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第3章
第30話 昼飯
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「なんなのよあの人は! 忙しいっていうのにっ!」
芽生は廊下の端までかつかつと歩いて行くと、エレベーターのボタンを少々乱暴に押して、そして八つ当たりしてどうするんだと、深呼吸をした。
(謝ろう、ちゃんと)
そして、きちんと断らなくてはいけないと芽生が思っていると、エレベーターが目の前で開いた。それに乗り込んでボタンを押してひどく気落ちした。
涼音が芽生をきちんと評価して、認めてくれているのは嬉しかった。しかし、それと恋愛とは話が別だった。恋愛のれの字も分からない上に、会社の社長となんて無理すぎて言葉が出ない。
芽生は気持ちが追い付かず、とっさに拒絶してしまったが、その後に涼音が何も言わなかったことは彼が傷ついたという証拠だ。芽生はあんな顔をさせて、大人げない対応をした自分が腹立たしい。
「無理に決まってるじゃん。立場が違い過ぎる」
(でも、あの人のこと考えちゃうし、放っておけないんだよね……)
そう思っていると、無情にもエレベーターが到着して扉が開く。社長室の前に立つと、コンコンとノックをした。
「失礼します」
扉を開けると、すぐそこに涼音が立ちふさがっていた。驚く芽生をよそに、腕を掴まれると中に引っ張りこまれ、すぐさま扉が閉められた。
「おい、芽生」
涼音が扉に芽生を押し付ける。覗き込んでくる視線は、怒っていた。
「えっと」
「なんで俺から逃げるんだ。理由を言え、理由を」
「ちょっと、そんなことで呼び出したんですか!?」
涼音はそんなこととは何だ、と眉を吊り上げた。それを言ってから、芽生はしまった、火に油だったかと後悔したが、遅い。
「そんなこと? ほう、俺がつき合ってやるって言ってんのに、そんなこととは上等だな。どの口が言うんだ? 今すぐ塞いでやろうか?」
「待って待って!」
芽生は恐る恐る涼音を見あげた。涼音はめちゃめちゃ不機嫌な顔をしていて、今にも噛みつきそうな雰囲気だ。
「お、落ち着いてください社長!」
「……社長命令だ。俺から逃げる理由を言え」
芽生は困ってしまった。顔を背けようとすると、頬を持たれてまっすぐ見つめられる。
「だって、私には社長の気持ちに応えられる余裕なんて……」
「うるせーな。ごちゃごちゃ言いやがって」
それに芽生はかちんときて口をとがらせると、涼音のネクタイをむんずとつかんだ。
「言えって言ったりうるさいって言ったり一体どっちなんですか!」
その芽生に、涼音はやっと笑った。その笑顔を見て、普段通りになれるように、からかったんだと芽生は気が付いた。
「お前が嫌でも、俺はお前が気に入ったんだ。彼女にしてやるんだぞ。とっとと俺のこと好きになれ。逃がさないからな、芽生」
「そうやって、都合のいい時だけ名前呼んで、女ったらし。ずるい」
「そんな顔を赤くするところを見ると、案外、俺の揺さぶりも効果を発揮してるのか? 恋愛下手の折茂君」
芽生はさらに顔を赤くして、むっとしてネクタイをさらに強く引っ張った。
「いい加減にしてください!」
「芽生……昼飯、作れ」
「何が昼飯ですか……はい? 昼飯?」
ぽかんとして力が抜けると、涼音が芽生の手を掴んでその甲にキスをして、にんまりと笑った。
「ちょっ……!」
「そ。昼飯。こっちにキッチンがあるから。買い物に今すぐ行って必要な物買って来い。釣りは小遣いにしていいぞ」
今度は耳元すれすれでそう言うと、一万円札をぽんと渡して、涼音はくるりと背を向ける。その場で立ちすくんだまま、何が起こっているのか分からない芽生に、涼音は席へ着くと「急がないと、仕事終わらないぞ」と声をかけた。
「な、な……横暴すぎます!」
「社長命令だ。従わないなら減給にする」
「この鬼! 涼音さんのバカ! アホ! いーっだ! 嫌い! はげちゃえ!」
思いつく限りの罵倒を浴びせてから、芽生は一万円札を制服のポケットに入れると、社長室の扉を握る。
「ぎゃふんというお昼作ってやりますからね! 見てなさいよ!」
そう言って出て行ってから数秒後に戻ってくる。
「……昼以降、商談入ってます?」
「何なんだお前は、せわしないな。入ってるぞ」
「分かりました! 待ってなさいよ!」
ばたんと乱暴に扉を閉めると、パタパタと駆け出していく足音が遠ざかる。涼音はそれを見送ってから、ひとしきり社長室でくすくすと笑った。
芽生は廊下の端までかつかつと歩いて行くと、エレベーターのボタンを少々乱暴に押して、そして八つ当たりしてどうするんだと、深呼吸をした。
(謝ろう、ちゃんと)
そして、きちんと断らなくてはいけないと芽生が思っていると、エレベーターが目の前で開いた。それに乗り込んでボタンを押してひどく気落ちした。
涼音が芽生をきちんと評価して、認めてくれているのは嬉しかった。しかし、それと恋愛とは話が別だった。恋愛のれの字も分からない上に、会社の社長となんて無理すぎて言葉が出ない。
芽生は気持ちが追い付かず、とっさに拒絶してしまったが、その後に涼音が何も言わなかったことは彼が傷ついたという証拠だ。芽生はあんな顔をさせて、大人げない対応をした自分が腹立たしい。
「無理に決まってるじゃん。立場が違い過ぎる」
(でも、あの人のこと考えちゃうし、放っておけないんだよね……)
そう思っていると、無情にもエレベーターが到着して扉が開く。社長室の前に立つと、コンコンとノックをした。
「失礼します」
扉を開けると、すぐそこに涼音が立ちふさがっていた。驚く芽生をよそに、腕を掴まれると中に引っ張りこまれ、すぐさま扉が閉められた。
「おい、芽生」
涼音が扉に芽生を押し付ける。覗き込んでくる視線は、怒っていた。
「えっと」
「なんで俺から逃げるんだ。理由を言え、理由を」
「ちょっと、そんなことで呼び出したんですか!?」
涼音はそんなこととは何だ、と眉を吊り上げた。それを言ってから、芽生はしまった、火に油だったかと後悔したが、遅い。
「そんなこと? ほう、俺がつき合ってやるって言ってんのに、そんなこととは上等だな。どの口が言うんだ? 今すぐ塞いでやろうか?」
「待って待って!」
芽生は恐る恐る涼音を見あげた。涼音はめちゃめちゃ不機嫌な顔をしていて、今にも噛みつきそうな雰囲気だ。
「お、落ち着いてください社長!」
「……社長命令だ。俺から逃げる理由を言え」
芽生は困ってしまった。顔を背けようとすると、頬を持たれてまっすぐ見つめられる。
「だって、私には社長の気持ちに応えられる余裕なんて……」
「うるせーな。ごちゃごちゃ言いやがって」
それに芽生はかちんときて口をとがらせると、涼音のネクタイをむんずとつかんだ。
「言えって言ったりうるさいって言ったり一体どっちなんですか!」
その芽生に、涼音はやっと笑った。その笑顔を見て、普段通りになれるように、からかったんだと芽生は気が付いた。
「お前が嫌でも、俺はお前が気に入ったんだ。彼女にしてやるんだぞ。とっとと俺のこと好きになれ。逃がさないからな、芽生」
「そうやって、都合のいい時だけ名前呼んで、女ったらし。ずるい」
「そんな顔を赤くするところを見ると、案外、俺の揺さぶりも効果を発揮してるのか? 恋愛下手の折茂君」
芽生はさらに顔を赤くして、むっとしてネクタイをさらに強く引っ張った。
「いい加減にしてください!」
「芽生……昼飯、作れ」
「何が昼飯ですか……はい? 昼飯?」
ぽかんとして力が抜けると、涼音が芽生の手を掴んでその甲にキスをして、にんまりと笑った。
「ちょっ……!」
「そ。昼飯。こっちにキッチンがあるから。買い物に今すぐ行って必要な物買って来い。釣りは小遣いにしていいぞ」
今度は耳元すれすれでそう言うと、一万円札をぽんと渡して、涼音はくるりと背を向ける。その場で立ちすくんだまま、何が起こっているのか分からない芽生に、涼音は席へ着くと「急がないと、仕事終わらないぞ」と声をかけた。
「な、な……横暴すぎます!」
「社長命令だ。従わないなら減給にする」
「この鬼! 涼音さんのバカ! アホ! いーっだ! 嫌い! はげちゃえ!」
思いつく限りの罵倒を浴びせてから、芽生は一万円札を制服のポケットに入れると、社長室の扉を握る。
「ぎゃふんというお昼作ってやりますからね! 見てなさいよ!」
そう言って出て行ってから数秒後に戻ってくる。
「……昼以降、商談入ってます?」
「何なんだお前は、せわしないな。入ってるぞ」
「分かりました! 待ってなさいよ!」
ばたんと乱暴に扉を閉めると、パタパタと駆け出していく足音が遠ざかる。涼音はそれを見送ってから、ひとしきり社長室でくすくすと笑った。
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