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第4章
第48話 帰社
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「ご、ごめんなさい……」
「バカ、心配かけるな」
芽生の涙を指先でぬぐって、腫れものに触れるような優しい口づけがされる。涼音さんと言おうとした唇の動きが完全に塞がれて、呼吸が奪われた。
あまりにも深くされたので、足の力が抜けてくずおれそうになったのに、唇は離されず抱きしめられて机の上に座らされた。
「待っ、涼音さん……!」
ぎゅっとスーツを掴んで押し戻そうとしても、びくりとも動かずにされるがままになった。
「涼音さん、ほんとに待って……」
「止まったろ、涙」
まだ目の端に水分が残留しているが、言われてみれば涙は止まっていた。
「社食で、何やら大変な騒ぎだったらしいな。幸せかどうかは、自分で決めるって大口叩いたとか」
「そうです……悔しい、涼音さん。私は不幸なんかじゃないもん!」
「当たり前だろ。俺にこんなに愛されて不幸だって言うんだったら、頭の中が沸いてやがる。それこそクビだ」
そのあまりにも自信たっぷりな言い方に、ついつい涙が止まって、芽生は笑ってしまった。
「どうして、そんな。どこからそんな自信湧いてくるんですか」
「自信が無きゃ社長なんかやってらんねーよ。お前の恋人としてもやってらんない。とにかくもういいから、芽生は帰社しろ。家で大人しくしていろ」
「え、なんで……?」
「このまま俺とここで居残りたいって言うんなら、止めはしないけど……覚悟できてんのか? そんな泣きはらした顔して、他の男にしがみついてる姿を見せて、あんなの見せられた後で、優しくできる自信がないからな、俺は」
涼音が制服の上から、芽生の腰回りを撫でて、首筋を指先でなぞる。首筋に涼音の唇があてがわれ、舌先が皮膚に触れた。
「ひゃあ! か、帰ります! すぐ、すぐ帰りますから——!」
慌てて突き飛ばして、芽生は体中が心臓になったかと思うほどにバクバクと血液が回った。慌てふためく芽生の姿に満足したのか、涼音は彼女を解放すると、「行くぞ」と会議室を後にした。
「とっとと帰っとけ。気をつけろよ」
そう言うと涼音は携帯電話を取り出して通話ボタンを押し、芽生の頭をポンと撫でてから廊下へと去っていった。涼音から離れると、急に心細くなったのだが、休み時間が終わる前に帰ってしまおうと思い、急いでデスクに戻った。
退社ボタンを押してパソコンの電源を切って、荷物をまとめるとロッカーへ行く。すぐさま着替えて、逃げるようにして会社を出た。
泣いた目が重たく、擦りながらバスに乗った。停留所で降りて川から吹いてくる少し湿った風を身体に浴びると、今日一日と言わず、ここ数日がまるで幻だったのではないかとさえ思ってしまった。
「こんな時間に帰ったの、初めてかも」
まだ太陽が空の真上にいた。ゆっくりと流れる細くて白い雲が数本、青空に引かれている。てくてくと自分の家に帰り、誰もいないリビングでお弁当を温めて食べた。
ほっとして、自分の部屋の布団に寝転がっていると、携帯電話が鳴った。見ると、会社からだ。
「もしもし……」
『あ、折茂? 大丈夫だった?』
電話越しに出たのは、冬夜だった。その声に、芽生はほっとする。部長や課長ではなくて良かったと心の底から思っていた。
『発注ミスの犯人が確定したよ。まあ、誰かは言わなくてもわかるよね? あの三人は、一週間の謹慎と減給、それから支社に移動って話で終わったよ。この月末の忙しい時に三人いないと困るけど、明日から折茂が三人分働いてくれたら大丈夫』
「じゃあ私、分裂しなくちゃですね」
それに冬夜は笑った。本当に分裂してくれたら残業減るのに、とくすくす笑っている。
「ちなみに、私の名前の発注ミスは……」
『ああ、心配しなくていいよ。先輩……市原社長が先方に詫び入れて、全部完璧に処理したからね』
「え……?」
『先方だって、社長直々に出てこられたらぐうの音も出ないでしょ。部長も課長も、イライラして噴火寸前だったけど、どうにかなりそうだから。今日はゆっくり休んで。明日は普通に出社できる?』
「もちろんです。あの、社長はまだ会社にいますか?」
『いや、疲れたからとか言って、秘書に任せて帰るって言って会社出て行ってた』
芽生はそれを聞くなり、電話を切るとすぐさま支度をした。
「バカ、心配かけるな」
芽生の涙を指先でぬぐって、腫れものに触れるような優しい口づけがされる。涼音さんと言おうとした唇の動きが完全に塞がれて、呼吸が奪われた。
あまりにも深くされたので、足の力が抜けてくずおれそうになったのに、唇は離されず抱きしめられて机の上に座らされた。
「待っ、涼音さん……!」
ぎゅっとスーツを掴んで押し戻そうとしても、びくりとも動かずにされるがままになった。
「涼音さん、ほんとに待って……」
「止まったろ、涙」
まだ目の端に水分が残留しているが、言われてみれば涙は止まっていた。
「社食で、何やら大変な騒ぎだったらしいな。幸せかどうかは、自分で決めるって大口叩いたとか」
「そうです……悔しい、涼音さん。私は不幸なんかじゃないもん!」
「当たり前だろ。俺にこんなに愛されて不幸だって言うんだったら、頭の中が沸いてやがる。それこそクビだ」
そのあまりにも自信たっぷりな言い方に、ついつい涙が止まって、芽生は笑ってしまった。
「どうして、そんな。どこからそんな自信湧いてくるんですか」
「自信が無きゃ社長なんかやってらんねーよ。お前の恋人としてもやってらんない。とにかくもういいから、芽生は帰社しろ。家で大人しくしていろ」
「え、なんで……?」
「このまま俺とここで居残りたいって言うんなら、止めはしないけど……覚悟できてんのか? そんな泣きはらした顔して、他の男にしがみついてる姿を見せて、あんなの見せられた後で、優しくできる自信がないからな、俺は」
涼音が制服の上から、芽生の腰回りを撫でて、首筋を指先でなぞる。首筋に涼音の唇があてがわれ、舌先が皮膚に触れた。
「ひゃあ! か、帰ります! すぐ、すぐ帰りますから——!」
慌てて突き飛ばして、芽生は体中が心臓になったかと思うほどにバクバクと血液が回った。慌てふためく芽生の姿に満足したのか、涼音は彼女を解放すると、「行くぞ」と会議室を後にした。
「とっとと帰っとけ。気をつけろよ」
そう言うと涼音は携帯電話を取り出して通話ボタンを押し、芽生の頭をポンと撫でてから廊下へと去っていった。涼音から離れると、急に心細くなったのだが、休み時間が終わる前に帰ってしまおうと思い、急いでデスクに戻った。
退社ボタンを押してパソコンの電源を切って、荷物をまとめるとロッカーへ行く。すぐさま着替えて、逃げるようにして会社を出た。
泣いた目が重たく、擦りながらバスに乗った。停留所で降りて川から吹いてくる少し湿った風を身体に浴びると、今日一日と言わず、ここ数日がまるで幻だったのではないかとさえ思ってしまった。
「こんな時間に帰ったの、初めてかも」
まだ太陽が空の真上にいた。ゆっくりと流れる細くて白い雲が数本、青空に引かれている。てくてくと自分の家に帰り、誰もいないリビングでお弁当を温めて食べた。
ほっとして、自分の部屋の布団に寝転がっていると、携帯電話が鳴った。見ると、会社からだ。
「もしもし……」
『あ、折茂? 大丈夫だった?』
電話越しに出たのは、冬夜だった。その声に、芽生はほっとする。部長や課長ではなくて良かったと心の底から思っていた。
『発注ミスの犯人が確定したよ。まあ、誰かは言わなくてもわかるよね? あの三人は、一週間の謹慎と減給、それから支社に移動って話で終わったよ。この月末の忙しい時に三人いないと困るけど、明日から折茂が三人分働いてくれたら大丈夫』
「じゃあ私、分裂しなくちゃですね」
それに冬夜は笑った。本当に分裂してくれたら残業減るのに、とくすくす笑っている。
「ちなみに、私の名前の発注ミスは……」
『ああ、心配しなくていいよ。先輩……市原社長が先方に詫び入れて、全部完璧に処理したからね』
「え……?」
『先方だって、社長直々に出てこられたらぐうの音も出ないでしょ。部長も課長も、イライラして噴火寸前だったけど、どうにかなりそうだから。今日はゆっくり休んで。明日は普通に出社できる?』
「もちろんです。あの、社長はまだ会社にいますか?」
『いや、疲れたからとか言って、秘書に任せて帰るって言って会社出て行ってた』
芽生はそれを聞くなり、電話を切るとすぐさま支度をした。
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