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第3章
第32話 全部が欲しい
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口に入れて、涼音は優しく微笑んだ。それは、美味しいという意味だという事を、芽生はここ数日の行動を見ていたので知っていた。
「良かった、美味しいんですね」
芽生はお茶を一口飲んでほっとした。自分もちょっとだけよそったリゾットを口に入れて、うん、とうなずく。
「涼音さん、朝ごはん食べました?」
「お前の作ったみそ汁は飲んだ」
「オッケーです。じゃあ食べてるところ悪いんですが、これフルーツです。血糖値上げといてください。そんな青白い顔で商談されたら、人か鬼かわからなくて先方が怖がります。それと、三時のおやつに、小さいおにぎりです。急ぎで作ったから、ふりかけで悪いですけど、小腹減ったら食べてくださいね」
涼音はテキパキと説明をする芽生を見ながら、よくあの短時間でここまで涼音のことを見て分かったものだと感心する。お腹が多少は空くのだが、外食をするほど食べられる気配もなく、結局食べたいものは芽生の手料理だったので、涼音は乱暴に芽生を呼び出したのだった。
「鬼というのは余計だが、芽生……助かった」
涼音の顔色を確認する。温かいものを口に入れたので、多少頬に血色が戻っていた。
「ほんとはね、お蕎麦の方が食べやすいかなって思ったんです。だけど、涼音さんも人のこと言えないくらい午前中はドジですから、汁をこぼしたり、ワイシャツとか高級スーツに飛ばしたりしたらまずいと思って」
ふふふと笑う芽生の頭を涼音は撫でて、そのまま耳に触れた。ピアスの穴さえ空いていないその耳朶は、涼音に噛みつきたくなる欲求を起こさせた。その欲を飲み込むと、大人しくリゾットを口にする。
柔らかいご飯にスープが滲みこみ、噛まなくても舌の上でほろほろ溶ける。エリンギのコリコリとした食感がまた食欲を増し、程よいコンソメの味が口の中を幸せで満たした。
眠くなるのを抑えるためか、量が少なめだから小腹が減ると思ったのだろう。フルーツも小さなおにぎりも、涼音にとっては嬉しかった。
「お前、本当に俺と付き合わないのか?」
「えっと……」
「俺は今お前の作ったものじゃないと食べられない。このままだと俺は餓死するぞ」
「何バカなこと言ってるんですか。体調がよくなったら、高級フレンチでも中華フルコースでも食べられますよ。というか私も食べたいくらいです」
涼音は食べ終わってお茶を飲むと、ごちそうさまと美しく手を合わせた。片づけようとする芽生の手を握って引っ張る。
「俺は、お前の作ったものが食べたいんだ」
「ちゃんと作りますから、彼女にしなくてもいいでしょう?」
「嫌だ。芽生の全部が欲しい。俺と付き合え」
「……なんてこと言うんですか。わがまま言わないでください」
紡がれたキザな台詞でさえ様になってしまう、キレイな顔に見つめられて、芽生は心臓がバクバクした。そのまま手を離そうとするが、それを涼音が許すはずもない。
「お前がいいんだ、芽生」
「そんなこと言われても……私だって、心の準備が」
そう言ってまた逃げるのか、と自分を叱咤したのだが、どうしていいか分からず口をつぐんだ。
「社長、ダメです、私はまだ……」
休日一人で過ごす孤独、食事がのどを通らない孤独。俺だけを見てほしいと言われ、あれが嘘ではないことは芽生はとっくに理解していた。
「ここまで欲しいと思った女はいない。俺だけを見ろよ、芽生………」
自分を切望する眼差しに、芽生は心が締め付けられた。この人を受け入れたい。しかし、どうしていいか分からない。芽生が困って固まっていると、涼音は焦れて芽生を引っ張って抱き寄せた。
「芽生、一緒にいろ。俺だけ見てろ」
「涼音さん、私、まだ」
「覚悟なんか後でいい、俺を今すぐ受け入れろ」
そのひどく切ない響きの声に逆らえず、呼吸を塞ぐ唇を芽生は拒絶することができなかった。
「良かった、美味しいんですね」
芽生はお茶を一口飲んでほっとした。自分もちょっとだけよそったリゾットを口に入れて、うん、とうなずく。
「涼音さん、朝ごはん食べました?」
「お前の作ったみそ汁は飲んだ」
「オッケーです。じゃあ食べてるところ悪いんですが、これフルーツです。血糖値上げといてください。そんな青白い顔で商談されたら、人か鬼かわからなくて先方が怖がります。それと、三時のおやつに、小さいおにぎりです。急ぎで作ったから、ふりかけで悪いですけど、小腹減ったら食べてくださいね」
涼音はテキパキと説明をする芽生を見ながら、よくあの短時間でここまで涼音のことを見て分かったものだと感心する。お腹が多少は空くのだが、外食をするほど食べられる気配もなく、結局食べたいものは芽生の手料理だったので、涼音は乱暴に芽生を呼び出したのだった。
「鬼というのは余計だが、芽生……助かった」
涼音の顔色を確認する。温かいものを口に入れたので、多少頬に血色が戻っていた。
「ほんとはね、お蕎麦の方が食べやすいかなって思ったんです。だけど、涼音さんも人のこと言えないくらい午前中はドジですから、汁をこぼしたり、ワイシャツとか高級スーツに飛ばしたりしたらまずいと思って」
ふふふと笑う芽生の頭を涼音は撫でて、そのまま耳に触れた。ピアスの穴さえ空いていないその耳朶は、涼音に噛みつきたくなる欲求を起こさせた。その欲を飲み込むと、大人しくリゾットを口にする。
柔らかいご飯にスープが滲みこみ、噛まなくても舌の上でほろほろ溶ける。エリンギのコリコリとした食感がまた食欲を増し、程よいコンソメの味が口の中を幸せで満たした。
眠くなるのを抑えるためか、量が少なめだから小腹が減ると思ったのだろう。フルーツも小さなおにぎりも、涼音にとっては嬉しかった。
「お前、本当に俺と付き合わないのか?」
「えっと……」
「俺は今お前の作ったものじゃないと食べられない。このままだと俺は餓死するぞ」
「何バカなこと言ってるんですか。体調がよくなったら、高級フレンチでも中華フルコースでも食べられますよ。というか私も食べたいくらいです」
涼音は食べ終わってお茶を飲むと、ごちそうさまと美しく手を合わせた。片づけようとする芽生の手を握って引っ張る。
「俺は、お前の作ったものが食べたいんだ」
「ちゃんと作りますから、彼女にしなくてもいいでしょう?」
「嫌だ。芽生の全部が欲しい。俺と付き合え」
「……なんてこと言うんですか。わがまま言わないでください」
紡がれたキザな台詞でさえ様になってしまう、キレイな顔に見つめられて、芽生は心臓がバクバクした。そのまま手を離そうとするが、それを涼音が許すはずもない。
「お前がいいんだ、芽生」
「そんなこと言われても……私だって、心の準備が」
そう言ってまた逃げるのか、と自分を叱咤したのだが、どうしていいか分からず口をつぐんだ。
「社長、ダメです、私はまだ……」
休日一人で過ごす孤独、食事がのどを通らない孤独。俺だけを見てほしいと言われ、あれが嘘ではないことは芽生はとっくに理解していた。
「ここまで欲しいと思った女はいない。俺だけを見ろよ、芽生………」
自分を切望する眼差しに、芽生は心が締め付けられた。この人を受け入れたい。しかし、どうしていいか分からない。芽生が困って固まっていると、涼音は焦れて芽生を引っ張って抱き寄せた。
「芽生、一緒にいろ。俺だけ見てろ」
「涼音さん、私、まだ」
「覚悟なんか後でいい、俺を今すぐ受け入れろ」
そのひどく切ない響きの声に逆らえず、呼吸を塞ぐ唇を芽生は拒絶することができなかった。
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