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第4章
第47話 水
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「何だって、偉そうに……!」
「私は私を不幸とは思っていません。少なくとも、私は貴方よりも幸せですから、放っておいてください」
瞬間、怒り狂った三井が芽生の手に持っているコップを奪い取ろうとする。それを必死に渡すまいとしたのだが、いかんせんすでにこぼれた水で手が濡れていた芽生は、手が滑ってしまってコップを奪われた。
そのコップの水を、芽生に向かって投げつけようとした瞬間。
「はい、やめやめっ!」
突如間に割り込んできた冬夜が、芽生の代わりに水をかけられた。三井がしまったという顔をするのと、芽生が目を見開くのが同時だった。
「――主任!」
「大丈夫だ、折茂」
でも、と言いかける芽生の言葉を遮って、三井がわなわなと震えた。
「あんたのせいよ、地味茂! 主任に水かけちゃったじゃないの!」
「えー! 私が避けたからですか!?」
「はいはい、怒らないで三井さん。それと折茂はこんな時の緊張感って……ああ、まあいいや。ちょっと、折茂と話するから、貴方も頭を冷やしてください。折茂、行くよ」
芽生は慌てて自分の弁当箱を取りに行き、そして半分濡れている冬夜に手を引っ張られながら社食を退散した。
「主任、寒いですよね? っていうか、どうして主任いつも……神様みたい」
冬夜は笑いながら芽生をひっ連れて、誰も使っていない会議室へと入った。芽生はタオルハンカチを取り出すと、謝りながら冬夜を拭く。そして、拭きながらいまさらながらに足が笑いそうになり、気がつくと目から涙が出ていた。
「……折茂、大丈夫?」
「あ、大丈夫です……あれ? どうしよう」
大丈夫と言った割りには、それでもまだ出てきてしまう涙に芽生の方がビックリしていると、冬夜の濡れていないほうの腕が伸びてきて、優しく肩を引き寄せた。
「いいよ、泣いて。誰も見てないから」
「うっ……主任……悔しい私……」
芽生の頭をぽんぽんと撫でながら、冬夜はうんうん、とうなずいた。その胸におでこをくっつけて、芽生はチェックのワイシャツをぎゅっと掴んだ。
「あ、あんな風に言われるなんて……! 私、自分のこと不幸だなんて思ったことないのに、決めつけるなんてひどいです!」
冬夜はうなずきながら、そうだねと相槌を打った。その声がくっついている胸元からも反響して聞こえてくる。芽生は悔しくて涙が止まらなかった。
——コンコン
ノックの音がして、芽生が肩を震わせて冬夜から離れて顔を上げると、開いている扉の向こうに社長——涼音が立っていた。冬夜が「あ、先輩」と声を発する。
「騒ぎがあったみたいだな」
涼音は入り口に立ったまま腕組みすると、ふうとため息を吐いた。芽生は涼音を見て、また思わず目からぼたぼたと涙が出てくる。安心と恥ずかしさと、気持ちがごちゃごちゃになっていた。
「早川は着替えて来い。水かけられたって聞いたから、秘書に俺の予備のシャツとスーツ貸すように言っておいた」
「わ、さすが先輩。助かります。家帰ってる暇なかったんで遠慮なく借りますね」
急に先輩後輩の関係になった冬夜の雰囲気に芽生が訳が分からないという顔をしていると、「中学の時の部活の先輩なんだよ」と冬夜が微笑んだ。
「折茂は俺とここで話するから居残り。早川は早く行って着替えて来い。お前に風邪ひかれたら困る」
「風邪なんてここ数年引いてないですけどね。じゃあ、折茂のこと頼みますけど、言った通り、発注ミスは彼女じゃないですからね。三井と手島と田中ですよ。今日ので確信。よろしくお願いしますね」
冬夜はにこにこと笑って会議室を出た。入れ替わりに涼音が入ってきて、会議室の扉に鍵をかける。
涼音は突っ立ったままになっている芽生に近寄ると、スカーフを引っ張った。
「お前な! あんな文よこすから心配したのに電話しても出ねーし、挙句見に行こうとしたらこの騒ぎだし……!」
怒り出した涼音の顔を見て、芽生はまたもや涙が出てきた。
「他の男にしがみついて泣いてんじゃねーよ! お前は俺のだって、何回言えばわかるんだ。お前を泣かしていいのも、その顔を見ていいのも俺だけだ!」
涼音が強く抱きしめてきて、芽生はそのいつもの温もりと慕わしい香りに安堵して、泣きながら涼音の背に腕を回した。
「私は私を不幸とは思っていません。少なくとも、私は貴方よりも幸せですから、放っておいてください」
瞬間、怒り狂った三井が芽生の手に持っているコップを奪い取ろうとする。それを必死に渡すまいとしたのだが、いかんせんすでにこぼれた水で手が濡れていた芽生は、手が滑ってしまってコップを奪われた。
そのコップの水を、芽生に向かって投げつけようとした瞬間。
「はい、やめやめっ!」
突如間に割り込んできた冬夜が、芽生の代わりに水をかけられた。三井がしまったという顔をするのと、芽生が目を見開くのが同時だった。
「――主任!」
「大丈夫だ、折茂」
でも、と言いかける芽生の言葉を遮って、三井がわなわなと震えた。
「あんたのせいよ、地味茂! 主任に水かけちゃったじゃないの!」
「えー! 私が避けたからですか!?」
「はいはい、怒らないで三井さん。それと折茂はこんな時の緊張感って……ああ、まあいいや。ちょっと、折茂と話するから、貴方も頭を冷やしてください。折茂、行くよ」
芽生は慌てて自分の弁当箱を取りに行き、そして半分濡れている冬夜に手を引っ張られながら社食を退散した。
「主任、寒いですよね? っていうか、どうして主任いつも……神様みたい」
冬夜は笑いながら芽生をひっ連れて、誰も使っていない会議室へと入った。芽生はタオルハンカチを取り出すと、謝りながら冬夜を拭く。そして、拭きながらいまさらながらに足が笑いそうになり、気がつくと目から涙が出ていた。
「……折茂、大丈夫?」
「あ、大丈夫です……あれ? どうしよう」
大丈夫と言った割りには、それでもまだ出てきてしまう涙に芽生の方がビックリしていると、冬夜の濡れていないほうの腕が伸びてきて、優しく肩を引き寄せた。
「いいよ、泣いて。誰も見てないから」
「うっ……主任……悔しい私……」
芽生の頭をぽんぽんと撫でながら、冬夜はうんうん、とうなずいた。その胸におでこをくっつけて、芽生はチェックのワイシャツをぎゅっと掴んだ。
「あ、あんな風に言われるなんて……! 私、自分のこと不幸だなんて思ったことないのに、決めつけるなんてひどいです!」
冬夜はうなずきながら、そうだねと相槌を打った。その声がくっついている胸元からも反響して聞こえてくる。芽生は悔しくて涙が止まらなかった。
——コンコン
ノックの音がして、芽生が肩を震わせて冬夜から離れて顔を上げると、開いている扉の向こうに社長——涼音が立っていた。冬夜が「あ、先輩」と声を発する。
「騒ぎがあったみたいだな」
涼音は入り口に立ったまま腕組みすると、ふうとため息を吐いた。芽生は涼音を見て、また思わず目からぼたぼたと涙が出てくる。安心と恥ずかしさと、気持ちがごちゃごちゃになっていた。
「早川は着替えて来い。水かけられたって聞いたから、秘書に俺の予備のシャツとスーツ貸すように言っておいた」
「わ、さすが先輩。助かります。家帰ってる暇なかったんで遠慮なく借りますね」
急に先輩後輩の関係になった冬夜の雰囲気に芽生が訳が分からないという顔をしていると、「中学の時の部活の先輩なんだよ」と冬夜が微笑んだ。
「折茂は俺とここで話するから居残り。早川は早く行って着替えて来い。お前に風邪ひかれたら困る」
「風邪なんてここ数年引いてないですけどね。じゃあ、折茂のこと頼みますけど、言った通り、発注ミスは彼女じゃないですからね。三井と手島と田中ですよ。今日ので確信。よろしくお願いしますね」
冬夜はにこにこと笑って会議室を出た。入れ替わりに涼音が入ってきて、会議室の扉に鍵をかける。
涼音は突っ立ったままになっている芽生に近寄ると、スカーフを引っ張った。
「お前な! あんな文よこすから心配したのに電話しても出ねーし、挙句見に行こうとしたらこの騒ぎだし……!」
怒り出した涼音の顔を見て、芽生はまたもや涙が出てきた。
「他の男にしがみついて泣いてんじゃねーよ! お前は俺のだって、何回言えばわかるんだ。お前を泣かしていいのも、その顔を見ていいのも俺だけだ!」
涼音が強く抱きしめてきて、芽生はそのいつもの温もりと慕わしい香りに安堵して、泣きながら涼音の背に腕を回した。
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