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第4章
第39話 忘れ物
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晴れてお付き合いをすることになったのにもかかわらず、結局は今までと何一つ変わらない生活で、芽生は今のところ実感が湧かない。ただ、週末に家に行くと、涼音が柔らかく微笑む回数が増えたことに関しては、とても満足していた。
涼音は手に入れたものはすぐに飽きてポイっとするタイプかと思いきや、手に入れたものは大事にする性格だった。それは、部屋を掃除していれば、芽生もすぐ気が付く。
何度も読み返した跡のある本に、使い込まれたステーショナリー。散らかしはするけれども、良いものを長く使う性格のようで、すぐに飽きられてしまうという心配はなさそうだと、芽生はほっとしていた。
女子社員の間で聞く彼氏の、「釣った鯛に餌はやらない」という話に怯えていたわけだが、特に問題なくすでに二週間が経っていた。週末に会える楽しみに芽生は毎日が楽しくなった気がしていて、バイトにも精が出ていた。
そんな芽生が慌てて厨房に入ってきたのは、まだお客さんがたくさんいる時のことだった。有紀がとっさに水を差しだすと、芽生はそれを間髪入れずに受け取って飲んだ。
「はい、慌てなーい。で、どうしたの?」
「よく私が慌ててるって……あ、それより常連の川端さん財布忘れて帰っちゃった!」
差し出された財布を見て、芽生は青い顔をしている。
「あー。明日来るか分かんないね。芽生届けてくれる? 駅のすぐ近くのタワマンに住んでるんだよ。今電話して部屋番号聞くから」
すぐに有紀が店の電話を掴むと、横に置いてあった名刺ホルダーから電話番号を割り出す。その間に、芽生はエプロンを取ってジャケットを着こんだ。カウンターを他のバイトの女子大生山崎に託すと、すぐに出て行けるように入り口に待機する。
「六〇五だって。エントランスのインターホン押せば大丈夫だよ。気をつけて、寒いから」
芽生は「うん」と言って、すぐに店を出た。店の中は火を使っていてさらに暖房も効いているのでだいぶ暖かかったようで、外に出ると涼しい風が首元をかすめて行く。
「涼しくて気持ちいいな、まだかなり冷えるけど」
五分ほど歩いて、駅から遊歩道が直結したタワーマンションに到着すると、エントランスを探した。ところが複雑な作りで入り方が分からず、結局駅から直結する連絡通路から入った。
インターホンを押すとすぐに「ああ、悪いわね、届けてもらっちゃって」という声と共に、しばらく待っていると奥様が顔を出した。
「主人ったら、忘れ物多くて。ありがとうね、届けてくれて」
「いえいえ。今度はお二人でいらしてくださいね」
奥様は人がよさそうな顔立ちをしており、芽生に手を振ってくれたので、芽生も振り返しながら、元来た道を戻った。
「このタワーマンション、どこから入るのが正解なんだろ?」
そう思いながら駅まで行くと、何やら騒がしい。見れば、人だかりというほどでもないが人が集まっていて、そしてひそひそと話す声や、好奇を含んだ視線を投げかけている。
芽生が近寄って行くと、ギャラリーから、「痴話げんか?」「あの女の人泣いてるよ」という声が聞こえてくる。
見れば、きれいな女性が男の人ともめていた。男の人は動じていない様子だが、女性の方は見るからに激高して顔を赤くしている。男性の胸倉を掴みかかって、そしてそれを牽制された瞬間、頬を叩いた。乾いた空気にその音がよく響く。
歩き去っていく女性を何も言わず見送る男性が、ふと顔を横にしたので表情が芽生にも見えた。
「――え、御剣社長!?」
芽生は何も考えないまま、ギャラリーを押しのけてたった今頬をはたかれた、陽の元へと駆け寄った。
涼音は手に入れたものはすぐに飽きてポイっとするタイプかと思いきや、手に入れたものは大事にする性格だった。それは、部屋を掃除していれば、芽生もすぐ気が付く。
何度も読み返した跡のある本に、使い込まれたステーショナリー。散らかしはするけれども、良いものを長く使う性格のようで、すぐに飽きられてしまうという心配はなさそうだと、芽生はほっとしていた。
女子社員の間で聞く彼氏の、「釣った鯛に餌はやらない」という話に怯えていたわけだが、特に問題なくすでに二週間が経っていた。週末に会える楽しみに芽生は毎日が楽しくなった気がしていて、バイトにも精が出ていた。
そんな芽生が慌てて厨房に入ってきたのは、まだお客さんがたくさんいる時のことだった。有紀がとっさに水を差しだすと、芽生はそれを間髪入れずに受け取って飲んだ。
「はい、慌てなーい。で、どうしたの?」
「よく私が慌ててるって……あ、それより常連の川端さん財布忘れて帰っちゃった!」
差し出された財布を見て、芽生は青い顔をしている。
「あー。明日来るか分かんないね。芽生届けてくれる? 駅のすぐ近くのタワマンに住んでるんだよ。今電話して部屋番号聞くから」
すぐに有紀が店の電話を掴むと、横に置いてあった名刺ホルダーから電話番号を割り出す。その間に、芽生はエプロンを取ってジャケットを着こんだ。カウンターを他のバイトの女子大生山崎に託すと、すぐに出て行けるように入り口に待機する。
「六〇五だって。エントランスのインターホン押せば大丈夫だよ。気をつけて、寒いから」
芽生は「うん」と言って、すぐに店を出た。店の中は火を使っていてさらに暖房も効いているのでだいぶ暖かかったようで、外に出ると涼しい風が首元をかすめて行く。
「涼しくて気持ちいいな、まだかなり冷えるけど」
五分ほど歩いて、駅から遊歩道が直結したタワーマンションに到着すると、エントランスを探した。ところが複雑な作りで入り方が分からず、結局駅から直結する連絡通路から入った。
インターホンを押すとすぐに「ああ、悪いわね、届けてもらっちゃって」という声と共に、しばらく待っていると奥様が顔を出した。
「主人ったら、忘れ物多くて。ありがとうね、届けてくれて」
「いえいえ。今度はお二人でいらしてくださいね」
奥様は人がよさそうな顔立ちをしており、芽生に手を振ってくれたので、芽生も振り返しながら、元来た道を戻った。
「このタワーマンション、どこから入るのが正解なんだろ?」
そう思いながら駅まで行くと、何やら騒がしい。見れば、人だかりというほどでもないが人が集まっていて、そしてひそひそと話す声や、好奇を含んだ視線を投げかけている。
芽生が近寄って行くと、ギャラリーから、「痴話げんか?」「あの女の人泣いてるよ」という声が聞こえてくる。
見れば、きれいな女性が男の人ともめていた。男の人は動じていない様子だが、女性の方は見るからに激高して顔を赤くしている。男性の胸倉を掴みかかって、そしてそれを牽制された瞬間、頬を叩いた。乾いた空気にその音がよく響く。
歩き去っていく女性を何も言わず見送る男性が、ふと顔を横にしたので表情が芽生にも見えた。
「――え、御剣社長!?」
芽生は何も考えないまま、ギャラリーを押しのけてたった今頬をはたかれた、陽の元へと駆け寄った。
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