5 / 68
1、ココと黄金の骨董品たち
第2話
しおりを挟む
*
ランフォート伯爵自ら祝いの品を持ってくると予想していなかったステイシーは大慌てだ。
急いでお茶の準備をするよう怒鳴られたココは、準備を済ませると応接間に運んだ。
ノックとともに入室しようとしたのだが、ポーラに先を拒まれた。
「あんたは気持ちが悪いんだからすっこんでな! もう一人の侍女はどうしたんだい!」
「先ほど怪我をしたので、執事長が手当をしています」
来客に驚いたステイシーは、すぐさま上等なドレスに着替えることにした。
その着替えを手伝った侍女がもたもたしたのが気に食わなかったらしく、つき飛ばしてしまった。運悪く侍女は家具の角に頭をぶつけて切ってしまい、さらに脳震盪を起こしている。
「どいつもこいつも、使えないやつらばかり。もういい、お前も下がってなさい」
追い返されそうになっていると、室内からポーラを呼ぶ青年の声が聞こえてきた。
「ポーラ夫人、早くこちらにいらしてください」
それは、穏やかな昼下がりの木漏れ日を連想させる柔らかい声だ。名前を呼ばれたポーラは、途端愛想笑いを浮かべて上品な奥様といった表情になる。
「お茶の準備をと思いまして」
「使用人に任せましょう。せっかくですから、お三方に見ていただきたいのです」
再度室内から来るように呼ばれてしまい、ポーラはココに給仕をさせるしかないと観念したようだ。
「お前、ランフォート伯爵の前で粗相をしたらただじゃおかないからね」
「わかっております」
念を押してくる彼女の後ろから、ココはワゴンを押して静かに入室すると、お茶の用意を始める。
机をはさんで向かって右手にはシュードルフ一家が。そして左手には上等な衣服に身を包んだ靑年が座っている。
(……ノア・ランフォート伯爵)
ステイシーが魂を抜かれたような顔をしているのも納得できる。
ソファに座る三人に話しかけているのは、人形かと思うような麗しい造形の青年だ。
通った鼻筋と左目の横にある泣きぼくろが印象に残る。闇色の髪に縁どられた肌は陶器のように滑らかだ。
灰銀色の涼やかな瞳で、卓上の品物を見つめながら解説している姿は、まるで天使が絵から抜け出てきたように優雅だった。
彼が醸し出す圧倒的な雰囲気に、シュードルフ一家は気おされてしまっている。
テーブルの上にカップを置いていくと、ランフォート伯爵が「ありがとう」と言いながらココを見上げ、そしてはたと手を止めた。
その一連の様子を見るなり、ポーラは血相を変える。
「おや、貴女は素敵なイヤリングをお付けになっていますね」
化け物と叫ばれるココの外見に驚かず、ノアは何事もなかったように笑顔を崩さなかった。
「それはその娘の母のものですの」
ポーラが気まずそうに説明すると、ノアが「へえ」と口元を緩める。
「素晴らしいデザインですね。彫金細工でしょうか。珍しいデザインですし、金貨百枚で買い取りができれば……と、失礼なことを言って申し訳ございません。つい、工芸品には目がなくて」
金貨百枚という言葉に、マッソンはじめ、ポーラとステイシーの目の色が変わる。
日々困窮に直面しているため、欠けているような銅貨でさえ、彼らは喉から手が出るほど欲しいのだ。
「伯爵様! よろしければその娘のイヤリングをお売りしますが、いかがでしょう」
マッソンは下心丸出しの下卑た笑みになりながら、ココの許可もなしにとんでもない提案を始めてしまった。
一瞬驚いたように瞬きをしたノアは、そのすぐ後にはちみつのような甘い笑顔になる。
「よろしいのですか?」
早速話を始めようとする二人に割って入るように、ココは口を開いた。
「これは、いにしえの力を持つ彫金細工です。私の力では物理的に外すことができません」
事実、ココは自分の耳についているイヤリングを外せない。もちろん、それには深い事情があった。
すると、ココの言を聞いたノアの目がきらりと輝いた。
「……つまり、骨董遺物ということですね?」
ノアの一言に、なんとも言えない空気が漂った。
ランフォート伯爵自ら祝いの品を持ってくると予想していなかったステイシーは大慌てだ。
急いでお茶の準備をするよう怒鳴られたココは、準備を済ませると応接間に運んだ。
ノックとともに入室しようとしたのだが、ポーラに先を拒まれた。
「あんたは気持ちが悪いんだからすっこんでな! もう一人の侍女はどうしたんだい!」
「先ほど怪我をしたので、執事長が手当をしています」
来客に驚いたステイシーは、すぐさま上等なドレスに着替えることにした。
その着替えを手伝った侍女がもたもたしたのが気に食わなかったらしく、つき飛ばしてしまった。運悪く侍女は家具の角に頭をぶつけて切ってしまい、さらに脳震盪を起こしている。
「どいつもこいつも、使えないやつらばかり。もういい、お前も下がってなさい」
追い返されそうになっていると、室内からポーラを呼ぶ青年の声が聞こえてきた。
「ポーラ夫人、早くこちらにいらしてください」
それは、穏やかな昼下がりの木漏れ日を連想させる柔らかい声だ。名前を呼ばれたポーラは、途端愛想笑いを浮かべて上品な奥様といった表情になる。
「お茶の準備をと思いまして」
「使用人に任せましょう。せっかくですから、お三方に見ていただきたいのです」
再度室内から来るように呼ばれてしまい、ポーラはココに給仕をさせるしかないと観念したようだ。
「お前、ランフォート伯爵の前で粗相をしたらただじゃおかないからね」
「わかっております」
念を押してくる彼女の後ろから、ココはワゴンを押して静かに入室すると、お茶の用意を始める。
机をはさんで向かって右手にはシュードルフ一家が。そして左手には上等な衣服に身を包んだ靑年が座っている。
(……ノア・ランフォート伯爵)
ステイシーが魂を抜かれたような顔をしているのも納得できる。
ソファに座る三人に話しかけているのは、人形かと思うような麗しい造形の青年だ。
通った鼻筋と左目の横にある泣きぼくろが印象に残る。闇色の髪に縁どられた肌は陶器のように滑らかだ。
灰銀色の涼やかな瞳で、卓上の品物を見つめながら解説している姿は、まるで天使が絵から抜け出てきたように優雅だった。
彼が醸し出す圧倒的な雰囲気に、シュードルフ一家は気おされてしまっている。
テーブルの上にカップを置いていくと、ランフォート伯爵が「ありがとう」と言いながらココを見上げ、そしてはたと手を止めた。
その一連の様子を見るなり、ポーラは血相を変える。
「おや、貴女は素敵なイヤリングをお付けになっていますね」
化け物と叫ばれるココの外見に驚かず、ノアは何事もなかったように笑顔を崩さなかった。
「それはその娘の母のものですの」
ポーラが気まずそうに説明すると、ノアが「へえ」と口元を緩める。
「素晴らしいデザインですね。彫金細工でしょうか。珍しいデザインですし、金貨百枚で買い取りができれば……と、失礼なことを言って申し訳ございません。つい、工芸品には目がなくて」
金貨百枚という言葉に、マッソンはじめ、ポーラとステイシーの目の色が変わる。
日々困窮に直面しているため、欠けているような銅貨でさえ、彼らは喉から手が出るほど欲しいのだ。
「伯爵様! よろしければその娘のイヤリングをお売りしますが、いかがでしょう」
マッソンは下心丸出しの下卑た笑みになりながら、ココの許可もなしにとんでもない提案を始めてしまった。
一瞬驚いたように瞬きをしたノアは、そのすぐ後にはちみつのような甘い笑顔になる。
「よろしいのですか?」
早速話を始めようとする二人に割って入るように、ココは口を開いた。
「これは、いにしえの力を持つ彫金細工です。私の力では物理的に外すことができません」
事実、ココは自分の耳についているイヤリングを外せない。もちろん、それには深い事情があった。
すると、ココの言を聞いたノアの目がきらりと輝いた。
「……つまり、骨董遺物ということですね?」
ノアの一言に、なんとも言えない空気が漂った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。
運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。
憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。
異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)
IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。
世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。
不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。
そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。
諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる……
人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。
夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ?
絶望に、立ち向かえ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる