4 / 21
第一章 トゥオンとヴァン
第1話
しおりを挟む
ピイイイという甲高い音が、山間の小さな村に響き渡る。その音は鳥の鳴き声にも似ているが、鳥たちよりももっと澄んで響く。
ピイ、ピイイイ――。
さらに、強弱をつけて音が鳴った。
村人たちはそれを聞くと、みなそろって笑顔で空を見上げる。
この村を囲む三方の山のうちの一つ、一番大きな山の中腹にある見張り台は、張り出した板敷きの露台がある。
空中に突き出た形の露台に、きらめく小麦色の髪の毛をなびかせた小柄な少女の姿が見える。
甲高く澄み渡る音は、彼女から聞こえてきた。少女は、首から下げた小さな笛を器用に奏でて音色を調節する。
村人が見守る中、上空に真っ黒ななにかが現れて旋回し始めた。
少女は真っ黒に羽ばたく姿を視界にとらえると、笛を口から外す。
露台の一番後ろまで身を下げて、次の瞬間、助走をつけて空中へ勢いよく飛び跳ねた。
「――ヴァン!」
少女が呼ぶ声と共に、高いところで旋回していた漆黒の風が吹き抜けたように見えた。黒い風は、しかし、瞬く間に少女を背中に乗せて、音もなく空中を飛ぶ。
「あははは! お見事、ヴァン!」
漆黒の風に見えたのは目の錯覚だ。
少女を背に乗せて、翼を大きく広げながら空を駆け抜けていく生き物――竜だ。
美しい竜の長い首を少女が撫でると、黒い竜は嬉しそうに猫が喉を鳴らすような音を出した。
少女は人とは相いれないと言われる相棒の竜の背にまたがって、村の上空を駆ける。
これが、ラナカイ族が住むこの村の、夕方前の恒例の光景なのだ。
*
トゥオンの住んでいるラナカイ村は、険しい山間の小さな部族だ。
この世界の北の山脈には、いくつもの小部族が点々と存在しており、ラナカイ族もその内の一つである。
たいがいどの部族も、山や谷に隠れるようにして、ひっそりと独自の暮らしをしている。
この村は、山の斜面を利用した段々畑に作物を植え、足腰の強い長毛牛を使って田畑を耕している。
近くの村と違っていることといえば、交易商を主な生業としていること。そのため、比較的平地に近いところにラナカイ村はある。
そして一番の特徴は、商隊を編成していることだ。
ラナカイ村の商隊は、この世界中の物資を運ぶ重要な役割を担っている。屈強な大人たちが隊列を組み、世界各地を巡っていくのだ。
この大陸において、ラナカイ村の商隊を超える商隊はないと言われるほど。物資の質の高さや潤沢さには定評があり、そして腕の立つ大人たちはラナカイ村の誇りだ。
村では十歳になると、この先の生き方をどうするか自分で決められる。
女の子の多くは手仕事や家事を、男の子たちは農耕作業か商隊を選ぶことが多い。適性を見極めることも重要であるから、一年従事してから正式に決める猶予がある。
トゥオンは十歳の時に、商隊を迷わず選んだ。
相棒のために、世界中を旅しなくてはならない理由があったから。
ピイ、ピイイイ――。
さらに、強弱をつけて音が鳴った。
村人たちはそれを聞くと、みなそろって笑顔で空を見上げる。
この村を囲む三方の山のうちの一つ、一番大きな山の中腹にある見張り台は、張り出した板敷きの露台がある。
空中に突き出た形の露台に、きらめく小麦色の髪の毛をなびかせた小柄な少女の姿が見える。
甲高く澄み渡る音は、彼女から聞こえてきた。少女は、首から下げた小さな笛を器用に奏でて音色を調節する。
村人が見守る中、上空に真っ黒ななにかが現れて旋回し始めた。
少女は真っ黒に羽ばたく姿を視界にとらえると、笛を口から外す。
露台の一番後ろまで身を下げて、次の瞬間、助走をつけて空中へ勢いよく飛び跳ねた。
「――ヴァン!」
少女が呼ぶ声と共に、高いところで旋回していた漆黒の風が吹き抜けたように見えた。黒い風は、しかし、瞬く間に少女を背中に乗せて、音もなく空中を飛ぶ。
「あははは! お見事、ヴァン!」
漆黒の風に見えたのは目の錯覚だ。
少女を背に乗せて、翼を大きく広げながら空を駆け抜けていく生き物――竜だ。
美しい竜の長い首を少女が撫でると、黒い竜は嬉しそうに猫が喉を鳴らすような音を出した。
少女は人とは相いれないと言われる相棒の竜の背にまたがって、村の上空を駆ける。
これが、ラナカイ族が住むこの村の、夕方前の恒例の光景なのだ。
*
トゥオンの住んでいるラナカイ村は、険しい山間の小さな部族だ。
この世界の北の山脈には、いくつもの小部族が点々と存在しており、ラナカイ族もその内の一つである。
たいがいどの部族も、山や谷に隠れるようにして、ひっそりと独自の暮らしをしている。
この村は、山の斜面を利用した段々畑に作物を植え、足腰の強い長毛牛を使って田畑を耕している。
近くの村と違っていることといえば、交易商を主な生業としていること。そのため、比較的平地に近いところにラナカイ村はある。
そして一番の特徴は、商隊を編成していることだ。
ラナカイ村の商隊は、この世界中の物資を運ぶ重要な役割を担っている。屈強な大人たちが隊列を組み、世界各地を巡っていくのだ。
この大陸において、ラナカイ村の商隊を超える商隊はないと言われるほど。物資の質の高さや潤沢さには定評があり、そして腕の立つ大人たちはラナカイ村の誇りだ。
村では十歳になると、この先の生き方をどうするか自分で決められる。
女の子の多くは手仕事や家事を、男の子たちは農耕作業か商隊を選ぶことが多い。適性を見極めることも重要であるから、一年従事してから正式に決める猶予がある。
トゥオンは十歳の時に、商隊を迷わず選んだ。
相棒のために、世界中を旅しなくてはならない理由があったから。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
どうぞご勝手になさってくださいまし
志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。
辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。
やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。
アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。
風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。
しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。
ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。
ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。
ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。
果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか……
他サイトでも公開しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACより転載しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
銀河ラボのレイ
あまくに みか
児童書・童話
月うさぎがぴょんと跳ねる月面に、銀河ラボはある。
そこに住むレイ博士は、いるはずのない人間の子どもを見つけてしまう。
子どもは、いったい何者なのか?
子どもは、博士になにをもたらす者なのか。
博士が子どもと銀河ラボで過ごした、わずかな時間、「生きること、死ぬこと、生まれること」を二人は知る。
素敵な表紙絵は惑星ハーブティ様です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる