骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

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1、ココと黄金の骨董品たち

第5話

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「わたしもランフォートの地位についてみてわかったけれど、このポジションが骨董遺物に耐性のある者のみというのも納得できるよ。彼らは死ぬほど危ないからね」

「そうね。ノアに耐性をつけておいて良かったわ」

「それはココのおかげだよ」

 前哨障壁バービカンを抜け、いくつかの隔壁のアーチをくぐる。広い中庭ベイリーを通り、居城の建物正門にたどり着く。

 木製の大きな扉を開ける前に、ノアは立ち止まって開けるのをためらった。

「どうしたの?」

「開けて三秒カウントするから、わたしの手に従って飛びのいてほしい」

「はい?」

「そうじゃないと、大やけどすることになるから」

 ノアがギギギと途中まで扉を引くと、反動が付いたのか勝手に観音開きの入り口は手前に開いてくる。ココの隣にノアは戻ってくると、数をカウントし始めた。

「一……」

 ノアの唇が動いた瞬間、目の前から炎をまとったなにかが猛烈な勢いで走ってやってくるのがココの目にも見える。

「二」

 突進してくるそれが、火を噴く甲冑だとわかった時には、ノアが「三」と言っていた。

 ココはノアの腕にしがみつきながら、大きく後ろに飛びのく。

 火を噴く甲冑は目にもとまらぬ速さで入り口を通過して……と思いきや、ノアの伸ばした長い脚にけつまずき、派手な音を立てながらバラバラになって地面に転がり落ちた。

 唖然としたままココが固まっていると、ノアはうっとうしそうにしながら、崩壊している甲冑を一瞥した。

「早く行こう、ココ」

 パーツごとに粉々になった甲冑は、見ているうちに足元から勝手に組み直されて立ち上がり始める。

 慌てたように頭を探して両手を動かしているが、ノアは足元に転がっていた頭をポーンと軽やかに蹴り飛ばした。

『ああっ伯爵ひどい!』

 狼狽えたような声が甲冑から聞こえてくる。

「客人だ。攻撃するな」

 ノアはそれだけ言うと、ココの手を取って入城して扉を閉める金具を押す。すると後ろで扉がぴったりと閉じ、甲冑は城外に締め出されてしまった。

「……あのままでいいの?」

「見境なく攻撃するんだよ、あのバカ甲冑。そのうち、どこからか戻ってくるから大丈夫さ」

「ならいいけれど」

 ココが正面に向き直ろうとすると、ノアは立ちふさがるようにしてくる。

「ようこそランフォート城へ。ココ・シュードルフ聖公爵令嬢様」

 ノアは言いながら一歩横に退く。

 左右に広がる馬蹄型のサーキュラー階段が目に飛び込んだ。

 そして階段の手前に浮かんでいるものを見るなり、ココは口の端を持ち上げた。

 ――空中に浮かび上がる蝋燭。

 ――踊るように回転しながら舞っているドレス。

 ――掃除をしている箒やちりとりたち……。

 それらを眺めていると、足元には手桶やタオルたちが勝手にやってくる。

 湯気を吹かせたケトルが、彼らのうしろからてとてと歩いてきて、桶に熱いお湯を入れ始めた。

 家令スチュワードの姿を探すが、人影さえ見当たらない。

 つまり、彼らは自主的に動いている。

 水を入れた甕までもがこちらに向かって走ってくる。するとひしゃくが勝手に桶に水を足してちょうどいい温度に調整しだした。

 その様子を見ながら、ノアが口元を緩める。

「ココ。長旅お疲れ様。と言ってもそれほど遠くはなかったけれど。ひとまず手洗いすると道具たちは喜ぶよ」

 彼らを眺めていた次の瞬間、一斉に声がココの耳に届いた。

『客人客人!』

『手を洗って! とっても気持ちいい温度にできたわ!』

『ノアは使ってくれないから、お嬢さん使ってよ!』

 口々に言われて、ココはうんうんとうなずきながら手を洗う。

「本当だ。ちょうどいい温度。ありがとう、みんな」

 桶から手を離すと、自主的にやってきたタオルがココの手をぬぐっていく。

『客人喜んだ!』

『ほめられたわ! やっぱり私で沸かしたお湯は最高よ!』

『久しぶりに使ってもらってうれしい!』

 彼らはひとしきり喜んで踊るように舞うと、役目を終えたと言わんばかりにさっさと退散していく。

「どうかな、この城は?」

「想像以上に賑やかみたいね」

 ニヤッとノアは笑い、再度ココの手を引いた。

「天使様と会って、ココはなんの願いをかなえてもらうんだい?」

「骨董遺物たちに、私の言うことを聞かせる力をもらうのよ」

 するとノアは表情を明るくした。

「なるほど……たしかに、復讐にはもってこいの能力だね」

 ノアと合流したのはそのためだ。

 二人はお互いに助け合って、憎い相手を蹴散らすつもりでいる……それも、彼らに復讐だと気付かれないような方法で。

 そのためにも、ココはランフォート城で天使様に会う必要があった。

「自分たちがゴミ同然に扱っていた人間から、ゴミ以下の扱いで捨てられる気分は、どんな感じかしらね」

 今から見ものだ。
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