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第5章
第50話 忘れ物
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すっかり疲れて寝ていた芽生は、涼音の胸に抱かれていることを認識した後に、恥ずかしさのあまり飛び上がった。
「わ、わ、わっ……!」
そのまま布団を出て行こうとして、しかしいうことを聞かない身体が布団にもつれて、掛布団ごとベッドから落ちそうになるのを、後ろから伸びてきた手に抱え込まれた。
「わ、わ、無理です、無理です恥ずかしくて!」
「芽生……お前ってやつはもう少し色気的な……もういいから、ひとまず落ち着いて寝てろ。無理すんな」
「でも、帰って夕飯の支度しないと」
「あーもう。携帯どこだ。今日は急きょ残業だと言っておけ。バイトないだろ、今夜は俺のそばにいろ」
立ち上がった涼音が芽生の鞄を持って来て、そこから携帯電話を取り出して芽生に渡した。
「弟たち、心配しちゃう」
「心配させておけ。あいつらだって子どもじゃないんだから」
でもという芽生を押し倒して、「残業と言わないなら今からもう一回」と言い出して芽生はすぐさまメッセージを送った。すぐに大丈夫だよと返事が来た。
「ほら見ろ、大丈夫だったろ。帰りは送ってやるから、もう少しいろ。身体も心配だからな」
ぎゅっと優しく抱きしめられて、芽生はこれ以上の幸せが自分に起こっても許されるのだろうかと、もう一度目をつぶった。
***
「芽生、これどうした?」
翌朝、海斗に首筋に貼った絆創膏を指摘されて、芽生はどきりとした。首にあるのはほんの一部で、芽生はそれを思い出すと全身が発火するほどに熱くなった。
「ちょっと会社でドジしちゃった。資料で引っかいちゃって」
「ふーん」
海斗が指先でぐっとそこを押す。芽生は「ひゃあ!」と声を上げた。それに陸が目を真ん丸にして驚いた顔をする。
「まいっか。じゃあハーフアップな」
海斗はつまんなそうな声でそう言って髪の毛のアレンジを始める。
「芽生——」
海斗が小さな声で耳元に声をかけた。それに芽生はびっくりしたのだが、海斗に強く肩を押さえつけられて、止まった。
「やるならうまくやれよ。彼氏とのこと、陸に知れたら、あいつ飛びかかってくるからな」
「え? うん……ありがと」
「あと俺今日学校休みだけど。春休み。陸は明日から」
芽生はお弁当を用意していた手を止めた。
「そっか、もうそんな時期だったっけ。お昼は……?」
「適当に作るし、夜も俺たちが作るよ。月末で忙しいだろ?」
芽生は嬉しくなって、ずいぶん大きくなった海斗の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「助かる、海斗。陸もよろしくね。じゃあ、私は支度して会社行こっかな」
芽生はルンルンと自分の部屋へと戻って、そして着替えた。陸がお弁当玄関に置いておくね、行ってきますと声をかけてくる。慌てて服を着て、陸を見送ると、芽生はさっとメイクを済ませた。
いつものパンツにシャツの上からニットを羽織って、上着をひっかけた。パンプスを履くと、よし、と気合を入れる。
「じゃあ、行ってきます。海斗、お留守番よろしくね。図書館とか行くなら戸締りも気をつけて」
海斗に手を振ってから芽生は、明け方まで降っていた雨に濡れた地面を歩いた。
「がんばろ、今日も」
色々な人に勇気をもらった。嫌な人にけなされた。それでも、芽生はいつだって前向きに進むしかないことを知っている。幸せは自分が決めるんだと、息を深く吸い込んでから、また歩き出した。
一方。
「陸のやつ、芽生の分の弁当キッチンに置き忘れてやがる」
自室で勉強をひと段落終えた海斗が、何か飲もうと一階に降りてくると、芽生のお弁当がキッチンに置かれたままになっていた。海斗はため息をついた。
「昼に、届けるか」
時計を見ると、もうすぐ十一時半だった。
「わ、わ、わっ……!」
そのまま布団を出て行こうとして、しかしいうことを聞かない身体が布団にもつれて、掛布団ごとベッドから落ちそうになるのを、後ろから伸びてきた手に抱え込まれた。
「わ、わ、無理です、無理です恥ずかしくて!」
「芽生……お前ってやつはもう少し色気的な……もういいから、ひとまず落ち着いて寝てろ。無理すんな」
「でも、帰って夕飯の支度しないと」
「あーもう。携帯どこだ。今日は急きょ残業だと言っておけ。バイトないだろ、今夜は俺のそばにいろ」
立ち上がった涼音が芽生の鞄を持って来て、そこから携帯電話を取り出して芽生に渡した。
「弟たち、心配しちゃう」
「心配させておけ。あいつらだって子どもじゃないんだから」
でもという芽生を押し倒して、「残業と言わないなら今からもう一回」と言い出して芽生はすぐさまメッセージを送った。すぐに大丈夫だよと返事が来た。
「ほら見ろ、大丈夫だったろ。帰りは送ってやるから、もう少しいろ。身体も心配だからな」
ぎゅっと優しく抱きしめられて、芽生はこれ以上の幸せが自分に起こっても許されるのだろうかと、もう一度目をつぶった。
***
「芽生、これどうした?」
翌朝、海斗に首筋に貼った絆創膏を指摘されて、芽生はどきりとした。首にあるのはほんの一部で、芽生はそれを思い出すと全身が発火するほどに熱くなった。
「ちょっと会社でドジしちゃった。資料で引っかいちゃって」
「ふーん」
海斗が指先でぐっとそこを押す。芽生は「ひゃあ!」と声を上げた。それに陸が目を真ん丸にして驚いた顔をする。
「まいっか。じゃあハーフアップな」
海斗はつまんなそうな声でそう言って髪の毛のアレンジを始める。
「芽生——」
海斗が小さな声で耳元に声をかけた。それに芽生はびっくりしたのだが、海斗に強く肩を押さえつけられて、止まった。
「やるならうまくやれよ。彼氏とのこと、陸に知れたら、あいつ飛びかかってくるからな」
「え? うん……ありがと」
「あと俺今日学校休みだけど。春休み。陸は明日から」
芽生はお弁当を用意していた手を止めた。
「そっか、もうそんな時期だったっけ。お昼は……?」
「適当に作るし、夜も俺たちが作るよ。月末で忙しいだろ?」
芽生は嬉しくなって、ずいぶん大きくなった海斗の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「助かる、海斗。陸もよろしくね。じゃあ、私は支度して会社行こっかな」
芽生はルンルンと自分の部屋へと戻って、そして着替えた。陸がお弁当玄関に置いておくね、行ってきますと声をかけてくる。慌てて服を着て、陸を見送ると、芽生はさっとメイクを済ませた。
いつものパンツにシャツの上からニットを羽織って、上着をひっかけた。パンプスを履くと、よし、と気合を入れる。
「じゃあ、行ってきます。海斗、お留守番よろしくね。図書館とか行くなら戸締りも気をつけて」
海斗に手を振ってから芽生は、明け方まで降っていた雨に濡れた地面を歩いた。
「がんばろ、今日も」
色々な人に勇気をもらった。嫌な人にけなされた。それでも、芽生はいつだって前向きに進むしかないことを知っている。幸せは自分が決めるんだと、息を深く吸い込んでから、また歩き出した。
一方。
「陸のやつ、芽生の分の弁当キッチンに置き忘れてやがる」
自室で勉強をひと段落終えた海斗が、何か飲もうと一階に降りてくると、芽生のお弁当がキッチンに置かれたままになっていた。海斗はため息をついた。
「昼に、届けるか」
時計を見ると、もうすぐ十一時半だった。
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