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第1章 お互いに好きになってはいけません

第6話

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 修道院育ちのルティにとっては、男女が手を繋いだり腕を組んだりしていれば、もう立派に『熱愛』の部類だ。

 しかし、世間ではそうでもないのなら、認識を改めなくてはならない。
 どうしたらいいだろうとルティが首を傾げたところで、レイルはものすごく真剣な面持ちで身を乗り出してきた。

「僕も『熱愛アピール』の方法をずっと考えていたんだけど、『キス』したらいいんじゃないかな?」

「……はあっ!?」
「えっ……!?」

 予想の斜め上の提案に、オーウェンもルティも大きな声を出した。レイルはニコニコ笑いながら、大きく手を振る。

「さすがに唇にしろとは言わないよ。でも、頬とか手とかはどうだろう。キスは恋人たちにとっても愛情表現の一つだし、親密さが顕著に表現できると思う」

 突然のことに、ルティの頭は真っ白になった。

 さすがに人前でキスは恥ずかしい。それがたとえ本当に好き同士で、手や頬だったとしても。
 だがその間にも、レイルは真剣に説明を始めてしまった。

「生き物たちは、身体をくっつけたり毛づくろいをしたり、相手をつついたりするでしょう?」
「ええ、まあそうですね」
「親密な触れあいを人間で応用させると『キス』になるわけだよ!」

 レイルはルティとボーノを交互に見る。

「ルティ嬢も、ボーノ君のことを愛しいと思うと、思わずキスしてしまうでしょう?」
「た、たしかに……!」

 話題の中心になったボーノはというと、昼寝の時間のためすぴーすぴーと寝息を立てて、気持ちよさそうにお腹を出して寝ている。

 ルティが納得しかけていると、オーウェンはぎょっとした様子で目を見開いた。

「待て、二人とも。さすがに演技で仕事だとはいえ『キス』はまずい」

 オーウェンが怖い顔をしながらレイルに詰め寄るが、彼は「甘いよ、オーウェン」と人差し指を立ててと左右に振った。

「悠長なこと言ってられないでしょう? クオレイア家の存続がかかっているんだよ」
「だが、人間だったら言葉で愛を伝えあうのも有効だ」
「そこまで言うならやってみてよ」

 レイルに言われて、オーウェンは有名な劇の台詞を口にした。

「……『必ズ君ヲ幸セニスルカラ、コレカラモズット、ワタシと一緒ニ居ヨウ』……」

 どうだと言わんばかりに腕組みし、じろっとルティをにらんでくる。
 もちろん、馬車は沈黙で包まれた。

「なんとか言え、レイル」
「えっ、オーウェン。まさか今のが君の本気の演技だって言わないよね!?」
「わたしはいつだって本気に決まっている」
「う、嘘だろ!? どうやっても大根役者じゃないか!」

 さすがにルティもここまでひどいとは思っていなかった。子どもたちの演劇のほうがもうちょっと可愛げがあるに違いない。

 レイルは複雑怪奇な顔のまま引いて、言葉で愛を伝えあう作戦を「却下!!」と即座にボツにした。馬車内が不穏な重たい空気に包まれる。

「いいかい、オーウェン。そんな演技でみんなを騙せると思わないほうがいい。ひとまず、ルティ嬢の手を取って挨拶してみてくれる?」

 オーウェンはものすごく嫌そうな顔をした。しかしレイルが首を切る仕草をして見せると、ルティの手を掴むなり美しい顔を近づける。

(う、うわ……!)

 初めて男性にそんなことをされたルティは、驚きのまま固まった。

「これでいいか?」

 かなり顔が近づいたところで、オーウェンは止まってムスッとしながらレイルを睨みつけた。

「怖い顔以外は合格。そっち採用。むしろすごくイイ。とっても『熱愛』っぽい」

 レイルは真顔で唸るように何度も頷く。

「『熱愛アピール』の方法は『キス』で万事オッケーだよ! ルティ嬢もそう思うでしょう?」

 突然同意を求められたルティは気が動転してしまって口がうまく回らない。ひとまずオーウェンに握られている手を引っ張って自分の元に戻す。

「わ、私には恋人がいたことがないのでよくわかりませんが、街中で恋人が『キス』しているのは時々見かけます! なので、レイルさんの案は素晴らしいと思います!」

 オーウェンは目を見開いて「ちょっと待て、ちっともよくない!」と慌てている。

「それ以外にないって! 仕事なんだからしっかり演技してくれたらいいんだよ」
「そ、そうですね……!」

 ルティもどれが正解かわからずワタワタしてしまい、なにがなんだかわからなくなって「演技・ふり・お芝居」を繰り返しているレイルに同意していた。

「コルボール伯爵令嬢、トンチンカンなのもいい加減にしてくれ!」
「でも、オーウェン様。仕事ならやるしかないですよね!? お家の命運がかかっているんですよね?」
「ルティ嬢も承諾してくれているのに、君がやらないとか言うわけ?」

 レイルに言われて、オーウェンは唸る。

「コルボール伯爵令嬢は、本当にそれでいいのか?」
「大丈夫ですよ。ふりでいいんですし。演技・ふり・お芝居……うん、大丈夫です!」

「……わかっていないとは逆に恐ろしいな……」

 オーウェンは複雑な顔をして押し黙る。レイルはポンポンと手を打った。

「じゃあ二人とも、この調子で本番も頑張ろう! というわけで、屋敷に到着する前に、ルティ嬢のことを呼び捨てにする練習をしよう!」
「はぁ!?」

 オーウェンは抗議の声を上げたが、レイルが止まる様子はない。水を得た魚のようにいきいきし始める。

「オーウェンは顔が怖いし、ルティ嬢は恋している乙女の顔じゃないからダメダメ。ビシバシするよ!」

 目的地に着くまでの間、レイルの調子に呑まれっぱなしになりながら、『愛しあっている恋人』の演技特訓をすることになっていた。
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