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第一章 トゥオンとヴァン

第1話

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 ピイイイという甲高い音が、山間の小さな村に響き渡る。その音は鳥の鳴き声にも似ているが、鳥たちよりももっと澄んで響く。

 ピイ、ピイイイ――。

 さらに、強弱をつけて音が鳴った。

 村人たちはそれを聞くと、みなそろって笑顔で空を見上げる。

 この村を囲む三方の山のうちの一つ、一番大きな山の中腹にある見張り台は、張り出した板敷きの露台がある。

 空中に突き出た形の露台に、きらめく小麦色の髪の毛をなびかせた小柄な少女の姿が見える。

 甲高く澄み渡る音は、彼女から聞こえてきた。少女は、首から下げた小さな笛を器用に奏でて音色を調節する。


 村人が見守る中、上空に真っ黒ななにかが現れて旋回し始めた。

 少女は真っ黒に羽ばたく姿を視界にとらえると、笛を口から外す。

 露台の一番後ろまで身を下げて、次の瞬間、助走をつけて空中へ勢いよく飛び跳ねた。

「――ヴァン!」

 少女が呼ぶ声と共に、高いところで旋回していた漆黒の風が吹き抜けたように見えた。黒い風は、しかし、瞬く間に少女を背中に乗せて、音もなく空中を飛ぶ。

「あははは! お見事、ヴァン!」

 漆黒の風に見えたのは目の錯覚だ。

 少女を背に乗せて、翼を大きく広げながら空を駆け抜けていく生き物――竜だ。

 美しい竜の長い首を少女が撫でると、黒い竜は嬉しそうに猫が喉を鳴らすような音を出した。

 少女は人とは相いれないと言われる相棒の竜の背にまたがって、村の上空を駆ける。

 これが、ラナカイ族が住むこの村の、夕方前の恒例の光景なのだ。

 *

 トゥオンの住んでいるラナカイ村は、険しい山間の小さな部族だ。

 この世界の北の山脈には、いくつもの小部族が点々と存在しており、ラナカイ族もその内の一つである。

 たいがいどの部族も、山や谷に隠れるようにして、ひっそりと独自の暮らしをしている。

 この村は、山の斜面を利用した段々畑に作物を植え、足腰の強い長毛牛を使って田畑を耕している。

 近くの村と違っていることといえば、交易商を主な生業としていること。そのため、比較的平地に近いところにラナカイ村はある。

 そして一番の特徴は、商隊キャラバンを編成していることだ。

 ラナカイ村の商隊は、この世界中の物資を運ぶ重要な役割を担っている。屈強な大人たちが隊列を組み、世界各地を巡っていくのだ。

 この大陸において、ラナカイ村の商隊キャラバンを超える商隊はないと言われるほど。物資の質の高さや潤沢さには定評があり、そして腕の立つ大人たちはラナカイ村の誇りだ。

 村では十歳になると、この先の生き方をどうするか自分で決められる。

 女の子の多くは手仕事や家事を、男の子たちは農耕作業か商隊を選ぶことが多い。適性を見極めることも重要であるから、一年従事してから正式に決める猶予がある。

 トゥオンは十歳の時に、商隊キャラバンを迷わず選んだ。

 相棒のために、世界中を旅しなくてはならない理由があったから。
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