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第十一章 恋草のピリ辛こんにゃく
第55話
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明日行くわと言われたのでなんのことだと思っていたのだが、どうやら母親が急に家に来るということらしい。
絃はとつじょ訪れるという母に、半分呆れた。
「そういうのはさ、私のお休みを確認してから来てよ」
文句を言ってみたものの、お正月の時に自分の休みを伝えていたことを、すっかり忘れていたのは絃のほうだ。
だからといって、とつぜん来られても困る。
予定が入っていたらどうするのか、と思ったのだが、母親というのは勘が鋭いらしい。
来ると言い出す時は、いつも決まって絃の予定のない時なのだ。
「いいじゃないの、突撃、娘訪問!」
けらけら笑いながら、休日に家に入ってきたのはまぎれもなく絃の母親だ。
この能天気な母親のおかげで、絃は海外に長期間学びにいくことができた。いい反面、あまりにも天然ゆるゆるすぎて、ついて行けない部分がある。
母親がゆるいと、子どもがしっかりする。
もちろん逆もしかりだが、絃の場合は完全に母親のぶんもしっかりせざるを得なかったという結果だ。
寒さに鼻をほんの少し赤くしながら、まだまだ元気な母親は家に入るなり深呼吸し始める。「畳の懐かしい匂い~!」などと腕をぶんぶん振り回していた。
「お母さん、ずいぶん荷物多いけどどうしたの?」
「実はね、カラスミもらったのよ。でもね、うちはカラスミ食べないから。絃なら食べるかと思って。それと、もろもろの支給品よ。受け取りたまえー」
ニコニコしながら、持ってきた袋を台所で開け始める。中からは高級そうな包みに入った、かなり立派なカラスミが登場した。
「わ、めっちゃ高そうこれ……食べなくていいの?」
「いいのいいの。お父さんもお姉ちゃんもお酒飲まないから。ああ、鞠も飲まないわねえ……どうして絃はのんべえさんなのかしら? 病院で赤ちゃん入れ違っちゃったとかじゃないわよね?」
「だったら大問題だから。はい、そんな顔していないで座って、あっちに」
本気で心配し始める姿にげっそりしつつ、絃は母を居間のおこたへ押しやって、カラスミはすぐさま冷蔵庫に避難させた。
お茶を淹れて持っていくと、母親は勝手知ったるという様子で、すでにテレビを見てミカンを食べながらくつろいでいる。
順応力こそが、母親の最大の魅力だ。
「はい、番茶」
「渋いお茶のセンスね」
「うん、これがなんか好きでね」
絃もおこたに入り、ミカンを剥いて食べ始めた。
どうでもいいワイドショーは、暇つぶしにはちょうどいいが特に有益なもののようには感じられない。ぼーっとしていたところで、芸能人の結婚のニュースが流れてきて、「そうだ!」と母親が手を打った。
「結婚で思い出した。絃も、そろそろお年頃なんじゃない?」
「なによ、いきなり?」
母親は目を輝かせており、嫌な予感しかしない。母親がこういう顔をする時は、ろくなことを言われない。
「絃は好きな人の二人や三人はいないわけ?」
「あのねぇ……」
「そろそろ、『結婚したいなあ』とか思わないの? 晩婚も多いけど、あなたの同級生は、ほとんど結婚しているって言うし。小学校一緒だったちーちゃんが……」
どこかにスイッチでも入っていたのか、話し始めると止まらなくなってしまったようだ。
好きな人が三人もいたら大変じゃないかと、胸中でツッコんでから絃は話半分でうなずいていた。
絃はとつじょ訪れるという母に、半分呆れた。
「そういうのはさ、私のお休みを確認してから来てよ」
文句を言ってみたものの、お正月の時に自分の休みを伝えていたことを、すっかり忘れていたのは絃のほうだ。
だからといって、とつぜん来られても困る。
予定が入っていたらどうするのか、と思ったのだが、母親というのは勘が鋭いらしい。
来ると言い出す時は、いつも決まって絃の予定のない時なのだ。
「いいじゃないの、突撃、娘訪問!」
けらけら笑いながら、休日に家に入ってきたのはまぎれもなく絃の母親だ。
この能天気な母親のおかげで、絃は海外に長期間学びにいくことができた。いい反面、あまりにも天然ゆるゆるすぎて、ついて行けない部分がある。
母親がゆるいと、子どもがしっかりする。
もちろん逆もしかりだが、絃の場合は完全に母親のぶんもしっかりせざるを得なかったという結果だ。
寒さに鼻をほんの少し赤くしながら、まだまだ元気な母親は家に入るなり深呼吸し始める。「畳の懐かしい匂い~!」などと腕をぶんぶん振り回していた。
「お母さん、ずいぶん荷物多いけどどうしたの?」
「実はね、カラスミもらったのよ。でもね、うちはカラスミ食べないから。絃なら食べるかと思って。それと、もろもろの支給品よ。受け取りたまえー」
ニコニコしながら、持ってきた袋を台所で開け始める。中からは高級そうな包みに入った、かなり立派なカラスミが登場した。
「わ、めっちゃ高そうこれ……食べなくていいの?」
「いいのいいの。お父さんもお姉ちゃんもお酒飲まないから。ああ、鞠も飲まないわねえ……どうして絃はのんべえさんなのかしら? 病院で赤ちゃん入れ違っちゃったとかじゃないわよね?」
「だったら大問題だから。はい、そんな顔していないで座って、あっちに」
本気で心配し始める姿にげっそりしつつ、絃は母を居間のおこたへ押しやって、カラスミはすぐさま冷蔵庫に避難させた。
お茶を淹れて持っていくと、母親は勝手知ったるという様子で、すでにテレビを見てミカンを食べながらくつろいでいる。
順応力こそが、母親の最大の魅力だ。
「はい、番茶」
「渋いお茶のセンスね」
「うん、これがなんか好きでね」
絃もおこたに入り、ミカンを剥いて食べ始めた。
どうでもいいワイドショーは、暇つぶしにはちょうどいいが特に有益なもののようには感じられない。ぼーっとしていたところで、芸能人の結婚のニュースが流れてきて、「そうだ!」と母親が手を打った。
「結婚で思い出した。絃も、そろそろお年頃なんじゃない?」
「なによ、いきなり?」
母親は目を輝かせており、嫌な予感しかしない。母親がこういう顔をする時は、ろくなことを言われない。
「絃は好きな人の二人や三人はいないわけ?」
「あのねぇ……」
「そろそろ、『結婚したいなあ』とか思わないの? 晩婚も多いけど、あなたの同級生は、ほとんど結婚しているって言うし。小学校一緒だったちーちゃんが……」
どこかにスイッチでも入っていたのか、話し始めると止まらなくなってしまったようだ。
好きな人が三人もいたら大変じゃないかと、胸中でツッコんでから絃は話半分でうなずいていた。
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