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第一章 トゥオンとヴァン

第2話

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 トゥオンがまだ七つと幼かった時、ヴァンはトゥオンの元へやってきた。

 正確に言えば、トゥオンの爺さまに拾われたのだ。

 その日、爺さまが山に入ると、藪の中に見たこともない巨大な卵が落ちていたのを見つけた。爺さまはそれを持って、ラナカイ村に帰ってきた。

 博識な爺さまにも、持ち帰ってきた卵がなんの生き物のものかわからなかった。

 だが、あまりにも立派な大きさの卵だったので、晩ご飯にしようと思って拾ってきたのだという。

「爺さま、この卵はなあに?」
「今晩のおかずにしようと思ってな。ずいぶん大きい卵だろう?」

 トゥオンは爺さまから重たい卵をそっと譲り受けた。

 それは、トゥオンの小さな両手のひらいっぱいからはみ出すほどの大きさだ。思っていたよりも重たくて、トゥオンは少々よろけた。

 渡された卵をじっと眺めてから、トゥオンはなんだかまだ温かいような気がして、耳をゆっくりと当ててみた。

 しばらく目をつぶって耳を澄ませてみると、なにかが卵の中で動く音と気配がした。中の生き物が動いたのか、卵が揺れ動いてトゥオンはパッと顔を上げた。

「――爺さま、中になにかいる! 動いている!」

 驚いたトゥオンは卵からすぐに耳を外して爺さまに伝える。

「ほほう、生き物がいるのか」

 またもや音が聞こえた気がして、トゥオンはもう一度卵に耳をぴったりとくっつけた。

 すると今度は、先ほどよりもはっきりと、中でなにかが動くのがわかった。

「爺さま、やっぱりなにかが動いているよ。爺様もお耳を当てて聞いてみて!」

 トゥオンは卵を持った手を恐る恐る爺さまに向かって伸ばす。爺さまはうんと頷いたあとに、顔を近づけてきた。

 二人で卵に耳をぴったりと当ててじっとした。

 しばらくして、なにかがごそりと動く音がはっきりと聞き取れる。それには爺さまも目を見開いて、トゥオンと顔を見合わせてから口を開く。

「生き物がいるようだな。これでは夕飯にはできないね」

「そうだね」

 きっと、大きな鳥かなにかの卵だろう。

 敵に巣から落とされてしまったのか、それとも転がってしまったのか。

「母親が探していたら大変だ。それがもし非常に賢い生き物だったとしたら、卵泥棒を追いかけてくるかもしれない」

「お母さんが探しているかもしれないよ。爺さま、元の場所に戻しに行こう」

 トゥオンは爺さまとともに、卵を拾ったという藪まで向かった。辺りに生き物の気配はないし、巣も見当たらなかった。

 草の生えた地面に卵を戻すと、トゥオンと爺さまはしばらくそこから離れて身を隠し、親が来るか見守ることにした。

 親が戻ってきても、人のにおいがついてしまった卵を放置するかもしれない。そうなったら、あの卵の中の命は、消えてしまう。

 無事に親元に返そうと、二人は気配と息を殺してその場で待機した。

 しかし、親どころか、獣の一匹さえも近くに来ない。不思議なものだなと思いながら、陽が落ちる寸前まで爺さまと身を寄せ合っていた。

 そうしてずっと待っていたのに、親は来なかった。

「爺さま、このままだったら、あの子は死んじゃうの?」

「うーん……爺さまにもわからないな」

 一番大変な長距離の商隊キャラバンの隊長をしていた爺さまは、トゥオンの知らないことをたくさん知っている。

 その爺さまでさえわからないことが、この世の中にはあるのかとトゥオンは驚いた。

「親が来なければ死んでしまうかもしれないし、自力で出てくるかもしれない。もしくは、ほかの獣に襲われたり、食べられたり」

 でも、それが自然の摂理なんだよ、と爺さまはトゥオンの頭を優しく撫でる。

「命は巡り巡っていくものだよ、わたしたちの意思とは関係なくね」

 爺さまはいつも難しいことを言うけれど、トゥオンはそんな爺さまが大好きだ。

「爺さま、トゥオンがあの卵を持って帰ってもいい?」

 卵がとても気に入ってしまったトゥオンは、爺さまにねだって卵をもらうことにした。

 あんなに黒くてツヤツヤで、立派な卵は見たことがない。

 きっと、中には大きな命が入っているに違いない。

「トゥオン。あの卵の中にはきっと、芽吹いたばかりの命がいる。ちゃんと最後まで面倒を見る覚悟はできているかい?」

「うん、もちろん」

「孵化して、どんな生き物が出てきても、諦めずに向き合えるかい?」

「大丈夫。トゥオンは、この子と仲良くなれる気がする!」

 トゥオンは自信満々に言い放つ。なにが生まれてこようと、育てる気満々だ。

「じゃあ、この子にとってなにが一番大事でなにが必要かを、必ずいつも確認しながら育てるんだよ」

「わかった!」

 こうして、爺さまの許可を経て、トゥオンは謎の卵を自らの手で育てることに決めた。

「この子のお母さん、トゥオンが立派にこの子を育てます。どうか安心してください」

 藪に向かって祈りを捧げると、すっかり暗くなってしまった道を、爺さまと一緒に歩いて家に帰った。
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