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第三章 宵の口の鶏肝味噌漬け

第20話

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 ちょうど良く甘すぎず辛すぎないから、永遠に食べていられる気になる。お酒がすすむとはまさにこのことだ。

「コチュジャンをちょっと乗せてもいいんですよ」

 編集長が砂肝を食べてから、ぽつりとつぶやく。絃は発狂しそうになって、編集長に対して目くじらを立てた。

「最悪です! 最悪の組み合わせです、それ!」
「絃さんはわかりやすい天邪鬼ですね」
「美味しいに美味しいを足したら、美味しい魔物でしかないじゃないですか!」

 コチュジャンは次回、といいながら編集長がニヤッと笑う。

 また今度、編集長と一緒にこの店に来ることが決まってしまった。悪い気が一切しなかったのは、お酒とつまみの趣味が一緒だからだろう。

 編集長の空気感も、心地良いと感じつつある自分がいる。

 絃は、プライベートに入り込まれたくないからずっとバリアを張っている。それなのに、編集長はその壁を壊すことなく絃の懐に入り込んでくる。

 不思議だったし、なんだか落ち着く感じさえする。

「絃さん、こっちも飲みません?」

 見ると、編集長はとっくりを持って絃に差し出そうとしている。

 こんなに一緒に飲んでいるのに、初めて絃は編集長が差し出してきたお酒を自分の杯で受けた。

「いただきます」
「今日はいい日だなあ。絃さんがこうして、僕のお酌を受けてくれるとは」

 編集長は言葉通り、本当に嬉しそうにしている。彼の唇の左端にあるほくろまでも、心なしか楽しそうにしているように見えた。

「私のも……と思ったんですが、飲み終わってしまいました」
「けっこうですよ」

 ついでもらった透明な液体を見つめて、一気に喉の奥に流し込んだ。
 フルーティーで甘くて、なのに喉に引っかかるように酒の痕跡を残す。そんな味の酒だった。

「最悪です、編集長」
「はい、そうですね絃さん」
「もうこれ以上の最悪はありません。コチュジャンとかはもはや拷問です。地獄に落ちます」
「僕も、そう思います」
「編集長」

 絃はお店に誰もいないのを確認すると、身体ごと編集長に向き直る。きっちりと目線を合わせて、真摯な気持ちで彼を見た。

 驚いたように見開かれた眼鏡の奥にある瞳が、奥二重のたれ目だということに今頃気がつく。絃はしっかり頭を下げた。

「美味しいです。ありがとうございます」

 編集長は絃の肩にぽんと手を載せて、艶やかに笑う。

「良かったです、絃さん。食べましょう」

 編集長が、さらに絃の杯にお酒をそそいだ。

「ちょっとでいいです! ちょっと、甘すぎますから」
「飲みやすいでしょう?」
「だからダメなんですってば……飲みすぎちゃいます」

 編集長がいたずらっ子のように笑う。絃は困ったなと思ったのだが、口元が気づいたら緩んでいた。もらったお酒を、今度はちびちびと飲む。

 鶏肝との相性が最高だ。

 フルーティーで甘くて、なのに喉に引っかかるように痕跡を残す。

 どこかの誰かさんの、甘ったるくて耳にやけに残る、かすれた語尾が特徴の声と同じ。

 そんな味の酒だった。
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