。どうにもできないって言ってるのに」
ココはふふふと笑う。
「どうにかできるわよ、私ならね」
「ココは特別だからね」
先日行った『守護天使様』との約束によって、ココは骨董遺物たちに命令できる立場になった。
だから、ステイシーが身に着けたイヤリングを、本当の意味でどうにかできるのはこの国でココしかいない。
イヤリングに美貌を吸い取るのをやめるようにするのも、引き続きそれをさせることができるのも、ココにしかいない。
骨董遺物たちは、天使かココの言うことしか聞かないのだから。
そうとは知らず、ココを追い出してノアに売りつけたことを、まがいもののシュードルフ一族はどう思っているだろうか。
「お待たせ、ココ。地下に行きたいんだよね」
「特級の骨董遺物たちが住んでいるでしょう?」
ランフォート城の地下は巨大な封印庫になっている。
国のあちこちから集められた骨董遺物が、そこで保管されているのだ。
それらは人々に害をもたらし、国を混乱させた道具の一部である。
「特に、最深部にある骨董遺物に用事があるの」
「鍵を持ってきたよ。行こうか」
ノアが伸ばしてきた手を掴んで立ち上がると、二人はランフォート城の地下に続く階段に向かった。
まるで地獄に続くのではないかと錯覚するほど、階段はとてつもなく長い。ちょうど守護天使様の眠る塔と同じか、それよりも階段が続いていた。
暗さも相まって、多くの人間ならば恐怖で引き返してしまうだろう。
ノアとココはランプの明かりを頼りに、石造りのそれを迷いのない足取りでおりる。
途中二ヶ所の厳重な扉を開け、やっと最深部の入り口に到着した。
オーク素材で作られた重厚な扉の前で立ち止まり、ノアは首から下げていた鍵を差し込んでドアノブに手をかけた。
重たそうな造りの見た目とは反対に、扉はなめらかな動きで内側に開いていく。手入れがきちんと行き届いているのだ。
真っ暗な室内にノアがランプをかざすと、天井まで続く棚の数々が見えた。
そこには、多くの骨董遺物たちがきれいに並べて納められている。
ノアとココが入ってきたことで彼らはざわざわし始めたようだが、それを無視してさらに部屋の奥へ二人は向かう。
部屋の突き当りには、さらにもう一枚、石造りの扉があった。
乳白色の宝石で作られた鍵をはめ込むと、扉のレリーフがカタカタ言いながら形を変えて入り口が現れる。
一歩進むと、肌がぞわっとするような気配が伝わってきた。地下のひんやりとしていて異様な空気が満ちている。
「さすがね。この場所にしまわれている特別な骨董遺物は」
一通り中を見渡してから、ココは感嘆の息を漏らす。
「わたしも一度しか来たことがないんだ。少々危険だからね」
この城の主であり、骨董遺物に耐性のあるノアでさえ下手に扱うことができない特別な道具たちが、地下に集められている。
もちろん、制作者の子孫であるココはなんともない。
「ノアは平気よ。私が耐性をつけてあげたんだから」
骨董遺物の人の心を引き込む力に、耐性を持つ者はわずかだ。
その中でも強い弱いがあり、ノアはもともと強かったうえに、ココがシュードルフに伝わる特別な術を彼に施しているため、絶対に道具に心を奪われることはない。
「それでもやっぱり、この場所は恐ろしいよ」
「恐ろしいくらいが好都合よ」
ココは口元に不敵な笑顔を浮かべながら突き進んだ。
狭くて暗い道の先には、少し開けた空間が広がっている。
左右には厳重な檻が連なっており、骨董遺物が一つ一つ入れられていた。その檻の柵でさえも金色に塗られており、美しい細工が施されている。
檻の中に収容されているのは、人ではなく骨董遺物だ。
どれもが危険で魅惑的すぎるため、厳重な管理がされている。
もしも、この場に入ったのがココやノアでなければ、収容されている骨董遺物によって、たちどころに心を奪われていたに違いない。
一つ一つの檻の中を覗き込みながら、ココはお目当ての骨董遺物を見つけると唇の端を持ち上げる。
「この子を出して、ノア」
ノアは檻の鍵を解錠する。ココは優雅な足取りで中に入り、ケタケタ笑い声をあげているそれに近づくと手に取った。
「麗しい鏡のレディ。ここから出してあげる。仕事をしてちょうだい」
『いいわよぉ』
骨董遺物から聞こえてくるのは、甘ったるくて耳障りな声だ。
「あなたの活躍を楽しみにしているわ」
『んふふ……久しぶりのお仕事でワクワクしちゃうわ。それで、貴女はあたしになにをくれるの? その美しさ? 若さ? それとも寿命?』
「そのうちわかるわ」
ココはふふっと微笑むと、彼女を丁寧な手つきで檻の中から取り出した。
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