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2、シュードルフの秘宝
第9話
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ノアが落ち着いたのを見ると、ココはフレイソン大公爵に一歩近づいた。
「私は構いませんが……本当にシュードルフの家長を譲ってもよろしいのですか?」
「もちろんだ」
ココが内心ほくそ笑むと、横からステイシーが金切り声を上げた。
「さっさと父上に家督を引き渡しなさいよ、この薄ノロ!」
「残念なことに、シュードルフの家長は女性以外引き継げません」
ココが申し訳なさそうに言うと、ステイシーは理解が及ばず固まった。
「では、ポーラ殿に移したらいい」
「それも、無理なんです」
フレイソン大公爵の言に、ココは首を横に振った。
「なんでよ、ちゃんと説明しなさい!」
ステイシーにまくしたてられ、ココはためらいながら口を開いた。
「シュードルフ一族は建国当時から続く名家。奴隷、娼婦、罪人、処刑人など、引き継いではいけない出自の決まりがあります」
――これはココが作った嘘だ。
本来なら誰でも引き継げるが、それが家の秘密で決まり事なのだと言われれば誰も口出しできない。
「この場合ですと、ステイシーお義姉様にしか家長を引き継ぐことはできません」
ステイシーは非常に不安そうな顔つきになった。
家長になるということはつまり、議会に出なくてはならないし、難しいこともしなくてはならない。
昼からお茶を飲み夜にはパーティーにいくだけ、という生活ではいられなくなるのだ。
「そんなこと、あたしには不向きよ」
ぎゅっと下唇を噛みしめ、ニールにしがみつき半泣きになりながらステイシーは両親に視線を送る。
彼女の子どもじみた仕草をとがめるように、フレイソン大公爵が厳しい言葉を放った。
「ステイシー嬢、あなたが引き継ぐべきです」
「でも……」
「僕がついているよ、ステイシー。君が引き継いでくれなくては、結婚もできない」
婚約者に優しいことを言われて、ステイシーは少し思案するそぶりを見せたあとにうなずいた。
それを確認すると、ココは自身の耳についている宝石に触れる。
「家督を引き継ぐ場合は『シュードルフの秘宝』……このイヤリングもお渡ししなくてはなりません」
さらにココが口を開こうとしたところ、ステイシーが「いいわよ」と首を縦に振った。
ステイシーが手を叩くと、すぐさま羊皮紙と誓約文が用意される。
「あの、ですがまだ説明しなくてはならないことが――」
「うるさいわね。あたしのやる気があるうちにさっさと終わらせるわよ。あんたはすっこんでいなさい、邪魔よ!」
ステイシーが邪険にしたため、係の者が間に入ってくる。ココはそれ以上ステイシーに近づけないまま、立ち尽くすしかない。
そうこうしているうちに、フレイソン大公爵、ニール、そしてノアの署名が書かれた。
差し出されたそれに署名を求められ、ココは本当に大丈夫かを再度訊ねる。
早くするようにステイシーが金切り声をあげたため、ココは流麗な文字で署名をした。
こうして家長の移行はあっけなく完了した。
「では、『シュードルフの秘宝』を、ステイシー様にお渡しします」
ココはまず右耳のイヤリングをはずす。
「これは母からの形見……そしてシュードルフ一族に伝わる秘宝です。これがなければ、家長と認められません」
「もったいぶっていないで早くよこしなさいよ。それともまだニールに未練でもあるわけ?」
ステイシーが意地悪く口の端を持ち上げたが、ココは首を横に振った。
「いいえ。ですがこちらをつけたら最後、次のシュードルフの家長が決まるまでは、外せないし外してはいけません。いいですか、お義姉さま」
イライラしながら詰め寄ってくるステイシーに、ココは心配そうにした。
「あなたのことを心配しているのです。これは一見――」
「グズグズしていないでよこしなさい!」
ココの手からイヤリングをかっさらってから突き飛ばすと、ステイシーはそれを両耳につけた。
瞬間。
ステイシーに異変が起きた。
「――――――――っなに、なんなのこれ!」
彼女の白い肌がみるみる黒ずみ、縮れたようになっていく。
じゅうじゅうと焼けこげるような臭いとともに、ステイシーの肌から艶が消え、髪はごわごわになり、声がしゃがれていく。
会場内に悲鳴と怒声が沸き起こった。
「ステイシー!」
彼女に近づこうとしたニールは、皮膚の焼けこげる臭いに耐え切れず退却する。
「ニール助けて、なによこれ、なんでっ!」
ステイシーは、今や醜い化け物のような姿になった。
「どういうことだ、ココ・シュードルフ!」
フレイソン大公爵が腰に差していた剣を抜き払ったが、ノアのステッキに切っ先をはじかれる。
ノアの後ろから、凛とした声が会場に響いた。
「だから、本当にいいのかってお尋ねしましたのに……」
ステイシーに突き飛ばされたせいで、ココの髪はもつれてトークハットが外れていた。
しかし先ほどのごわついた髪の毛ではなく、うっとりするような豊かなストロベリーブロンドの髪の毛が流れ落ちている。
それらを手櫛で整えると、彼女は顔を持ち上げた。
「――っ!」
そこには、瞬きすら忘れるほどの美少女が立っていた。
ココに目を向けた誰もが言葉を失った。
「どういうことだ……ココなのか?」
目の前に現れた壮絶な美少女に、ニールの開いた口が塞がらない。
天使も顔を隠したくなるほどの美少女が、可憐に微笑んだ。
――艶めくストロベリーブロンドの長い髪。
――金色の虹彩を持ち、炎を内に含んだような朱色の鮮やかな瞳。
――陶器よりも滑らかな真っ白な肌。
化粧をしておらずとも、素の美しさと可憐さだけで高級ドレスを着こなせる、真の美貌。
これが、ココ本来の姿である。
「信じられない……」
ニールが困惑するその間にも、ステイシーは醜い叫び声をあげながら身体中を掻きむしっている。
肌の色は枯れ枝のようになり、金色だった髪の毛は白くごわついていた。
ココとステイシーが、まるで入れ替わったかのようになっている事実をその場の全員が目撃する。
不可解な現場に、会場中がざわめいていた。ステイシーに駆け寄っていたポーラは、ココの姿を見るなりものすごい剣幕で立ち上がった。
「ココ、貴様、娘に一体なにをした!」
ポーラの怒声に、ココはびくりと身体を震わせる。
本来の姿を取り戻した今なら、おびえた表情と仕草だけで、ココこそが被害者であると周りを信じさせることができる。
そして、実際にそうなった。
「私は構いませんが……本当にシュードルフの家長を譲ってもよろしいのですか?」
「もちろんだ」
ココが内心ほくそ笑むと、横からステイシーが金切り声を上げた。
「さっさと父上に家督を引き渡しなさいよ、この薄ノロ!」
「残念なことに、シュードルフの家長は女性以外引き継げません」
ココが申し訳なさそうに言うと、ステイシーは理解が及ばず固まった。
「では、ポーラ殿に移したらいい」
「それも、無理なんです」
フレイソン大公爵の言に、ココは首を横に振った。
「なんでよ、ちゃんと説明しなさい!」
ステイシーにまくしたてられ、ココはためらいながら口を開いた。
「シュードルフ一族は建国当時から続く名家。奴隷、娼婦、罪人、処刑人など、引き継いではいけない出自の決まりがあります」
――これはココが作った嘘だ。
本来なら誰でも引き継げるが、それが家の秘密で決まり事なのだと言われれば誰も口出しできない。
「この場合ですと、ステイシーお義姉様にしか家長を引き継ぐことはできません」
ステイシーは非常に不安そうな顔つきになった。
家長になるということはつまり、議会に出なくてはならないし、難しいこともしなくてはならない。
昼からお茶を飲み夜にはパーティーにいくだけ、という生活ではいられなくなるのだ。
「そんなこと、あたしには不向きよ」
ぎゅっと下唇を噛みしめ、ニールにしがみつき半泣きになりながらステイシーは両親に視線を送る。
彼女の子どもじみた仕草をとがめるように、フレイソン大公爵が厳しい言葉を放った。
「ステイシー嬢、あなたが引き継ぐべきです」
「でも……」
「僕がついているよ、ステイシー。君が引き継いでくれなくては、結婚もできない」
婚約者に優しいことを言われて、ステイシーは少し思案するそぶりを見せたあとにうなずいた。
それを確認すると、ココは自身の耳についている宝石に触れる。
「家督を引き継ぐ場合は『シュードルフの秘宝』……このイヤリングもお渡ししなくてはなりません」
さらにココが口を開こうとしたところ、ステイシーが「いいわよ」と首を縦に振った。
ステイシーが手を叩くと、すぐさま羊皮紙と誓約文が用意される。
「あの、ですがまだ説明しなくてはならないことが――」
「うるさいわね。あたしのやる気があるうちにさっさと終わらせるわよ。あんたはすっこんでいなさい、邪魔よ!」
ステイシーが邪険にしたため、係の者が間に入ってくる。ココはそれ以上ステイシーに近づけないまま、立ち尽くすしかない。
そうこうしているうちに、フレイソン大公爵、ニール、そしてノアの署名が書かれた。
差し出されたそれに署名を求められ、ココは本当に大丈夫かを再度訊ねる。
早くするようにステイシーが金切り声をあげたため、ココは流麗な文字で署名をした。
こうして家長の移行はあっけなく完了した。
「では、『シュードルフの秘宝』を、ステイシー様にお渡しします」
ココはまず右耳のイヤリングをはずす。
「これは母からの形見……そしてシュードルフ一族に伝わる秘宝です。これがなければ、家長と認められません」
「もったいぶっていないで早くよこしなさいよ。それともまだニールに未練でもあるわけ?」
ステイシーが意地悪く口の端を持ち上げたが、ココは首を横に振った。
「いいえ。ですがこちらをつけたら最後、次のシュードルフの家長が決まるまでは、外せないし外してはいけません。いいですか、お義姉さま」
イライラしながら詰め寄ってくるステイシーに、ココは心配そうにした。
「あなたのことを心配しているのです。これは一見――」
「グズグズしていないでよこしなさい!」
ココの手からイヤリングをかっさらってから突き飛ばすと、ステイシーはそれを両耳につけた。
瞬間。
ステイシーに異変が起きた。
「――――――――っなに、なんなのこれ!」
彼女の白い肌がみるみる黒ずみ、縮れたようになっていく。
じゅうじゅうと焼けこげるような臭いとともに、ステイシーの肌から艶が消え、髪はごわごわになり、声がしゃがれていく。
会場内に悲鳴と怒声が沸き起こった。
「ステイシー!」
彼女に近づこうとしたニールは、皮膚の焼けこげる臭いに耐え切れず退却する。
「ニール助けて、なによこれ、なんでっ!」
ステイシーは、今や醜い化け物のような姿になった。
「どういうことだ、ココ・シュードルフ!」
フレイソン大公爵が腰に差していた剣を抜き払ったが、ノアのステッキに切っ先をはじかれる。
ノアの後ろから、凛とした声が会場に響いた。
「だから、本当にいいのかってお尋ねしましたのに……」
ステイシーに突き飛ばされたせいで、ココの髪はもつれてトークハットが外れていた。
しかし先ほどのごわついた髪の毛ではなく、うっとりするような豊かなストロベリーブロンドの髪の毛が流れ落ちている。
それらを手櫛で整えると、彼女は顔を持ち上げた。
「――っ!」
そこには、瞬きすら忘れるほどの美少女が立っていた。
ココに目を向けた誰もが言葉を失った。
「どういうことだ……ココなのか?」
目の前に現れた壮絶な美少女に、ニールの開いた口が塞がらない。
天使も顔を隠したくなるほどの美少女が、可憐に微笑んだ。
――艶めくストロベリーブロンドの長い髪。
――金色の虹彩を持ち、炎を内に含んだような朱色の鮮やかな瞳。
――陶器よりも滑らかな真っ白な肌。
化粧をしておらずとも、素の美しさと可憐さだけで高級ドレスを着こなせる、真の美貌。
これが、ココ本来の姿である。
「信じられない……」
ニールが困惑するその間にも、ステイシーは醜い叫び声をあげながら身体中を掻きむしっている。
肌の色は枯れ枝のようになり、金色だった髪の毛は白くごわついていた。
ココとステイシーが、まるで入れ替わったかのようになっている事実をその場の全員が目撃する。
不可解な現場に、会場中がざわめいていた。ステイシーに駆け寄っていたポーラは、ココの姿を見るなりものすごい剣幕で立ち上がった。
「ココ、貴様、娘に一体なにをした!」
ポーラの怒声に、ココはびくりと身体を震わせる。
本来の姿を取り戻した今なら、おびえた表情と仕草だけで、ココこそが被害者であると周りを信じさせることができる。
そして、実際にそうなった。
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