骨董姫のやんごとなき悪事

神原オホカミ【書籍発売中】

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1、ココと黄金の骨董品たち

第3話

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 ――骨董遺物アンティークジェム


 この国に存在している彫金の施された道具類で、そう呼ばれている特別なものがある。

 金山から採れた金ではなく、守護天使様の『黄金の涙』で作られた彫金細工のみを示す言葉だ。

 骨董遺物は、人々に恵みと感謝を伝えると国教の聖典に伝えられている。

 そして建国当時より、王の命令でそれらを作っていた彫金術師こそが、シュードルフ一族だ。

 裏を返せば、シュードルフのみが骨董遺物を扱う特許を持っていた。

 しかし骨董遺物アンティークジェムは、時代が下るにつれて、人を悪い方向に魅了するという弊害をもたらすようになってしまった。

 不思議な力を持つ骨董遺物を人々は制御できず、数百年ほど前に不思議な骨董品によって国内が混乱してしまう。

 内乱にまで発展する勢いになったことで、国を支えてきたはずのシュードルフ一族は、一転して弾劾されるようになった。

 誤った使いかたをしたせいで骨董遺物が暴走したのに、当時の王と国民は制作者であるシュードルフ一族に責任を押し付けた。

 以来、ココの一族たちは聖公爵という特別な立場にもかかわらず、日の目を見ることがなくなった。

 そして彫金細工の技術までも奪われてしまった今となっては、それほどあからさまに差別されることはない。

 いずれにしても、謎めいたいにしえの一族とあり、人々から畏れられているのはいつの時代も同じだ。



「――そうです、このイヤリングは骨董遺物で間違いありません」

 ココが付け加えると、ノアは「素晴らしい」とため息を吐いた。

 ココの先祖が弾劾されるより少し前のことだ。

 国民の千人に一人ほどの割合で、骨董遺物に対する耐性を持つ者が生まれることがわかった。

 その特性を生かし、問題のある骨董遺物を蒐集し、管理する役割を与えられたのが『ランフォート聖伯爵』の始まりだ。

 つまりノアこそ、骨董遺物を蒐集する権限を王から与えられている人物である。

「それならばなおのこと、ランフォート城で管轄すべきでしょう」

「できません。これは、シュードルフ一族が先祖代々所有するものです」

 ココが渋ると、ステイシーが怒り狂った表情になった。

「外せないのなら、耳を切り落とすかお前ごと売られたらいいわ!」

 身売りしろという遠回しなステイシーの発言に、マッソンとポーラは間髪入れずに「名案だ!」と歓喜した。

 ココは驚くふりをしつつ、内心あきれ返っていた。

 両親たちは今まで邪険にしていたのを忘れたのか、手のひらを返したようにココの有能さをアピールし、ノアに買ってもらおうとし始める。

 さすがにノアはびっくりしたようだが、冷静にコホンと一つ息を吐いた。

「彼女ごと貰い受けるとなると、違法な人身売買になってしまいます」

 ノアの発言に、一家は明らかに落胆した表情になる。

 場に微妙な空気が流れたところで、ノアがゆっくりと口を開く。

「なので、わたしが彼女の後見人になるというのはいかがでしょう?」

「素晴らしい提案です!」

 尊敬のまなざしでノアを見つめながら、マッソンは頬を紅潮させて手を叩いた。

「ではイヤリングの代金は、ステイシー嬢の婚約パーティーの際にお持ちします」

 すぐに金貨が手に入るとわかり、シュードルフ一家は、喜びでニヤニヤが止まらなくなっている。

 契約書を作る手間も惜しいマッソンが、羊皮紙を取り出してきてココの身柄を引き渡す旨を一筆したためた。

 ノアはそれにすらすらとサインを走らせる。これで、ココはノアの管理下に置かれたことになる。

「ではランフォート城に戻りますので、お嬢さんも一緒に来てください」

 身支度を済ませるようにポーラに怒鳴られ、ココは部屋に戻ると少ない荷物をトランクに詰め込む。

 玄関に到着すると、ノアはすでに豪華な馬車に乗り込んでいた。

 ココはシュードルフ邸に向かって振り返る。

 別れを告げようとするが、ステイシーに早く出て行くようにと強く背中を蹴り飛ばされた。

 マッソンを見たが、気味の悪い娘を追いだせると思っているのか、安堵の表情が浮かんでいる。

 とても、娘と別れてしまうことを悲しんでいる顔ではなかった。

「さようなら」

 ココの挨拶に、彼らはふんと鼻を鳴らしただけだ。

 娘を金儲けに使っておいてその態度かと思ったが、ココは律儀に一礼する。

 だがそれは、感謝の意を示すためではなく、笑ってしまった顔を隠すためだ。

(……さようなら、次に会う時が楽しみね)

 金色の装飾があちこちに施されているランフォート邸の馬車に乗り込むと、ノアの手がココを掴んだ。

 扉を閉めるなり、ノアが近づいてくる。

「――会いたかった、ココ」

「わたしもよ」

 ノアは瞳を潤ませながらココの手の甲に恭しく口づけし、彼女を強く抱きしめた。
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