上 下
17 / 21
第二章 出立

第14話

しおりを挟む
「では、もう軍を編成して日程を調整し始めますか?」

 紫軒ズーシュエンの問いかけに、宇航ウーハンは首を横に振った。困ったように肩をすくめながら、紫軒ズーシュエンを見つめてくる。

「ところが、少数民族たちの中に商隊キャラバンを持つ部族がいる。お前も聞いたことがあるだろう?」
「はい。大陸中を駆け巡ることができるのは、彼らだけだと。それに、軍隊ほど強いとも聞きます」

 それが厄介なんだと宇航ウーハンは眉根を寄せた。

「彼らの中に、竜を扱う者がいるという噂がある」
「竜を扱う者……ですか?」

 にわかには信じられないようなことを言われて、紫軒ズーシュエンは目を見開いた。もちろん、そんな話は聞いたことがない。

「あくまで噂で、この国では見たことがない」

 もっとも、たとえそれが本当だったとしても帝国に足を踏み入れることはしないだろう。なにしろ、竜と人との住処を分けたのは、ウルン大帝国の皇帝なのだ。
 この国で、竜は悪しきものの代表として人々に周知されている。
 人を遅い喰らう生き物を信じる国に入ったら、自ら殺されに行くようなものだ。

「|紫軒(ズーシュエン)、竜を使う者の素性を調べて来てくれ」
「御意」
「もしそのような者がいれば、うまく利用させてもらう」

 宇航はやはり気が乗らないのか、重たく息を吐いた。

「……それはつまり、その者から竜を奪えと……そういう命令ですか?」

 そこまでの命令はしない、と宇航ウーハン紫軒ズーシュエンを見つめた。

「あくまで、本当かどうかを調べてほしい」
「お任せください」

 でもなぜ竜を扱うものが必要なのだろうと思っていると、宇航《ウーハン》が重たい口を開いた。

「竜たちを聖域から追い出すための、餌にすると大臣たちが画策していた」
「人に慣れた竜を使い、聖域を明け渡すようにと竜たちと交渉するわけですね」
「そう上手くいくかどうかわからないけどね」

 宇航ウーハンはかなり乗り気ではないようだ。嫌いな大臣たちがうるさいのだろうという察しがつく。
 宇航ウーハンはおそらく、軍を動かすのが嫌なのだ。人の常識を超える力を持つ伝説の生き物と戦わなくてはならない状況に陥れば、兵たちが傷つくのが目に見える。
 勝てる戦いにならためらいの一片も持たない宇航《ウーハン》が、ここまで悩むとなると勝算があまりないのかもしれない。
 しかし、紫軒ズーシュエンには関係のないことだ。
 紫軒ズーシュエンは、言われたことをこなすのが一番大事だ。自分を拾って育ててくれた人の役に立たなければと、常に思っている。

紫軒ズーシュエン、行ってきてくれ。連絡はこまめにするように」
「かしこまりました」

 紫軒ズーシュエンは深く頭を下げてから執務室をあとにする。自室に戻ると、すぐさま出立に備えた。
 せっかちな大臣たちによって、北の山々の侵略が開始されることになったのは、翌々日だ。
 紫軒ズーシュエンは、兵たちが動き出す二日前に帝国の首都を出ていた。

「それにしても、竜とは……いるのか、そんな生き物?」

 街のあちこちには、紫色の旗が掲げられている。そこには皇帝の祖が倒した竜の尻尾と、聖なる剣が描かれている。
 竜は、おとぎ話でしかないと思っていた。そして、多くの国民がそう思っている。
 大臣たちも、ただの歴史の遺物だと主張する、生きていたとしてもすでに力もなく、おそらく化石になっているだろうと根拠のない理論を議会で大口叩いているそうだ。
 でも実際に生きていたとしたら、戦わなくてはならなくなったら、傷つくのは大臣ではなく兵士たちだ。
 彼らの命が犠牲になったら、国とはいったい何のために、誰のためにあるのだろうか。

 そんなことをぼんやり考えながら、紫軒ズーシュエンは歩を速めた。
 もし、帝国軍が来ているのがわかれば、竜を扱うという者が逃げてしまうかもしれない。
 急いで見つけなくてはならなかった。
 紫軒ズーシュエンは脚に力を入れて、祖国を素早く駆け抜けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...