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第二章 待宵の常夜鍋
第8話
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とびきり燗は、辛口すっきりが美味しいというのが大将の意見だ。絃もそれには同意する。
ただ、地酒が多いこの店では、とびきり燗の熱さにたえられる銘柄が冬場は少ない。もう少し春めいたら、ほんのり熱燗がぴったりな地酒で晩酌をしたいと、そんなことを考えていた。
辛口のあつあつのお酒が来ると、絃はつきだしのがんもどきを噛みしめて、煮汁を口の中で溢れかえらせた。
甘みがたっぷり強くて、お酒がぐいぐい進んでしまう。メニューを見て、絃はすぐさま本日のおすすめに目をつけた。
「白子ポン酢と生牡蠣をお願いします」
メニューをしまってから横を見ると、編集長も同じく白子ポン酢を抱え込んでいる。牡蠣はすでに食したのか、キラキラと光る貝殻が二つ、お皿にポンと置かれていた。
「……やはり、同じものを頼んでいましたか」
絃がまじまじと貝殻を見ながら呟くと、編集長はふふっと笑った。
「今が旬ですから。頼まないと損です」
「白子は今時期、ふわっふわで美味しいですよね」
それらが来るまで、つきだしを味わう。ぎゅっとがんもどきの煮汁を口の中で押し出して、フカフカになった身を咀嚼した。
高野豆腐も、そういえばこんなような触感に近い。
煮汁を吸い込んでいると美味しいのに、それを押し出してしまうとフカフカで味気ない。ただ、がんもどきはそんなこともなくいつまででも美味しいので大好きだ。
「おまちどおさま」
白子ポン酢が来ると、絃はお猪口になみなみとお酒をそそぐ。一口飲んでから白子を見つめた。
湯がかれて白くなった、見るからに美味しそうな白子は、ぷりぷりとはちきれんばかりだ。もみじおろしの朱に小ネギの縁が憎らしい。ポン酢の池でたゆたう姿を見て、美味しくないわけがないと確信する。
それを憎々しげに見つめてから、絃は箸を伸ばす。ぷるん、と一山がすくわれて、口に入れれば瞬間とろりと濃厚な味が広がった。
白子は真っ白な魔法だ。一瞬にして現世にいることを忘れてしまうような、そんな味。
「美味しい……」
後引く美味しさにがつがつ食べたい気持ちを押さえつつ、熱燗をちびちび飲みながら白子を見つめた。
なんでこんなに見た目はえぐいのに、味は甘美なのだろうか。うっとりと見つめていると、その白さだけが視界を覆っていくような錯覚になった。
「――真白《ましろ》といいます」
とつじょ、隣から声をかけられて、絃の思考がこの世に戻ってくる。
「ましろ? なんの話ですか?」
声をかけてきたのは、ほかでもない隣に座っていた編集長だ。
彼と出会って初めのうちは慣れなかったのだが、編集長は突然、話しかけてくるくせがある。
最近気がついたのだが、彼はまるで、独り言のように人に話しかけるのだ。
「真白っていわれると、その白子のような白さを連想しませんか?」
ただ、地酒が多いこの店では、とびきり燗の熱さにたえられる銘柄が冬場は少ない。もう少し春めいたら、ほんのり熱燗がぴったりな地酒で晩酌をしたいと、そんなことを考えていた。
辛口のあつあつのお酒が来ると、絃はつきだしのがんもどきを噛みしめて、煮汁を口の中で溢れかえらせた。
甘みがたっぷり強くて、お酒がぐいぐい進んでしまう。メニューを見て、絃はすぐさま本日のおすすめに目をつけた。
「白子ポン酢と生牡蠣をお願いします」
メニューをしまってから横を見ると、編集長も同じく白子ポン酢を抱え込んでいる。牡蠣はすでに食したのか、キラキラと光る貝殻が二つ、お皿にポンと置かれていた。
「……やはり、同じものを頼んでいましたか」
絃がまじまじと貝殻を見ながら呟くと、編集長はふふっと笑った。
「今が旬ですから。頼まないと損です」
「白子は今時期、ふわっふわで美味しいですよね」
それらが来るまで、つきだしを味わう。ぎゅっとがんもどきの煮汁を口の中で押し出して、フカフカになった身を咀嚼した。
高野豆腐も、そういえばこんなような触感に近い。
煮汁を吸い込んでいると美味しいのに、それを押し出してしまうとフカフカで味気ない。ただ、がんもどきはそんなこともなくいつまででも美味しいので大好きだ。
「おまちどおさま」
白子ポン酢が来ると、絃はお猪口になみなみとお酒をそそぐ。一口飲んでから白子を見つめた。
湯がかれて白くなった、見るからに美味しそうな白子は、ぷりぷりとはちきれんばかりだ。もみじおろしの朱に小ネギの縁が憎らしい。ポン酢の池でたゆたう姿を見て、美味しくないわけがないと確信する。
それを憎々しげに見つめてから、絃は箸を伸ばす。ぷるん、と一山がすくわれて、口に入れれば瞬間とろりと濃厚な味が広がった。
白子は真っ白な魔法だ。一瞬にして現世にいることを忘れてしまうような、そんな味。
「美味しい……」
後引く美味しさにがつがつ食べたい気持ちを押さえつつ、熱燗をちびちび飲みながら白子を見つめた。
なんでこんなに見た目はえぐいのに、味は甘美なのだろうか。うっとりと見つめていると、その白さだけが視界を覆っていくような錯覚になった。
「――真白《ましろ》といいます」
とつじょ、隣から声をかけられて、絃の思考がこの世に戻ってくる。
「ましろ? なんの話ですか?」
声をかけてきたのは、ほかでもない隣に座っていた編集長だ。
彼と出会って初めのうちは慣れなかったのだが、編集長は突然、話しかけてくるくせがある。
最近気がついたのだが、彼はまるで、独り言のように人に話しかけるのだ。
「真白っていわれると、その白子のような白さを連想しませんか?」
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