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第一章 トゥオンとヴァン

第9話

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 トゥオンは部屋に戻ると、首や頭につけている装飾具を外し、壁に打ち付けてある鹿の骨の角部分に丁寧に掛けていく。
 傷がついていないか、壊れていないかもチェックした。
 村では皆が自分の好きな素材を使い、自身を表現する装飾具を身につける風習がある。
 生き物の角や爪、歯や羽が多いが、乾燥させた花や生花を身につける者もいる。きれいに磨いた石をつけている人もいる。

 トゥオンのそれは、ヴァンの強靭な鱗からトゥオン自らが作り出したものだ。一番大好きなヴァンの抜けた鱗を、試行錯誤して加工した自慢の品々だ。
 確認が終わると、トゥオンはヴァンを専用の寝床に寝かせた。
 トゥオンの部屋の隅にはヴァン専用の場所があり、飼葉がどっさりと敷き詰められている。
 生まれた時は手のひらほどだったのに、今やトゥオンの部屋の大半を占領するほどの大きさだ。

 ヴァンが飼い葉の上で丸まったのを見ると、トゥオンも窓際の寝台へ腰を下ろした。分厚い硝子をはめ込んだ窓の外から、細い月が見える。
 ヴァンがふあああと大きなあくびをする声が聞こえた。
 彼の口の中には、びっくりするくらい大きな牙がびっしり並んでいて、血のように赤い舌が見えている。トゥオンはヴァンの口の中に顔を入れて遊ぶのが好きだけれど、トゥオン以外は牙を怖がって誰もしない。
 鋭い歯は獲物を狩るためのものだろうと推測できたが、ヴァンは今まで一度だって誰かを傷つけたことはない。ヴァンはトゥオンが今まで見てきた生き物の中で、一番賢く知能が高い生き物だった。

「隊長たち、すごく難しそうな顔してたね。ウルン大帝国の動きがおかしいとか、なんだとかって言ってたなぁ」

 トゥオンが話しかけると、ヴァンは横に張り出すようにして生えている耳をぴくぴく動かす。ヤギのような耳だが、毛ではなくそこも細かい鱗が生えていた。

『ブシュン……』

 そんな話には興味ないとでも言いたそうに目を閉じて、ヴァンは大きく鼻から息を吐いた。
 宝石が埋め込まれたような美しい青色の瞳をトゥオンに向ける。まるで、一緒に寝ないの? と誘っているようだ。

「一緒に寝る?」
『ヴァンッ!』

 それは、もちろんという意味だ。トゥオンはニコッと笑うと寝台から降りて彼に駆け寄り、やわらかい腹の辺りに抱きつく。
 ヴァンはトゥオンの頬をべろんと舐める。トゥオンの小さな身体を包み込むようにして丸まり直した。
 トゥオンは自分の寝台で寝るよりも、こうしてヴァンと一緒に身体を寄せ合って寝るのが好きだ。落ち着くし、ヴァンからは大地のいい香りがする。鼓動を聞いていると、必然的に眠くなる。
 ヴァンも眠いのか、日中よりも体温が高くなってきた。トゥオンが冷えないように、ヴァンは羽を伸ばして彼女の身体の上に載せてくれる。

「おやすみ、ヴァン」

 ヴァンは大きなあくびで応える。プスプスと喉奥で音を立てて、美しい瞳をまぶたの裏に隠した。
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