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第1章 お互いに好きになってはいけません

第4話

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 オーウェン本人が直々に修道院に迎えに来るという当日。

 今日からルティは住まいをクオレイア公爵邸に移し、周囲に向けて本格的に『熱愛アピール』をすることになる。

 修道院のみんなに事情を説明すると、ルティがもともと伯爵家の出自ということもありすんなり受け入れられてしまった。

 むしろそういうことなら、修道院にいないで貴族と結婚しちゃいなさいよと、背中を押されてしまう始末だ。

 片手で足りるほどの人数の森の中の小さい修道院というのもあって、大きく噂になることはないだろう。それにみんな、非常に優しく良識のある年上の人々だ。

 弟を一人残していくことになるが、それも心配は要らないだろう。

 公爵家が絡んでいるとなれば、おかしな噂や憶測がされそうだったが、今回の件においては功を奏しそうだ。

 迎えの時間になると、修道院まで続く道を馬が歩いてくるひづめの音が聞こえてくる。大きな馬車が道の向こうからやってくるのが見える。

 立派な黒毛の馬からも気品が感じられるような気がして、ルティの背筋が伸びた。金の装飾が上品にほどこされた馬車の中から現れたのは、オーウェンとレイルだ。

「ルティ嬢、五日ぶりだね。お迎えに上がりました!」

「レイルさん、これからよろしくお願いします!」

 敷地の外で待っていたルティは、レイルに丁寧にお辞儀をした。

「では早速、荷物の積み込みを手伝うよ。ルティ嬢がドレスに着替え終わったら、クオレイア侯爵邸に向かおう」

 笑顔のレイルに向かって、ルティは手に持っていた鞄をひょいと持ち上げて、スカートのすそをつまんだ。

「荷物はこれだけですし、着替えもすんでおります」

 ルティの格好は質素なブラウスに、水色のジャケットとロングスカート。

 足元に至っては、歩きやすさ重視でスクエアトゥーのレースアップのショートブーツだ。

「ん、ええっと……」

「すみません。これ以上上等な服は持ち合わせておらず」

 なにしろルティは本家乗っ取りをたくらんでいた親戚によって、修道院に押し込められてしまった身。なにも持たせてもらえなかったとも言える。

 レイルはこれでいいのか訊ねようと、隣で頭を抱えていたオーウェンに近寄ってこそっと耳打ちする。

「完全に平民服! どうするオーウェン?」

「……いい。ひとまずあの恰好で連れていく」

「あとで着替えればいいか。道中で言い訳を考えておくよ」

「頼む」

 レイルはルティに向き直ると笑顔になった。

「それではルティ嬢、馬車の中へどうぞ……っと、その前に、足元にいる黄色い物体も持っていくのかな?」

 レイルの視線の先には、小さくてふわふわな毛並みの生き物がちょこんと座っている。

 可愛らしい鼻を上に向けて、くりくりの瞳をしばたたかせているのは真珠豚のボーノだ。ルティはボーノを持ち上げると、レイルの目の高さまで掲げた。

「真珠豚で名前はボーノです。とても貴重な種類の子なんですよ!」

 自分と揃いの薄青色のリボンをつけた相棒を、ルティは自慢げに紹介する。

 ボーノは『ぷぷぷぷんっ!』と鳴いてレイルに挨拶した。瞬間、レイルは目を真ん丸に見開いた。

「食事も保証するから、食料まで持ち込まなくても大丈夫だよ!」

『ぶっ ぶぶぶっ!』

 食べ物と勘違いされたボーノは、目を潤ませてぶるぶる震え始める。ルティはあわててボーノをぎゅっと抱え込んだ。

「食用じゃありません! たしかに、栄養をつけてもらう目的で弟に食べさせようと手に入れましたけど、今は私のよき理解者で薬草採りの名人で、もふもふ担当でとにかくかわいい――」

 レイルはティの説明を聞きながら、またもや助けを求めるようにオーウェンに視線を向けた。

 オーウェンは腕組みをしながら額に青筋を浮かべている。口元がぴくぴく動いていることから、なにか言いたいのがレイルには見て取れた。

「…………その豚も連れていく」

 オーウェンは一拍おいてから、怒りを収めるようにゆっくりと告げた。しかしそのオーウェンにルティは突っかかる。

「ちょ、ですから豚じゃないですってば!」

「どこが違うんだ?」

「どこをどう見たって、豚じゃなくて真珠豚じゃないですか」

「真珠色をしていないだろうが」

「クリーム色の真珠豚なんです! だから愛くるしさが天井知らずで」

「ああ、もういい。ひとまず急ぐぞ」

 訂正を求めるルティを無視し、オーウェンは彼女の鞄をひょいとつまみ上げると早足に馬車に向かってしまった。

「ねぇ、オーウェン様! ボーノは――」

 踵を返したオーウェンのあとに続き、ルティは必死になってボーノが真珠豚であることを説明する。

 オーウェンも軽く受け流せば済むのに言い返すものだから、二人の無駄な口論はヒートアップしていた。ボーノはというと、ルティに抱きかかえられながら気の抜けた顔をしている。

 そんな二人の姿を見ながら、レイルはポリポリと頬を掻く。

「……オーウェンが素で女性と話すの、ほんと珍しいな。これはもしかしてもしかすると……」

「レイル、なにしてるんだ!」

 怒ったようにオーウェンに名前を呼ばれて、レイルは苦笑いをかみ殺して慌てて馬車に乗り込んだ。
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