上 下
19 / 74
第2章

第17話 呼び方

しおりを挟む
「頭を働かせるためにコーヒー飲んでますか?」

「ああ」

「だと思ったから、ブドウ糖買ってきました。これ、うっすいアメリカンコーヒーもどきに入れましょう」

それに涼音は眉毛をちょっとだけ上げる。

「社長、おせっかいかもですが、今日は濃いコーヒーお休みにしましょう。あまり今は、胃に負担をかけるのよくないですよ。どうせ月曜からまたキリキリするんだし、だったら週末は休ませてあげてください」

 芽生の提案に、涼音は少し間をおいてから、分かったとつぶやく。

「よかった。無駄口って言われなくて。私は社長のそういう理解力がすごいところは尊敬しますけど、ゴミ部屋に住んでいるというのにはちょっと、いや、かなり引きましたけどね」

「お前はどうしてこう、馴れ馴れしいんだ」

「嫌なら黙ってますけど」

 それに涼音は深く息を吐いた。嫌がっている顔ではなかったので、芽生はいったん口を閉じてほうじ茶をすすった。

 まじまじと涼音を見ると、髪の毛を整えていない、パジャマに近い格好の社長など、そうそう拝めるものではない。芽生は思わず写真におさめたくなる衝動を抑えた。

「そんなに珍しいか?」

 芽生のその視線に気がついたのか、涼音が面倒くさそうに口を開けた。

「え、あ、はい……。会社じゃそんな社長見られないんで」

「……社長はなしだ。今はプライベートな時間なのに、社長呼ばわりされたらそれこそ胃が痛む」

 はあ、と芽生は首をかしげた。

「じゃあ、何て呼べば?」

「涼音でいい」

「すずちゃんとかにしますか?」

 ぎろりと睨まれたので、冗談ですよと芽生は冷や汗をかいた。

「涼音さんですね。分かりました。私のことは——」

「芽生、だろ?」

「……そうです」

 呼び捨てにされると、なんだか特別っぽくてほんの少しだけ芽生はドキドキした。元々、涼音は顔もスタイルも良い。そんな人に呼び捨てにされるとなると、多少は芽生の心臓もトキメク。

「一息つき終わったら、また掃除の続きをしろ。それから、昼の時間は十二時だ」

「いきなり命令が来るとは。了解です。雑巾貸してください。あと、クリーニング屋さんも行ってくるんで、いつも行っているお店教えてください」

 それに涼音はうなずいた。ブドウ糖を溶かしいれたコーヒーを飲んで、甘いなと呟いたが、その顔は穏やかだった。

「ご馳走様。朝だけじゃないんだが、この間も、食欲がなくてもお前が作った料理は不思議とのどを通る」

「私のお料理美味しいですから」

「普段地味なくせに、素で料理のことになると自信家だな」

「栄養士の資格持っていますからね。だから、しっかり私のいうこと聞いてくださいよね」

 涼音はそれにほんの少し微笑んだ。その反則的な笑顔に、芽生の心臓は跳ねる。

「いつも、その顔していたらみんな怖がらないのに」

 ついつい思っていることが口に出て、おせっかいだったと芽生が口をつぐんだ時にはもう遅く、涼音はあきれ顔で芽生を見た。

「ただでさえ、女に騒がれて困っているのに、笑顔なんか見せたら余計面倒が起こるだけだろうが」

「すごい自信ですね。っていうことはつまり、私には見せたところで私に惚れられない自信があるっていうことですね?」

 それに涼音は違うぞ、と首を横に振った。

「お前になら惚れられてもいいからだ」

「なっ……!」

「言っておくが、嫌いな奴を部屋には入れない。ここに入った女はお前が初めてだ」

 芽生は顔を真っ赤にした。それを予測していたのか、涼音は勝ち誇った笑みを見せる。

「そんな、仕事しづらいです。からかわないでください」

「からかってないぞ。俺は本気だ」

「いけしゃあしゃあと……。片づけますから、ゆっくりしていてください!」

 あからさまに動揺を見せる芽生を楽しんでいるのか、涼音はにやにやしながら部屋へと戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ
恋愛
 ケダモノを148円で買いました――。   「結婚するんだ」  大好きな従兄の顕人の結婚に衝撃を受けた明日実は、たまたま、そこに居たイケメンを捕まえ、 「私っ、この方と結婚するんですっ!」 と言ってしまう。  ところが、そのイケメン、貴継は、かつて道で出会ったケダモノだった。  貴継は、顕人にすべてをバラすと明日実を脅し、ちゃっかり、明日実の家に居座ってしまうのだが――。

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

処理中です...