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第二章 出立
第14話
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「では、もう軍を編成して日程を調整し始めますか?」
紫軒の問いかけに、宇航は首を横に振った。困ったように肩をすくめながら、紫軒を見つめてくる。
「ところが、少数民族たちの中に商隊を持つ部族がいる。お前も聞いたことがあるだろう?」
「はい。大陸中を駆け巡ることができるのは、彼らだけだと。それに、軍隊ほど強いとも聞きます」
それが厄介なんだと宇航は眉根を寄せた。
「彼らの中に、竜を扱う者がいるという噂がある」
「竜を扱う者……ですか?」
にわかには信じられないようなことを言われて、紫軒は目を見開いた。もちろん、そんな話は聞いたことがない。
「あくまで噂で、この国では見たことがない」
もっとも、たとえそれが本当だったとしても帝国に足を踏み入れることはしないだろう。なにしろ、竜と人との住処を分けたのは、ウルン大帝国の皇帝なのだ。
この国で、竜は悪しきものの代表として人々に周知されている。
人を遅い喰らう生き物を信じる国に入ったら、自ら殺されに行くようなものだ。
「|紫軒(ズーシュエン)、竜を使う者の素性を調べて来てくれ」
「御意」
「もしそのような者がいれば、うまく利用させてもらう」
宇航はやはり気が乗らないのか、重たく息を吐いた。
「……それはつまり、その者から竜を奪えと……そういう命令ですか?」
そこまでの命令はしない、と宇航は紫軒を見つめた。
「あくまで、本当かどうかを調べてほしい」
「お任せください」
でもなぜ竜を扱うものが必要なのだろうと思っていると、宇航《ウーハン》が重たい口を開いた。
「竜たちを聖域から追い出すための、餌にすると大臣たちが画策していた」
「人に慣れた竜を使い、聖域を明け渡すようにと竜たちと交渉するわけですね」
「そう上手くいくかどうかわからないけどね」
宇航はかなり乗り気ではないようだ。嫌いな大臣たちがうるさいのだろうという察しがつく。
宇航はおそらく、軍を動かすのが嫌なのだ。人の常識を超える力を持つ伝説の生き物と戦わなくてはならない状況に陥れば、兵たちが傷つくのが目に見える。
勝てる戦いにならためらいの一片も持たない宇航《ウーハン》が、ここまで悩むとなると勝算があまりないのかもしれない。
しかし、紫軒には関係のないことだ。
紫軒は、言われたことをこなすのが一番大事だ。自分を拾って育ててくれた人の役に立たなければと、常に思っている。
「紫軒、行ってきてくれ。連絡はこまめにするように」
「かしこまりました」
紫軒は深く頭を下げてから執務室をあとにする。自室に戻ると、すぐさま出立に備えた。
せっかちな大臣たちによって、北の山々の侵略が開始されることになったのは、翌々日だ。
紫軒は、兵たちが動き出す二日前に帝国の首都を出ていた。
「それにしても、竜とは……いるのか、そんな生き物?」
街のあちこちには、紫色の旗が掲げられている。そこには皇帝の祖が倒した竜の尻尾と、聖なる剣が描かれている。
竜は、おとぎ話でしかないと思っていた。そして、多くの国民がそう思っている。
大臣たちも、ただの歴史の遺物だと主張する、生きていたとしてもすでに力もなく、おそらく化石になっているだろうと根拠のない理論を議会で大口叩いているそうだ。
でも実際に生きていたとしたら、戦わなくてはならなくなったら、傷つくのは大臣ではなく兵士たちだ。
彼らの命が犠牲になったら、国とはいったい何のために、誰のためにあるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら、紫軒は歩を速めた。
もし、帝国軍が来ているのがわかれば、竜を扱うという者が逃げてしまうかもしれない。
急いで見つけなくてはならなかった。
紫軒は脚に力を入れて、祖国を素早く駆け抜けていった。
紫軒の問いかけに、宇航は首を横に振った。困ったように肩をすくめながら、紫軒を見つめてくる。
「ところが、少数民族たちの中に商隊を持つ部族がいる。お前も聞いたことがあるだろう?」
「はい。大陸中を駆け巡ることができるのは、彼らだけだと。それに、軍隊ほど強いとも聞きます」
それが厄介なんだと宇航は眉根を寄せた。
「彼らの中に、竜を扱う者がいるという噂がある」
「竜を扱う者……ですか?」
にわかには信じられないようなことを言われて、紫軒は目を見開いた。もちろん、そんな話は聞いたことがない。
「あくまで噂で、この国では見たことがない」
もっとも、たとえそれが本当だったとしても帝国に足を踏み入れることはしないだろう。なにしろ、竜と人との住処を分けたのは、ウルン大帝国の皇帝なのだ。
この国で、竜は悪しきものの代表として人々に周知されている。
人を遅い喰らう生き物を信じる国に入ったら、自ら殺されに行くようなものだ。
「|紫軒(ズーシュエン)、竜を使う者の素性を調べて来てくれ」
「御意」
「もしそのような者がいれば、うまく利用させてもらう」
宇航はやはり気が乗らないのか、重たく息を吐いた。
「……それはつまり、その者から竜を奪えと……そういう命令ですか?」
そこまでの命令はしない、と宇航は紫軒を見つめた。
「あくまで、本当かどうかを調べてほしい」
「お任せください」
でもなぜ竜を扱うものが必要なのだろうと思っていると、宇航《ウーハン》が重たい口を開いた。
「竜たちを聖域から追い出すための、餌にすると大臣たちが画策していた」
「人に慣れた竜を使い、聖域を明け渡すようにと竜たちと交渉するわけですね」
「そう上手くいくかどうかわからないけどね」
宇航はかなり乗り気ではないようだ。嫌いな大臣たちがうるさいのだろうという察しがつく。
宇航はおそらく、軍を動かすのが嫌なのだ。人の常識を超える力を持つ伝説の生き物と戦わなくてはならない状況に陥れば、兵たちが傷つくのが目に見える。
勝てる戦いにならためらいの一片も持たない宇航《ウーハン》が、ここまで悩むとなると勝算があまりないのかもしれない。
しかし、紫軒には関係のないことだ。
紫軒は、言われたことをこなすのが一番大事だ。自分を拾って育ててくれた人の役に立たなければと、常に思っている。
「紫軒、行ってきてくれ。連絡はこまめにするように」
「かしこまりました」
紫軒は深く頭を下げてから執務室をあとにする。自室に戻ると、すぐさま出立に備えた。
せっかちな大臣たちによって、北の山々の侵略が開始されることになったのは、翌々日だ。
紫軒は、兵たちが動き出す二日前に帝国の首都を出ていた。
「それにしても、竜とは……いるのか、そんな生き物?」
街のあちこちには、紫色の旗が掲げられている。そこには皇帝の祖が倒した竜の尻尾と、聖なる剣が描かれている。
竜は、おとぎ話でしかないと思っていた。そして、多くの国民がそう思っている。
大臣たちも、ただの歴史の遺物だと主張する、生きていたとしてもすでに力もなく、おそらく化石になっているだろうと根拠のない理論を議会で大口叩いているそうだ。
でも実際に生きていたとしたら、戦わなくてはならなくなったら、傷つくのは大臣ではなく兵士たちだ。
彼らの命が犠牲になったら、国とはいったい何のために、誰のためにあるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら、紫軒は歩を速めた。
もし、帝国軍が来ているのがわかれば、竜を扱うという者が逃げてしまうかもしれない。
急いで見つけなくてはならなかった。
紫軒は脚に力を入れて、祖国を素早く駆け抜けていった。
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