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プロローグ

序章

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 爺さまがトゥオンを呼ぶ優しい声がする。

 薪の火を眺めていたトゥオンは、爺さまの大きな手に手招きされていることに気づくと、駆け出して行って彼の胡座の上へ座り込んだ。

 働き者の節だった手が、トゥオンの麦穂のような色の髪の毛を、指先ですきながら優しく撫でる。

 トゥオンは、爺さまの手が大好きだ。この分厚くてしっかりした手に撫でられていると、いつも安心して眠くなってしまう。

 今だって、撫でられたら瞼が半分落っこちてきてしまった。うとうとし始めたトゥオンに、爺様は優しく目を細める。

「トゥオン。眠る前になにかお話をしてあげよう」

「爺さま、竜のお話をして!」

 毎夜、寝る前に聞く爺さまの話は、トゥオンをまだ見たことのない遠くの世界へいつも連れていってくれる。

 広大な砂漠、広くて青い海、見たこともない鉄の摩天楼がそびえる街。

 爺さまの話はいつも面白いが、トゥオンが一番好きなのは竜の話だ。

「トゥオンは本当に竜が好きだなあ。よしよし、じゃあ今日は、竜と人とが昔は仲良しだった話をしよう」

「仲良しだったの、竜と人が?」

「ああそうさ。まだ大地が誰のものでもなくて、人が国境を持たなかった時は、竜も人も仲良く暮らしていたんだよ。今は住んでいるところが違うけれど、ずぅっと昔は一緒に暮らしていたんだ」

 その話に、トゥオンは薄い茶色の目をキラキラと輝かせる。

「爺さま、トゥオンも竜と仲良くなりたい。なれるかな?」

 彼女の頭を撫でながら、爺さまは優しい声音で「ああできるさ」とつぶやく。

「トゥオンが、この世界をきちんと理解できたら、きっと仲良くなれるさ」

「この世界を?」

「そうさあ。この世界にあるのは、命の巡りだけだよ。敵も味方も種族も、実際には関係がないことなんだ」

 すごく難しいことを言われた気がして、トゥオンは目をぱちくりさせた。

「いのちの、巡り?」

「トゥオン。きっとトゥオンなら、竜と仲良くなれるよ。爺さまが約束する」

 彼の指が伸びてきて、トゥオンと指切りした。

 爺さまが約束を破ったことなんて今まで一度もないから、トゥオンはこれで竜と仲良くなれると思い、嬉しくなってはしゃいだ。

「さあ、もう遅いからお眠り。明日もたくさん歩くからね」

 心地良い声音と頭を優しく撫でる手に誘われて、トゥオンは目を閉じる。そのまま、ゆっくりと深い眠りについていった――。
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