上 下
3 / 43

プロローグ

しおりを挟む
「あ、悪徳問屋だったんですか!?」

 ルティはブルーベリー色の瞳をくわっと見開き、紫金の髪の毛をガシッと掴んだ。
 彼女は週に二回、山で薬草やキノコなどの高級素材を見つけては、歩いて一時間かかる首都のガレッツィオまで売りに来ている。

 それなのだが、今日はなぜか問屋が閉まっていた。

 おかしいと思いノックを繰り返していると、やたらと顔のきれいな騎士の青年が中から出てきたのがついさっきの出来事だ。

 ルティは不愛想な青年騎士に不審者扱いされ、問屋内で事情聴取を受けることになってしまっていた。

 というのも、なんと問屋は法外な値段で品物を売買し、さらにその利益を隠して法律に反することに使っていたらしい。そういうことで、王弟殿下の調査が入っている最中だった。

 事情聴取をたった今終えて、品物の売買先が悪徳問屋だったというのを知ったルティの心境は複雑だ。

「……たしかに、ちょっと購入金額が安いなとは思っていましたけど。ひどいです」

 今まで買い叩かれていたとは思っていなかったため、ルティはへなへなと椅子の背もたれに寄りかかる。

「超希少なハミングマツタケを、この店で売ったばかりだったんですよ!」
「いくらで売ったんだ?」

 ルティが悔しがっていると、青年は資料を手繰り寄せて値段を確認する。

「金貨二枚です」
「そうか。どうやら相場は金貨十枚らしい」

 ルティは「うっ」と声を詰まらせるや否や、両手で顔を覆って天井を仰いだ。

 悔しさで震えてきそうなのをこらえ、深呼吸をしてから青年に向き合う。

「今まで買い叩かれたぶんの差額は、私のもとに戻ってきますか?」
「無理だろうな。どうしてもというなら問屋を訴えたらいい。多少は戻ってくる可能性もある」

 しかし、ルティはその提案に肩を落として首を横に振った。

「騙した相手も悪いですが、騙された自分の無知が招いたことです。これだから、世間知らずのお嬢様と言われてしまうわけですね」
「……お嬢様?」

 いまさらながら、自分が名乗っていないことに気付いてルティは慌てた。

「申し遅れました。私はルティ・コルボールと言います」
「まさか、あのコルボール伯爵令嬢か?」

 穴が開くほど見つめられて、ルティは気まずくなる。

「そのまさかの、コルボール伯爵令嬢です。元、ですけど」

 三百年前に当時の王朝を支えたコルボール家は、王国の旧家の名門貴族だ。

 現王朝にひっくり返る以前は、首都からほど近い緑豊かな領地を治めていた。
 名家のお嬢様のわりには、と言いたそうな含みのある視線を向けられて、ルティは身を縮めた。

 自分がただの町娘にしか見えないことを彼女自身よく知っている。青年の空色の瞳は、ルティに対する強い疑いを持っているように思えた。

「身分を偽っていると思われても仕方ないですよね、こんな格好ですし……ええと、証拠は……あっ!」

 ルティは今まで地面におとなしく座っていた、とある生き物を持ち上げる。青年に見えるように、机の上で腕を前に出してかざすようにした。

 クリーム色をした両手に余るくらいのサイズのそれは、尻尾をぱたつかせてぷぷぷぷん! と鳴いた。

「この子は私の相棒で、真珠豚のボーノといいます!」

 青年は本気でぽかんとしたあと、眉間にうっすらとしわを寄せる。

「…………ただの子豚に見えるのだが」

 ルティは青年の返しにムッとした。

「白くないだけで、れっきとした真珠豚です! それに高級キノコを探りあてる優秀な嗅覚を持っていて……と、話がそれましたが、ここを見てください。首輪に当家の紋章があります」

 ボーノの首元には、スプーンをかたどったコルボール家の家紋がついている。

「なるほど。君は本物のコルボール伯爵令嬢というわけか」
「……元、伯爵令嬢です」

 なぜ、と問うように青年に見つめられてしまい、ルティはこうなってしまったいきさつを彼に話し始める。

 ルティの両親は病気がちな幼い弟を残して、崖崩れに巻き込まれて四年前に他界してしまった。

 父が分家の当主と揉めていたということもあり、叔父と叔母に家財や土地をすべて取り上げられ、あっという間に修道院送りにされたのだ。

 不幸中の幸いだったのは、ルティが当時まだ成人していなかったことだろう。

 もしも成人していたのなら、確実にどこかの金持ちの貴族の後妻や妾にされていたに違いないのだから。

 しかしルティは助かっても、騎士を志していた弟としてはとんだとばっちりだ。

 騎士になることで身体の弱さや自己肯定感を補おうとしていた弟は、騎士学校への入学費用の工面ができないことを知ると、心を閉ざしさらに病に臥せりがちになってしまった。

 どうにかして弟に元気になってもらいたいルティは、修道女長と話し合いの末、弟のために資金調達する許可を得た。

 幼馴染の豪商の家で会計作業を手伝い、隙さえあれば山に薬草や高級キノコを採りに行き、毎日せっせと働いている状態だ。

「ですから、この高級なキノコが売れる場所がないんじゃ困りました」
「他の店を探すか、知人をあたってくれ」
「知人はほとんどいません。お店もここしか……」

 現当主である叔父が大枚をはたいて貴族連中を味方につけたせいで、ルティも弟も社交界では無視されている存在だ。

 事情をそれとなく察した青年は、それでも自分にはどうにもできないとばかりに首を横に振った。しかしそれでは困るので、ルティは食い下がらなかった。

「では、お仕事を紹介してもらえたりしませんか?」

 彼のたたずまいから滲み出る気品は、貴族で間違いないとルティは踏んでいる。コルボール家の家紋を見せて、一発で本物だと見抜いたのだから間違いない。

 であれば、メイドの手が足りていない大きな屋敷を所有する知り合いの、一人や二人くらいはいるはずだ。

「猫の手も借りたいくらいお困りの高貴なお知り合いとか、キノコをお探しの大富豪のかたとか」
「あいにくどこも手は足りている」
「ならば、一部のマニアックな人々の間で重宝されている、特別な薬草を大特価でお譲りします!」

 ルティが市場の客引きのように自信たっぷりに言うと、青年はあきれたように美しい眉をつり上げた。

「……そんな顔しなくても」
「ひとまず座ってくれ」

 困りながら下を向いていると、青年は薬草をやっとみる気になったのか、品物を見せてみろと口を開いた。

 まるでレースのように重なった、非常に美しい形の花弁を見せたとたん、彼は目を丸くした。

「これは、幻と言われる花じゃないのか?」
「そうです。劇薬にもなりますが、分量さえ守れば痛み止めとして大変有効だそうです。ただ、貴重すぎるので……」

 つらつらと説明していると、彼はいつの間にか身を乗り出すようにして、穴が開くほどルティを――正しくは手に持った薬草を凝視している。

「えっと、その……決して違法なものではありませんから、ね?」

 しげしげと見つめられて、ルティはすすすと身を引く。

 しばらく考えた素振りのあと、彼は手袋をした指でトン、と机を軽く叩いた。

「コルボール伯爵令嬢。君にぴったりの仕事を思い出した。引き受けてくれるなら、弟の入学資金の問題はなくなる」

 その言葉を耳に入れた瞬間、ルティは目を輝かせる。

「どんなお仕事でしょう!?」
「この先にあるクオレイア公爵家で、住み込みで三か月ほどの手伝いだ。その間の衣食住は保証するし、修道院には公爵が話をつけるから弟も心配ない」

 ルティがぱああと表情を明るくすると、「ただし」と青年は口の端をニヤッと持ち上げる。

「ただし、なんでしょう?」
「超、極秘任務だ」

 ルティは即座に「お任せください!」と返答していた。

 たった一人の家族である可愛い弟のためだったら、姉としてできる限りのことをしたい。

 幼くして両親を亡くしたルティは、家族を想う気持ちを人一倍強く持っていた。

 超極秘任務だろうがなんだろうが、いい案件には違いない。それも、公爵家ならば安全は保障されて当然、お給料もがっぽりだろう。

「守護聖人に誓ってなんっっっでもします!」

 騎士学校への入学日が差し迫る中、稼げることを躊躇する理由はない。ルティは後先考えず拳を握りしめていた。

「決まりだな。では、今からわたしの『恋人役』を演じてもらいたい」
「わかりました! ……――えっ!? はい?」

 言われたことが理解できず、ルティはあんぐりと口を開けた。そんな彼女にかまわず、青年は続ける。

「申し遅れたが、わたしはオーウェン・クオレイア。クオレイア公爵と呼ばれている」
「はいっ!?」

 身分が高いのは見てわかっていたのだが、まさか公爵家の跡取りとは。

「……おっしゃっていることの意味が、まったくわかりません」

 女性が見たら卒倒するような甘い笑顔を見せてきだが、目が笑っていないように思えてルティは身を引いた。なんだか悪寒がするが、絶対に気のせいではないだろう。

「ぜひ『恋人役』をよろしく頼む、ルティ・コルボール伯爵令嬢」

 ルティはあははと笑ったあと、笑顔をひきつらせた。

「元、伯爵令嬢で……というか、やっぱりお断――」
「今からわたしと君は『恋人』だ。聖人に誓ってなんでもするはずだったよな?」

 ぴしゃりと言われてしまい、ぐうの音も出ない。

 こうしてルティは、なかば強制的に公爵様の『偽恋人役』の仕事を引き受けることになってしまっていた。



ーーーーーーーーーーーーー

ちょっとまだ色々とまとまりきらないところがあるため
不定期更新で申し訳ないですがよろしくお願いしますm(__)m


神原
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する

紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。 私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。 その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。 完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。

恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。 初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。 「このままでは、妻に嫌われる……」 本人、目の前にいますけど!?

処理中です...