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第6章
第71話 今から行きます
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芽生は最寄り駅で陽とさようならをすると、まっすぐ家には帰らずに涼音の部屋へと向かった。メールで、〈今から行きます〉と伝えるだけ伝えて、心を決める。
歩いている間に、有紀にはバイトを休むことを連絡し、家族にも今日はどうしても向き合わないといけないことがあるから帰れないと伝えた。
芽生は涼音のマンションの前に立つと、深呼吸をした。返しそびれていたカードキーを使って、エントランスから中に入る。もう慣れ親しんだエレベーターのボタンを押して、目的の階へと着く。
エレベーターからは少し遠い涼音の部屋へと向かうと、念のためチャイムを押した。無反応だったのだが、芽生はカードキーを差し込むと、中に入るためにドアノブを押した。
「――なんで、帰ってきたんだよっ!」
ドアを開けて、芽生が中に入った瞬間、強い力で抱きしめられた。
「涼音さん!?」
苦しいくらいに抱きしめられて、そのぬくもりと懐かしい匂いに、芽生は涼音の背中へと手を回した。
「あのなあ、俺がいったいどんな気持ちでお前を手放したと思って……」
最後の方はしりすぼみになって聞こえないまま、涼音は芽生の名前を小さく呼んで、強く抱きしめ続けた。
***
「……ところで涼音さん、この部屋の惨状は一体……」
「うるせーな。小姑を迎え入れたつもりはない」
芽生は感動の再開の後に、まさか自分がこれほどまでに冷静になるとは思えなかった。いや、どこかで薄々感づいてはいたものの、この期に及んでそんなことは無いと思っていたのだが、ばっちり冷静さを取り戻さなくてはならない惨状が目の前にあった。
「もう、小姑でもなんでもいいです。何言われようと、涼音さんが好きです。お嫁さんっていう就職先は魅力的でしたが、私は涼音さんの恋人で家政婦で小姑で社員がいいです。涼音さん、ごめんね。ありがとう」
その芽生を抱きかかえると、涼音は寝室へと向かった。
「続きはベッドの上で聞いてやるよ。よっぽどお前は俺のことが好きらしいからな」
「な! 人が素直に話しているのに、なんだってそうやって、こういう時まで上から目線の俺様やろーなんですか!」
「すぐ黙らせてやる」
「減らず口、はげちゃえ!」
ベッドに押し倒されると、涼音は強く芽生を抱きしめる。その額にキスをして、ありがとうと小さく呟いた気がした。
「涼音さん、明日、会社休んでいいですか?」
「明日は祝日で休みだぞ。出勤したいなら止めないが」
「止めましょうよそこは」
「出勤できないけどな、今日は離さないから」
覚悟しろよ、と言われた唇は意地悪だけれども、その瞳には優しさがたっぷり含まれていた。芽生はしばらく涼音に抱きついたまま、その温もりを身体全部で感じていた。
「芽生、好きだよ」
「はい、知っています。私も好きです涼音さん……」
そのまま二人は、ゆっくりとお互いの温もりを分かち合っていった。
歩いている間に、有紀にはバイトを休むことを連絡し、家族にも今日はどうしても向き合わないといけないことがあるから帰れないと伝えた。
芽生は涼音のマンションの前に立つと、深呼吸をした。返しそびれていたカードキーを使って、エントランスから中に入る。もう慣れ親しんだエレベーターのボタンを押して、目的の階へと着く。
エレベーターからは少し遠い涼音の部屋へと向かうと、念のためチャイムを押した。無反応だったのだが、芽生はカードキーを差し込むと、中に入るためにドアノブを押した。
「――なんで、帰ってきたんだよっ!」
ドアを開けて、芽生が中に入った瞬間、強い力で抱きしめられた。
「涼音さん!?」
苦しいくらいに抱きしめられて、そのぬくもりと懐かしい匂いに、芽生は涼音の背中へと手を回した。
「あのなあ、俺がいったいどんな気持ちでお前を手放したと思って……」
最後の方はしりすぼみになって聞こえないまま、涼音は芽生の名前を小さく呼んで、強く抱きしめ続けた。
***
「……ところで涼音さん、この部屋の惨状は一体……」
「うるせーな。小姑を迎え入れたつもりはない」
芽生は感動の再開の後に、まさか自分がこれほどまでに冷静になるとは思えなかった。いや、どこかで薄々感づいてはいたものの、この期に及んでそんなことは無いと思っていたのだが、ばっちり冷静さを取り戻さなくてはならない惨状が目の前にあった。
「もう、小姑でもなんでもいいです。何言われようと、涼音さんが好きです。お嫁さんっていう就職先は魅力的でしたが、私は涼音さんの恋人で家政婦で小姑で社員がいいです。涼音さん、ごめんね。ありがとう」
その芽生を抱きかかえると、涼音は寝室へと向かった。
「続きはベッドの上で聞いてやるよ。よっぽどお前は俺のことが好きらしいからな」
「な! 人が素直に話しているのに、なんだってそうやって、こういう時まで上から目線の俺様やろーなんですか!」
「すぐ黙らせてやる」
「減らず口、はげちゃえ!」
ベッドに押し倒されると、涼音は強く芽生を抱きしめる。その額にキスをして、ありがとうと小さく呟いた気がした。
「涼音さん、明日、会社休んでいいですか?」
「明日は祝日で休みだぞ。出勤したいなら止めないが」
「止めましょうよそこは」
「出勤できないけどな、今日は離さないから」
覚悟しろよ、と言われた唇は意地悪だけれども、その瞳には優しさがたっぷり含まれていた。芽生はしばらく涼音に抱きついたまま、その温もりを身体全部で感じていた。
「芽生、好きだよ」
「はい、知っています。私も好きです涼音さん……」
そのまま二人は、ゆっくりとお互いの温もりを分かち合っていった。
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